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23 パス

 その日の放課後、ファルコは直角に腰を折ったまま、説教を受けていた。



「ロザリンドさん……魔法生物の持ち込みは禁止ではありませんが、入寮の手続きのしおりに、学生課で許可証の発行が必須だと書いてあったと思うのですが?」

「見落としていました! 大変、申し訳ありません!」


 短めの髪をピシッと一つに束ねた寮長は、体を折ったまま微動だにしない一年生をあきれた目で見ていたが、やがて、楕円形のレンズの眼鏡のフレームを、人差し指の第二関節でクイッと上げ、ため息をついて言った。


「この鳥型の魔法生物は、私が確認した結果、特に問題はな(・)さ(・)そ(・)う(・)でした。後で『室内に置く際のルール』をよく読んで、こちらの書面にサインをして、学生課に提出してください」


 寮長は、何らかの書類がひしめく分厚い鞄から、サッとひとつのバインダーを取り出し、さらさらと必要事項を書き込んで最後に自分のサインをすると、記入済みの用紙をファルコに渡した。


「それでは、この部屋は合格(パス)です。引き続き、丁寧に部屋を使ってください」


 にこりともせずにそう言い残し、寮長は扉を閉めて出て行った。

 ファルコが頭を上げると、ラテーレは右手を構えて、黙ってファルコを見ていた。ファルコは目を潤ませながら、自分の右手を叩きつけるようにパアン!と音をさせて、ラテーレの手を握った。



「寮長、とてもいい人だったね」


 あとは自分のサインをするだけの、魔法生物所持の許可申請書に目を通しながら、ファルコが言った。


「怖いのは雰囲気だけで、すごく面倒見がいいってガルルスが言ってたよ」


 ラテーレも、抜き打ち検査を無事にクリアできて、どこかほっとしたようにそう言った。


「ラテーレ」


 机に申請書を置き、深刻な声で、ファルコは顔をうつむかせてラテーレを呼んだ。


「何? ファルコ」


 その様子にぎょっとしたようにラテーレが体ごと振り返ると、小柄なファルコが飛びついてきて彼を力いっぱい抱きしめた。


「うわ、やめろファルコ!」

「ホントにありがとう! これからも、うっかりな僕を助けてください!」


 ファルコのタックルに倒されるように、二人は笑いながら、すぐ後ろのベッドへとひっくり返った。


          ♢


 アロエットは、あの日から図書室に姿を見せていなかった。


 コルヴスはその間、課題を解いたり読書をしたりしながら、一人で図書室の番をしていた。

 今日はさすがに、実践魔術の授業でたくさん動いた影響もあって、このまま部屋に戻ってベッドで寝てしまいたい気持ちもあったが、これはコルヴスの日課なのだった。


 あの授業では、咄嗟の判断を迫られるシーンで、何度か際どい立ち回りをしてしまった。カストル講師の頭を思いきり蹴り飛ばすところだったし、最後の魔術も、人前で使用するときのルールを破ってしまった。もっとも、魔術の方は混乱の最中だったため、気づかれてはいないだろう。

 コルヴスは、兄(シグナス)から教えてもらった体術が、いまだに自分の体に染みついていることを嬉しく、そして懐かしく思った。あの、背の高い兄の、獣のような重心の低さを思い出すと……いまだに勝てる気はしないけれど。


 シグナスも、カストル講師も、ジュリアンも。まだまだ、勝てそうにない人がいっぱいいるなと考えていたところに、廊下からかすかに鼻歌が聞こえた。鼻歌?

 コルヴスは驚いて図書室の入口を見た。ハミングのせいで聞きとりづらかったが、間違いなくファルコの声だった。


「フフフーンフーン♪ フーンフフーンフフフフーン♪」


 ファルコは入口まで来ると、両手を高く掲げやり切った顔で、鼻歌の演奏つきで堂々と図書室に入場してくる。その肩には、ファルコが腕を上げているためスペースが狭くなり、迷惑そうな顔をしているノクティスが止まっていた。

 コルヴスはその様子を見て、声を上げて笑いながら、立ち上がって拍手を送った。



 ファルコは、空いている椅子の背にノクティスを止まらせて、コルヴスに頭を下げた。


「長いこと、作戦会議に参加できなくてごめんなさい」

「とんでもない! よく、この短期間で、ノクティスの首輪を完成できたね! 廊下にいるときは、全くノクティスの気配に気づかなかったよ。すごいなぁ……」


 コルヴスは、ファルコのそばに立ったまま、ノクティスの頬や頭をなで続けていた。


「本当にギリギリだったんだよ……今朝も調整してたからね……足環なんてとんでもない話だった……」


 ファルコが急にどんよりとした雰囲気をまとって、ぶつぶつとしゃべり出したので、コルヴスは咳払いをして話題を変えた。


「ところで、大変な開発が終わった直後で申し訳ないんだけど、このノクティスの首輪を、僕たちにも作ってもらうことはできないかな? ちょうど、ファルコが開発で忙しくしていた頃に、アロエットの魔力が揺らいで漏れ出しそうになったことがあってね。ブレスレットか……あるいはアンクレットの作成を依頼したいんだ」

「そっちもいろいろ大変だったんだね。試作品もあるし、小(・)型(・)化(・)でなければ比較的すぐに調整できると思います!」


 ファルコの『できる』は、とても信用できることを、コルヴスは知っていた。


「ありがとう! よろしくお願いします。くれぐれも、代金はしっかり請求して、用意した方がいいものも、遠慮なく言ってね」


 コルヴスが拝むような動作でファルコにそう伝えると、「了解です!」とOKサインつきで元気に返してくれた。


「無事に抜き打ち検査をクリアできたこと、アルベリヒ教授にもしっかりお礼を言わないとね」


 コルヴスは、大変お世話になったであろう教授に、直接お礼を言うことも叶わないため、確認するように弟にそう提案した。


「うん! もちろん、寮の検査が終わってすぐに、研究室に報告に行ってお礼を伝えました!」


 ファルコは晴れやかな笑顔で、軽く胸を張った。

 コルヴスは検査が終わるなり、弟が研究棟へ駆け出して行った様子がありありと目に浮かび、「ふふっ」と笑った。



「……今日は、姉さんは遅いんだね?」


 ファルコは、そわそわした様子で図書室の入口に目をやった。

 視界の端で、兄の動きが止まる。


「……僕が……アロエットを傷つけてしまってね」


 兄がゆっくりと椅子に座りながら、弱々しくそう言うので「えっ」とファルコは驚いた声を上げた。


(兄さんが、姉さんを傷つけるなんてことがあるの? 逆じゃなく……)


 失礼なことを考えかけて、ファルコは頭を振った。


「じゃあ、アロ姉さんは今日は来ないのかな? ……えーと、いつから来てないの?」


 コルヴスが指をたくさん折って数えるのを見て、ファルコの顔に不安がよぎる。


「八日前かな」

「八日!? 兄さん、何でそのままにしてるの?」


 驚愕の表情で、ファルコはコルヴスを見た。

 コルヴスはファルコからあからさまに目をそらしたまま、


「なぜって……アロエットは女子寮にいるし……」


 と、ぼそぼそとした声で答えた。

 ファルコは兄のポンコツぶりにあきれ、両手で顔を覆った。


(駄目だ! この人、仲直り慣れしてない。ただ、時間が解決す(あらしがすぎ)るのを待ってる!)


 何があったか知らないが、兄と姉の仲が修復不能になってもらっては困る! と、あたふたしながらファルコが立ち上がったとき、入口で声がした。


「ノクティス! ……失礼。ごきげんよう、皆さま」


 夜空色のローブを美しく着こなした姉が、令嬢の笑みで挨拶をしてみせた。



 一学年の、寮の抜き打ち検査が終わったとの情報を得て、アロエットは図書室に足を運んでいた。

 到着時に、意気消沈した兄と、慌てふためいている弟が目に入り、なんとベストなタイミングで到着したのだろうと思った。

 ルカのことは、一度全員でしっかり話しあうべきだと思っていたアロエットは、ファルコの魔道具作りが終わるのを待っていたのだ。


「ア、アロ姉さん、どうぞこちらへ。……そのローブ、とても似合ってる!」


 弟がぎこちない動きで、図書室の古びた椅子までエスコートしてくれた。

 後半の感想がお世辞ではないことは、彼の目の輝きを見ればわかったので、「ありがとう」とアロエットは自然な笑みで返した。


「アロエット……」


 いつもなら、ファルコがいるときはコルヴスはアロエットの隣が定位置だが、アロエットが座っても、コルヴスは椅子から立ち上がったままだった。


「お兄様。わたくしが欲しいのは、謝罪ではありませんことよ。ファルコも……このように素晴らしい仕事を、有言実行で仕上げられるほど大きくなったのです」


 アロエットは、手を伸ばして、魔力の気配を全く感じさせないノクティスの眉間をなでた。斜め向かいの席で、ファルコが照れたような顔をした。


「す(・)べ(・)て(・)の情報を、三人で共有しませんこと?」


 アロエットは、コルヴスとファルコに、凛とした笑顔を向けた。


「わかった。……ありがとう、アロエット」


 コルヴスは頭を下げ、席に着いた。


 三人と一羽が同じテーブルにそろうのは、実に二年ぶり、隠れ家の生活に別れを告げて以来のことだった。

カストル戦とともに、寮の抜き打ちチェックも無事に終了しました。


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