第5話:宇宙の封印と壊れた者たち
第1巻:虚無のバグ (The Glitch in Nothingness)
第5話:宇宙の封印と壊れた者たち (The Cosmic Seal and the Broken Ones)
ドクン……ドクン……。
狂った戦太鼓のように打ち鳴らされていた心音が、突如として遅くなり始めた。
この未知なる物理現実を目の当たりにするために開かれたばかりの瞳が、ゆっくりと閉じられていく。彼の完璧で光り輝く肉体は、冷たく無慈悲な石の床へと崩れ落ちた。
だが、彼は気絶したわけではない。ましてや死にかけているわけでもなかった。
彼の生まれたばかりの肉体が、外界への反応を一時的に停止しただけだ。クオンの魂は、『絶対なる虚無』よりもさらに深く、静寂に満ちた領域――彼自身の潜在意識へと引きずり込まれていた。
底なしの暗黒の海を漂っているような感覚。ここには肉体もなく、押し潰すような重力もない。ただ彼という純粋な存在だけが、かすかな光の糸のように漂っていた。
しかし……彼は一人ではなかった。
彼の真上に浮かんでいたのは、目を射るほどに巨大な、黄金の光の球体だった。それは壮麗に燃え盛る超新星のようだった。その輝きはあまりにも純粋で、圧倒的な重圧感を放っており、クオンの存在そのものが自然とそこへ引き寄せられていく。
彼が近づくにつれ、光は宇宙の鼓動のように脈打った。そして、黄金の球体の中心から声が響いた。何千もの銀河が生まれ、そして滅びゆく古代の残響を宿したような声だった。
「私は『ノヴァ』」
クオンは空中でピタリと止まった。
「ああ……それは知ってるよ」彼は純真無垢な声で答えた。この重く暗い次元には到底似つかわしくない無邪気さだった。「でも、なんでここにいるの? それに、ここは一体どこ?」
黄金の光がさらに激しく燃え上がった。ノヴァの声は、絶対的で疑いようのない権威を帯びた。
「宇宙のすべての秘密を今明かすことはできない。だが、生き残るために必要なことだけは教えよう。私がここにいるのは、私があなたの魂の一部になったからだ。私はあなたの力。私が存在する……ゆえに、あなたが存在するのだ」
「じゃあ、僕は?」
「あなたは私の『器』。私の全宇宙的エネルギーをこの物理世界に顕現させ……私の最終目的を果たすための究極の兵器。その両手を使って」
その時――
黄金の輝きの中から笑い声が響いた。長く、冷たく、焦りのない笑い。人間のそれでは決してなく、慈悲のかけらもない。それは、永遠とも思える待ち時間の末に、ついに完璧な兵器を手に入れた至高の存在が漏らす、冷酷で計算高い笑いだった。
クオンは不思議そうに首を傾げた。奇妙なことに、この恐るべき宇宙的存在を前にしても、彼は恐怖を微塵も感じていなかった。彼自身の魂もまた、同じように暗く、壊れていたからだ。
「ああ……わかった」彼はあっさりと答えた。「じゃあ、手伝うよ。僕たちは友達だよね? でも教えてよ……僕、消えちゃったの? なんで手も足も感じないんだろう?」
ノヴァの笑い声が静まった。彼女の声は再び、冷たく機械的なシステム音に戻った。
「あなたの思考に異常はない、クオン。問題はあなたの新しい肉体にある。その物理的な器は、私の無限の力にまだ適応していないのだ。『虚無』では私の存在を抑えようとしたが、それでもなお、私の純粋な宇宙エネルギーが、あなたの物理的な血管を内側から焼き焦がしている」
クオンは思考の中で瞬きをした。「それじゃあ……これからどうなるの? 僕はまた壊れちゃうの?」その声に、初めてわずかな不安が混じった。
ノヴァは即座に答えた。彼女の光が深く、血のような真紅へと染まる。
「いいや。私は【宇宙の封印】を形成する。私のエネルギーを圧縮し、あなたの魂の奥深くに閉じ込めなければならない。あなたがこの新しい世界で狩りをし、強くなり、器が成熟していくにつれて……封印は徐々に解けていく。私の力は、少しずつあなたに与えられるだろう」
クオンは熱心に頷いた。「じゃあ、早くして! ここで君と二人で話すのは好きだけど……ここはちょっと、空っぽすぎるから」
突如、ノヴァの光が暴力的なまでに激しく瞬き、クオンは本能的に後ろへ退いた。
「……覚悟しなさい、我が相棒よ」ノヴァは最後の警告を発した。「ただの定命の魂なら……地獄よりも酷い苦痛になる」
ズガァァァァンッ!!
潜在意識の静かな暗黒が激しく揺れ動いた。ノヴァが自身の無限の力を強制的に圧縮し始めたのだ。
外側――物理世界では。
クオンの生命感のない肉体が突如として重力に逆らい、宙に浮き上がった。完璧な肌のすぐ下に黄金の血管が浮かび上がり、煮えたぎるマグマのように激しく発光する。焼き尽くすような激痛が、彼の存在のすべての繊維を駆け巡った。
精神の内で――
クオンは頭を抱えて絶叫した。「アアアアアアアアッ!」
ガラスのような亀裂が、彼の想像上の潜在意識の姿に走り始めた。あまりの苦痛に、普通の人間なら一瞬で魂が爆散していただろう。
【100層・宇宙エネルギー封印:形成開始】
ノヴァの声が、機械仕掛けの神のように次元全体に轟いた。
虚空から現れた、深淵の黒と腐敗の紫の恐るべきエネルギーの鎖が、黄金の球体に何重にも巻き付いていく。鎖の1つ1つに、光り輝く古代のルーン文字が刻まれていた。
第1層……
第10層……
第50層……
層がロックされるたびに、クオンの焼け焦げるような苦痛は和らいでいった。だがその代わりに、新たな圧殺されるような重圧がのしかかってきた。まるで山脈そのものを肩に乗せられたかのようだった。
第80層……
第90層……
突如――激しい衝撃と共にプロセスが停止した。鎖の鳴る音が止んだ。
ノヴァがゆっくりと降下してくる。その眩い輝きは今や落ち着き、完全に制御されていた。
「封印は完了した。ただし、100層すべてをロックしたわけではない……90層だけだ。生まれたばかりのあなたの器は現在、私の生殺与奪の力のわずか10%しか耐えることができない。そして、この10%を使いこなすことすら、時間がかかるだろう」
次第に、クオンの潜在意識の姿が修復され始めた。亀裂が消える。彼の存在は安定し、残っていた痛みは奇妙で心地よい熱へと変わっていった。
そして――。
カッ。
物理世界で、クオンの両眼がカッと見開かれた。
彼はゴツゴツとした石の洞窟の床に横たわっていた。漆黒の闇の中にあっても、彼は岩壁の複雑なディテールをウルトラHDの解像度のように鮮明に見ることができた。
だが――。
動けない。筋肉のひとつとして、彼の思い通りには動かなかった。
(ノヴァ……なんで動けないの? 封印のせいで麻痺したの?)クオンは内なる声で尋ねた。
「あなたの肉体がもはや人間の生物学に基づいて動いていないからだ」ノヴァは静かに説明した。「あなたの脳は、もう物理的な筋肉に電気信号を送らない。血管を流れる宇宙エネルギーに直接命令を下すのだ。思考に集中しなさい。自分が立ち上がる姿を想像する……そうすれば立ち上がれる。これは『意志の力』のゲームだ」
クオンは息を止めた。無理に手足をピクつかせようとする代わりに、心を落ち着かせ、1つのシンプルで明確なイメージを思い描いた。
(僕は、立ちたい)
次のマイクロ秒――。
フワッ。
物理的な関節を一切動かすことなく、彼の完璧な肉体は重力を拒絶し、まっすぐ空中に浮かび上がった。鳥のように飛んでいるのではない。降臨する神のように、地面のすぐ上を浮遊しているのだ。
「僕……飛んでる?」クオンは驚愕の眼差しで自分の両手と床を見下ろした。
頭上から、暗闇を切り裂くかすかな光の瞬きに気づいた。「あれは何?」
「この洞窟の出口だ」ノヴァが答える。「そしてあなたが見ている光は……この物理世界の『太陽』だ。外へ出なさい。あなたの飢えを満たす獲物を見つけるのだ。私が導こう」
空中でのバランス制御に悪戦苦闘しながら、クオンは前へと漂った。洞窟の壁に何度かぶつかった後、ついに姿勢を安定させ、出口へと向かって進んでいく。
外に出た瞬間――。
暖かく、黄金色の太陽の光が彼を歓迎した。
「なんて……美しいんだろう……」クオンは奇妙な光を宿した瞳で空を見上げ、呟いた。
頭上には無限に広がる青い地平線があった。ふわふわとした白い雲が風に乗ってのんびりと流れている。『絶対なる虚無』の完璧な静寂と圧倒的な暗闇とは正反対の光景。それは、生きて呼吸している世界だった。
だが、次の瞬間――。
風向きが変わった。眼下の谷から、どろりとした、吐き気を催すほどに重い瘴気が這い上がってきたのだ。
腐敗。乾いた血。焼け焦げた化学物質。脳髄を一瞬で麻痺させるほどの、極めて不快な悪臭。
「ウッ!」
クオンの輝くような顔がチョークのように青ざめた。彼は激しく鼻を覆った。目の前で世界がぐるぐると回り始める。彼の完璧で生まれたての肉体が、拒絶反応で激しく震えた。
(この空気は……何だ……?)
(僕の中で……何かが燃えている……)
(肺が……溶けていく……)
彼は空中から落下し、膝から激しく地面に墜落した。未知の、極めて致死性の高い猛毒が、彼のシステム内を急速に侵食していた。彼の神格レベルの器は、この物理世界の汚物をどうしても許容できなかったのだ。
突如――。
ノヴァの声が完全に機械的で鋭利なものへと変わり、緊急警報のように鳴り響いた。真っ赤なホログラム・パネルが彼の目の前に暴力的な勢いでポップアップする。
【警告:極度の大気毒性を検知】
【ホストの器に致命的な危険。あと3秒で細胞崩壊が開始されます……】
【適応型生存システムを起動】
【毒素を解析中……成功】
【スキル獲得:毒耐性 – レベル1】
【スキル獲得:自然属性耐性 – レベル1】
マイクロ秒の数分の一の間に――。
荘厳で治癒力に満ちた緑色のオーラが、クオンの体から爆発的に噴出した。瘴気の有毒な粒子が彼の肌に触れた瞬間、それらは即座に灰となって消滅した。彼の肺は鼓動一つ打つ間に完全に治癒された。
彼は長く、深い息を吸い込んだ。
数秒前まで彼の肺をドロドロに溶かそうとしていた空気と全く同じものが、今や冷たい山のそよ風のように爽やかで新鮮に感じられた。
彼の規格外の肉体は、この世界の毒性に完璧に適応したのだ。
「ずっと……良くなった……」クオンは血色を取り戻した顔で呟き、再び空中へと浮かび上がった。
その時――。
ガサッ。バキッ。ズルズル……。
近くの密集した茂みの中から、小枝が折れ、何かが泥の上を引きずられる音が聞こえてきた。クオンは暴力的なまでの勢いでその音の方へ首を向けた。あの怪物じみた、ブラックホールのような飢えが、再び目覚めたのだ。
彼がその音に集中した瞬間――魔法のようで、同時にひどく不気味な現象が起きた。
彼の左眼が完全に漆黒に染まった。『絶対なる虚無』をそのまま映し出したかのような、底なしの黒。死と無だけが溢れ出ている。
しかし、彼の右眼は白熱するような黄金色に輝き始め、星のように光を放っていた。それは彼の新たなシステムと生命の象徴だった。
――虚無神のオッドアイ(異色症)。
「誰がそこにいるの?」
完全な全裸で、完璧に恐ろしい姿のまま、クオンはゆっくりと茂みの方へと浮遊していった。
念動力を使い、彼が手を軽く振ると、触れることなく枝葉が左右に分かれた。
――そして、彼はピタリと動きを止めた。その光る瞳がわずかに見開かれる。
それは野生のモンスターなどではなかった。
泥の上に横たわっていたのは、三つの人影だった。一人の少年と、二人の少女。
彼らの服はボロ布のように引き裂かれ、未知の獣の爪痕がくっきりと残っていた。体は何層にも重なった乾いた血と、真新しい血で真っ赤に染まっている。皮膚は深くえぐられ、その下にある白い骨さえ露出していた。三人は激しく震え、恐怖で見開かれた目で、たった一回の呼吸すら苦しそうに喘いでいた。彼らは怪我と猛毒の空気と闘いながら、まさに死の扉の真ん前に立っていた。
クオンは、その恐るべき黒と金の瞳で彼らを見下ろした。猛烈な飢餓感が突然消え去る。彼はわずかに首を傾げた。
彼の精神の最も深い奥底から、ぼやけた記憶が浮上した。一瞬のフラッシュバック。
『前世』の記憶。
彼自身もまた、冷たい路上に横たわっていた時の記憶――壊れ果てて。自分の血の海に浸かりながら。完全に孤独で。野良犬の獲物として見捨てられ、世界中の誰一人として彼に目を向けようとしなかったあの時。
「この人たち……」クオンは静かに口を開いた。その声には奇妙で、息が詰まるような重みがあった。「……僕にそっくりだ。腕が二本あって……脚が二本あって……。でも……中身も外見も、完全に壊れてる」
ノヴァの声が再び彼の脳裏に響いた。今回……そこには機械的な計算は一切含まれていなかった。彼女の声は古の時代の響きを持ち、重く、深遠だった。
「行きなさい、相棒」
「この世界でのあなたの仕事は、今から始まる」
「私が虚無の中であなたの砕けた魂を繋ぎ合わせたように……今度はその新しく強力な手を使って……この壊れた世界を立ち上がらせるのだ」




