22 5:00:00
「大地よ、三人を持て囃せ!」
カストルの詠唱は、捕まえた三人を、持ち上がった地面の柱の上に立たせるように固定した。
三人の体は、背の高いコルヴスがジャンプして手を伸ばしても、ぎりぎり触れられないくらいの高さにあった。
コルヴスとジュリアンが、足場が悪いとはいえ全力でカストルを追いかけたにもかかわらず、三人は捕らえられてしまった。
「「……」」
駆けつけた二人は、言葉もなく囚われの三人を見つめた。
「先生はー! 絶対にー! 三人を守り抜きまーす!」
その三人を背に、カストルは無手で少し腰を落とした体勢をとっている。台詞に反して、その振る舞いは完全に悪役ムーブだった。
観戦中の他のチームからブーイングが起きているが、カストルはお構いなしだ。
ジュリアンは、額に手を当てて、軽く頭を振った。
コルヴスは、残り二人となったことで、ここから五分を越えるまで無事に逃げ切り、ジュリアンよりもチームに貢献する方法について考えはじめていた。
時計の表示は、三分を越えたところだった。
「ジュリアン様、私は『救助』を選ばせていただきます」
「OK。では、私は『攻撃』だね。健闘を祈るよ」
カストルの正面に立っていた二人は、左右に分かれて走り出した。
(カストル講師もジュリアン様もごまかせない。確実に正しい詠唱でないと)
「大地よ、私の足場となれ」
学園の学習範囲外の魔術を扱うため、コルヴスは慎重に詠唱を行った。
コルヴスは、三つの柱の内側に台地を築くイメージを描いた。三人の足元の柱をのみ込むサイズの、ステージのような土台を。
『遍在の檻』はそれに応えた。
周囲の凸凹とした土が砂山を作るように集まり、柱の足元を埋めはじめる。
カストルとジュリアンの視線が、詠唱の瞬間に自分に向けられた気がして、コルヴスは冷や汗をかいたが、カストルがこちらに向かってきたため、すぐにそれを気にする余裕もなくなった。
コルヴスは、救助のための足場が完成するまで、カストルを躱しつつ、ジュリアンの攻撃のサポートを続けることにした。
「ヴィンセント君も、授業範囲外の魔術を使ってくるんだ……?」
「はい! ルールでは先生に対してのみ、『今日までに習った魔術』が適用されているようですので」
カストルの声に、がっかりした響きが含まれている気がしたが、コルヴスは、はきはきと反論した。先にルール違反すれすれを攻めたのは、カストルだ。
問題は、三つの柱の位置が離れているため、足場を築くのに時間がかかっていることだった。
コルヴスとカストルは、徐々にかさを増す土のステージを足場に動いていた。崩れそうな不安定さはないが、表面はふかっとした土が覆っていて、気を抜くと足をとられそうな感触だった。
ジュリアンは、ステージの外から魔術を放ち続けていた。魔術で三人を支える柱を折ることも考えたが、受け身が取れない彼らにそれはリスクが高すぎるため、救助は足場が高くなるのを待って、コルヴスに任せる方がいいように思えた。
(コルヴス君が先生を避け続けてくれるだけでも、五分を越えそうだが……)
残り一分半。
気になるのは、先生がおとなしすぎることくらいだ。
「!」
カストルの手を避けた拍子に、コルヴスが引いた足を滑らせ、大きく体が沈み込んだ。
(まずい――!)
フォローのために、ジュリアンがカストルの体を跳ね飛ばすための魔術を放とうとしたとき、カストルの前のめりになった頭部に向けて、コルヴスの鋭い回し蹴りが放たれた。
「「あっ!」」
ジュリアンとコルヴスの声が重なった。
カストルは紙一重でそれを避け、そのままコルヴスから数歩分の距離をとった。
コルヴスもカストルからさらに距離をとり、低い姿勢のまま顔色を悪くしていた。
「……ええと、別に咄嗟に反撃してもらっても大丈夫なんだけど、そちらから僕に触れてもアウトだから気をつけてね? 一種の『当たり判定』のようなもので、僕の意思とは関係なく、触れた瞬間に強制フリーズするような魔術が常時発動しているから」
カストルは、笑いをこらえつつアドバイスをしていた。
「……はい。申し訳ありませんでした」
コルヴスは謝罪をすると、切り替えた様子でまたカストルの動きに集中しはじめた。
(今のは、追い詰められて体が勝手に反応したかのようだった。私のクラスメイトは、随分上品な戦い方をするね?)
普段から、優秀なのに目立つことを嫌う物静かなコルヴスが、這うような体勢からの回し蹴りとは!
(柱の下に土を集めている魔術も、この規模となると普通ならそれだけで魔力切れになってもおかしくない。それに、あの詠唱は……実に興味深いよ、コルヴス君)
ジュリアンの顔に、少しばかり悪い笑みが浮かんだ。
(さて、残り一分を切った!)
ジュリアンの位置からステージの上が確認しづらくなり、コルヴスがカストルを躱しながらでも容易に『救助』が行える高さになろうとしたところで、急にコルヴスの姿が見えなくなった。
「うわああぁ!」
コルヴスの悲鳴が聞こえた。
ジュリアンはどうすべきか迷った。コルヴスの身に何かが起きたのは間違いないが、これはステージの上に自分をおびき出すための、大変わかりやすいカストルの罠だ。
「……ジュリアン様! こちらに来てはいけません! ……あなただけでも逃げ切って……んんーっ!」
コルヴスの言葉は、くぐもった悲鳴で途切れた。
ジュリアンは、目を閉じて息を吐いた。
「友を見捨てて生き延びるなど、ディアマンテの名が廃るよ」
覚悟を決めてキッと目を開いたジュリアンは、トレードマークのローブを脱ぎ捨て、ステージ上に駆け上がっていった。
他のチームからの歓声が、ひときわ大きくなった。
乾いた土に埋もれかけているコルヴスは、必死にもがいて脱出を試みていた。しかし、無情にも体は沈み込んでいく。
(僕は昆虫ほどの筋力はないからね……そして、あの顎……)
このステージをすり鉢状の巣に変え、中心の底から突き出ているあの巨大な顎の――おそらくカストルが作った即席の魔法生物は、毒まで再現されているんだろうか?
(……いや、まさかそんな)
これは授業だからと信じたいが、底から生えた刺々しい顎で挟まれることを想像するだけで、コルヴスは怖気立った。
「コルヴス! 大丈夫か!」
ジュリアンの声がした。コルヴスは口が埋もれかけていて、返事ができなかったが、涙目で頷いた。
ジュリアンは、ウルススの柱に捕まりながら、コルヴスをどうやって助けようかと考えている様子だった。目を動かして姿の見えないカストルにも警戒していた。
しかし、カストルは、やはりカストルだった。
「刈り取れ」
すり鉢の底から高速で飛んできた鎌風が、ジュリアンとウルススの足元から柱を斜めに切り落とした。
「ぶはっ」
ジュリアンは斜面に頭から突っ込んだ。ウルススは、切断された柱に固定された状態で仰向けにひっくり返り、気を付けのまま、頭からすり鉢の底を目指して滑り出した。
(駄目だ! 僕が悲鳴を上げたばかりに、皆あの化け物の餌食になってしまう――!)
コルヴスは黙って、巣の中心に水を流し込むイメージを描いた。
『遍在の檻』はそれに応え、すり鉢中央の真上から、大量の水がザーザーと注がれはじめた。
「わ! ちょっと! 何? 何!?」
巣の底から慌てて這い出したカストルは、滑ってきたウルススと激突した。
時計が5:00:00を刻み、ピッピッピー!と終了の笛が鳴った。
「はい。ということで、見事五分を越えたのは、一チームだけでした。MVPはジュリアン・グラン・ディアマンテ君です。みんな拍手~」
土埃にまみれたジュリアンが華麗にお辞儀をし、残りの四人もヨレヨレになりながらも笑顔で拍手に応えていた。学生たちの盛り上がりをよそに、濡れ鼠になり、明らかに気持ちがしぼんでしまった様子のカストルは、雑な拍手を寄越していた。
「ディアマンテ君には、準備ができ次第ご褒美の案内をします。レポート提出が必要なチームは、来週までに提出してくれたらいいよ」
授業が終了し、クラスメイトたちは思い思いにしゃべりながら、校舎へと戻っていく。
コルヴスは、禁書庫へのアクセス権を手にし損ねたが、気持ちは晴れやかだった。
「このチームに参加できてよかった。ありがとうございました」
コルヴスは、四人に深々と頭を下げた。
「あれー? すっごく他人行儀だね? あれだけカストル先生を追い詰めた仲じゃない!」
メラノがニッと笑った。
「そうです! 動けないのをいいことに、あんな見世物にされて、どうしてやろうかと思っていたのです。ジュリアン様と、コルヴス様と、ウルスス様がやっつけてくれたので、すーっとしましたわ!」
レウカスも、楚々とした令嬢の笑みでそう言った。
「僕の頭が役に立ったようでよかったよ。またチームになるときは、一緒にやろうね」
ウルススもにっこり笑って、カストルに突っ込んだときにぶつけた頭をなでていた。
「ご褒美は、皆でわけられるものにしておけばよかったな……皆で勝ちとった、素晴らしい五分だった。ありがとう」
ジュリアンは、そう言って四人と順に目を合わせ、恭しくお辞儀をした。
それは、オルティス学園の名物「実践魔術」の授業に、また新たなエピソードが加わった日だった。
続きは、明日10時頃に。




