18 『凍てつく砂漠のロンド』
「実践魔術」の授業は、昔からオルティス学園の名物だった。
なんといっても、この平和な教会都市デーシデリアの、オルティス学園という学び舎で、実戦もできてしまうことが、その最大の特徴だった。
現在、その授業で教鞭をとるのは若きカストル講師だが、数年前まではフレミナ副学長が直接教えていたというのも驚きだ。「その授業を受けたものは、フレミナ副学長の背後に死神を見る」と、いまだに噂されており、その一言だけで彼女の教えの厳しさを物語るには十分だった。
コルヴスも、一度はフレミナ副学長の授業を受けてみたかった……気もするが、彼女の魔術師とは思えぬ鍛え抜かれた体を思い出し、やはり副学長が現役でなくてよかったかもしれないと思った。
大抵の授業をそつなくこなすコルヴスだが、この授業は、得意とは言いがたかった。
(練習だけならいいけどね……)
実戦形式になると、魔術の発動までの速度を要求されるため、どうしても現代魔術に見せかける必要があるコルヴスにとっては、その偽装が足を引っ張ってしまうこともあった。
「今日も、楽しく、怪我なくがんばりましょう!」
明るい茶色の髪をツンツンと立てたカストル講師が、元気な笑顔でそう言った。
三年生ともなると、彼のこの口調と爽やかな笑顔から、本日の授業が先生好みの内容になるだろうことは察せられた。
「今日は、遮蔽物のないこの土のフィールドが舞台の、『凍てつく砂漠の輪舞曲』を行います」
学生たちは呻き声を上げた。この手の独特なネーミングの授業も、経験上よくないことが多かった。
「先生としては、全員いっぺんにやっても構わないんだけど……それじゃ学ぶことが少ないから、五人チームを作ってほしいな! はい、動かないで! 端から五人ずつ区切っていこうね!」
学生たちは周りを見回し、軽く声をかけあう。隣のクラスと合同だったので、九チームができた。コルヴスは、アロエットのクラスとの合同ではなかったことに、少しほっとした。
「本日のルールです。『板書して』 」
『・今日までに習った魔術は、先生に向けて全て使用可
・チームメイトへの、動きをアシストする魔術は使用可
・先生があなたに触れると、体が動かなくなる
・体が動かない状態は、目は見えるし耳も聞こえるけど、声は出ない
・チームメイトがあなたに触れると、再び動けるようになる
・全員が動けなくなると終了
※開始から終了まで一分もたなかったチームは、原因を究明して、あとでレポートを提出してね!』
カストルの口頭説明とともに、何もない空間に、ルールの文字が提示された。
それを確認した学生たちから、再び呻き声が上がる。
「オニごっこだな……」
「遮蔽物なしで一分はキツい」
「先生しか得じゃない」
ざわつく学生たちの声に、うんうんと頷いて耳を傾けていたカストルが、にやりと笑って口を開いた。
「三年生だから、楽勝……だよね? 五分越えて生き延びたチームには、何かいいご褒美を考えます!」
ピッと親指を立てたが、「五分か……」という呟きが聞こえたきり、全く盛り上がらない。カストルは、気まずそうに頭をかいた。
コルヴスの斜め前で、スッと美しく手を挙げる者がいた。彼とコルヴスは、同じチームに入っていた。
「はい。ディアマンテ君、どうぞ」
学園の重たいローブを律義に纏った彼は、ディープゴールドの髪をふわりと揺らし、よく通る声で言った。
「ご褒美についてリクエストが可能なら、『セレスティス大聖堂、禁書庫の特別閲覧許可』を希望します。先生が、まだ報酬の内容をお決めでなく、可能であれば、ですが」
学生たちは、いきなりご褒美の交渉を始めた彼――ジュリアンに注目し、どよめいた。
反応は、「五分を突破するつもりか!」という驚きと、「無茶するなよー」という緩い応援、「ご褒美は、自分には関係なさそうだから何でもいいよ」という消極的な肯定に大別された。
ジュリアンと同じグループの学生たちは、「できる範囲でしか協力できませんけどね」と目で訴えていた。
コルヴスは、降って湧いたような「セレスティスの禁書庫」へのアクセス権という報酬の可能性に、胸が躍った。
(アロエットが、ローブを着て教会に出入りできるようになった。僕も同様のものを作り、禁書庫に入ることは可能だろう。既に魔力遮断の布は、ロザリンド家に発注済みだ)
カストルは、ご褒美に反応したジュリアンを、嬉しそうに見て言った。
「いいですよ。ただ、先生の立場では、五分を越えたチームの全員をOKという形にするのは難しそうだから、条件を満たしたチームで、MVPをとった一人分の申請とさせてほしい。それで構わないかな?」
カストルは、教え子の面々を見回して確認する。反対意見はなさそうだった。
ジュリアンは「ありがとうございます」と、カストルへ丁寧にお辞儀をした。
コルヴスは慌てた。
禁書庫のアクセス権を求めようとすれば、カストル講師から五分以上の逃走を果たした上で、実践魔術の成績トップであるジュリアンを相手に、MVPを競いあう羽目になってしまう。
(――しかし、これを逃せば教会の秘匿された情報をのぞく機会は、そうそう巡ってこないだろう)
ジュリアンの背中を見て、コルヴスは、ぐっと右手で拳を握った。
「ああ、そうだ」と、カストルが独り言のように言い、とてもいい笑顔で続けた。
「大事なことを言い忘れていました。先生は今回、皆さんには魔術を使いません」
ルールの表示にも、その条件が加わった。
「出た……」
「フィールドに仕掛けるタイプの……?」
「常に最悪を想定しろ!」
三年生は、その程度の引っ掛けには惑わされなかった。カストル自身が度々、「実践魔術」の授業のサブタイトルは、「他人の嫌がることを進んでしよう」だと公言しているのだから!
「……期待してますよ? さあ、では作戦タイムにしよう。五分でいいかな? では、『時を示せ』」
ルールが提示された空間の隣に、カウントアップする数字が現れた。
(――まずは、協力して五分を突破する!)
コルヴスはチームメイトたちと作戦会議を始めた。
続きはまた明日。




