20 タッチ・アンド・ゴー
カストル講師は、強かった。
五チームが終わった時点で、レポート提出が確定しているのが三チーム。残り二チームも五分には全く届きそうにないタイムで、全員が凍りついて終了した。
「おかしいなぁ、僕は二年間、何を教えてきたんだっけ……?」
学生たちに背を向けて、土のフィールドを見ながら呟いたカストルの言葉が、地を這うように全員の耳に届く。
すべての者を凍てつかせる砂漠に、鬼がたたずんでいる。
終了したチームは失意に沈み、これからのチームは震え上がった。
起伏のない平坦だった土のフィールドは、カストルが足元の土砂を爆縮あるいは隆起させた結果、大きな凹凸だらけになり、全力で走ることが難しい状況になっていた。
このフィールドの形も曲者だった。遮蔽物のない、ほぼ真四角のエリアは、誰かが四隅で捉えられると、そのまま復帰は不可能になった。助けに行けば確実に狙われて共倒れになるためだ。
そもそも、五対一だと思っていると戦略を間違う。条件を考えればわかる。
相手は無敵だ。
比喩ではなく正しく無敵で、こちらからは触れて止めることもできない。止める手立てがないのだ。半端な魔術による攻撃は通じない上に、魔術の詠唱のために足を緩めるとそこを狙われる。
最も恐ろしいのは、行動可能なメンバーが三人以下になってから終了までの、カストルの畳みかける速さだ。チームが五分を越えて生き残るためには、捕らえられている人数を、できるだけ長い時間一人に抑えることが鍵だった。
鬼神のごときオーラをまとったカストルから少し離れた場所で、コルヴスはチームメイト四人と集まっていた。
「さて、いよいよ、我々の番が来た。最後に確認しよう。我々の作戦は、『雪解ける砂漠の追走曲』だよ」
ジュリアンが、小声でチームに話しかけた。
「作戦名の確認は、いらないと思うの……」
レウカスは、ボソッと呟く。作戦実行のための大変な仕込みで、若干の恨みがましさが混ざった口調だった。
「シッ、黙って」
早いうちに図形のパターンで暗記を終えていたメラノは、緊張した面持ちでレウカスを黙らせる。
「役割を果たせば、必ず五分を越えて、生き残ることができる」
ジュリアンの言葉に、何とか暗記を間に合わせたウルススは、どこかほっとした笑みを浮かべて頷いた。彼は、ぎりぎりまで小さなスクリーンにかじりついて、連携のパターンを頭に叩き込んでいた。
コルヴスが、ジュリアンのあとを引き継ぐように話しはじめる。
「では、一人が捕まったときの役割を確認します。『救助』のときは指を二本、『攻撃』のときは一本出してね。『コルヴス』」
コルヴスは手を下ろしたまま四人を確認する。残りは即座に反応し、指を出した。
ジュリアン、ウルススが二本、メラノ、レウカスが一本。
「ウルスス」
コルヴス、メラノが二本、ジュリアン、レウカスが一本。
残りの三人のパターンも、誰一人として間違えずに確認を終える。
「二人が凍った場合は、『救助』が二人、『攻撃』が一人だね。『ウルスス』『メラノ』」
コルヴス、レウカスが二本、ジュリアンが一本。
「コルヴス、ウルスス」
ジュリアン、メラノが二本、レウカスが一本。
「……と、そろそろ時間かな」
コルヴスは、ジュリアンと説明を交代した。
「うん。いいね。よく覚えてくれた。……我々は、『凍り続け』、『凍りついた仲間を溶かし続ける』。先生から逃げ続けるように見えて、追走曲のように、溶かすために先生を追いかけ続けることになる。これしか生き残る道はない。役割は、皆で分け持っているから。焦らないでいこう」
ジュリアンは、四人に優雅に微笑んでみせた。四人は、それぞれの表情で頷いた。
「じゃあ、六組目スタートするよ~。『時を示せ』」
気だるげな声で開始の合図を告げたカストルは、フィールドを背にして十秒待ってから振り返る。
その顔が、思わずにやけた。
五人は、中央に一人を置いて、十分な距離を開けた上で、前後左右に残りの四人を配置していた。どこから襲われても、瞬時に連動して助けあう「待備」。カストルの奇襲を警戒した、防御特化型の機能的なフォーメーションに見えた。
カストルは、それを観察しながら駆け出していた。
カストルの正面には、ウルススがいた。
『カストル講師は、学生の戦闘能力の多寡なんて気にしていないから、効率重視で真っ直ぐ来る』
ジュリアンの声を思い出す。
(本当に、予想通りだ――)
ウルススは、緊張が六、感動が四といった具合の気持ちだった。
『ちゃんと作戦通りに助けるから。試してみたい魔術があれば好きに放ってくれ』
ジュリアンがそう言うのであれば、あとからでも役に立つような……マーキングでもすればいいだろう。
「林檎の香りを付けろ」
ウルススの魔術の範囲が思ったより広かったことと、そして何よりそれが攻撃のためのものではなかったことから、カストルは減速することなく突っ込み、結果として瑞々しい林檎の香りをまともに浴びる羽目になった。
「ふはは! 確かに、一年生の授業で教えたね。その魔術」
ウルススの両肩に触れ、跳び箱を飛ぶようにカストルは跳躍した。着地から一気に中央に位置するジュリアンに迫ろうとして……
「おっと! 『固まれ』」
足元の泥沼を一部固めて足場にし、そこに捕らわれるのを回避しながら距離をとる。
放たれた飛礫が、その体をかすめていった。
「先生、いくら何でもいきなり中央に飛び込むのは、危ないですよ?」
あきれたように忠告するジュリアンの手元には、攻撃のための先端の尖った飛礫が用意されていた。
『攻撃対象が飛んだら、着地を狙う』のは、カストルに散々教え込まれてきた。
そして、相手の気を引くのも『攻撃』の役割のひとつだ。
『救助』がウルススの背に触れ、ウルススは復帰した。
タッチ・アンド・ゴーの要領で足を止めずに駆け抜け、コルヴス、メラノが元の位置に戻る。
開始三十秒を経過しても、チームは五人とも生きていた。
遠く、観戦中の他のチームから歓声が上がった。
次は木曜日に。




