7話 共謀
「小島じゃないか。」
週末の渋谷。人混みの中で、その声はやけにクリアに響いた。
振り向くと、そこにいたのは将生。
そして、隣には、また知らない女性。
何人いるんだよ、こいつは。俺は笑った。
いや、正確には笑うしかなかった。
「今日は買い物か?」
何も知らない顔で近づいてくる三島。こいつはいつもそうだ。
全部を支配しているくせに、何もしていない善人の顔をする。
「この方は?」
隣の女性が、控えめに俺を見る。上品、隙がない。
でも、その目は笑っていなかった。こいつも、裏があるな。
直感だった。
「同期の小島だよ。」
将生は軽く紹介する。
まるでペットでも紹介するみたいに。
「そうなんだ・・・。」
女性は一歩、距離を詰めた。
「三島さん、将生さんは、会社ではどんな方なんですか?」
試すような声。俺は一瞬、口を開きかけて止めた。
言えばいい。全部。こいつの本性を。裏の顔を。
でも、言ったところで、誰が信じる?
三島は笑っている。言ってみろよとでも言いたげに。
「優秀なやつだよ。」
結局、俺の口から出たのは、それだった。自分でも笑えるくらいの嘘。
その瞬間。女が、ふっと笑った。
「そうですか。」
その笑顔は、全部わかってる顔だった。
俺は、二人に背を向けて逆方面に歩き始めていた。将生とは一緒にいたくない。
その時、背中を叩く女性がいた。振り返ると、将生のアシスタント。
「あの女性、三島さんの彼女に相応しくないわね。」
「佐藤か。渋谷で会うなんて偶然だな。」
「そうね。」
佐藤は将生の横にいる女性を睨んでいる。
「まあ、いいだろう。佐藤とは関係のないことじゃないか。」
「私、将生と付き合っているの。」
そうか、将生はアシスタントにも手をだしている。
「カラオケボックスに入って、少し話しをしましょうよ。」
「俺は用事があるし。」
「いいから。」
強引に連れて行かれる。
気づいたら、一人で飲んでいた。
「小島さんは、将生のこと嫌いでしょう。」
いきなりだった。核心。佐藤って、こんなやつだったのか?
何も考えずに、気楽に生きていると思っていた。
俺のことも、見透かしている。
「別に。」
「嘘。」
即答だった。逃げ場を潰すように。
「ねえ、知ってる?」
佐藤はグラスを揺らしながら言った。
「あなたが考えてること、だいたい当たってる。」
背中が冷える。
「三島さん、将生は、何人の女と同時に付き合っていると思う?」
「さあな。」
「少なくとも三人。」
俺は黙った。佐藤も入れれば、俺はその三人を知っている。
「しかも全員、本気にさせてる。」
佐藤は笑う。楽しそうに。壊すことを楽しむ子供みたいに。
「ねえ、小島さん。」
グラスが置かれる音。やけに大きく響いた。
「壊したくない?」
その一言で世界の温度が変わった。
神谷 莉緒、桜井 早希、佐藤が名前を口にする。将生の彼女の名前。
さっき将生と歩いていた女性。それが桜井 早希というのだろう。
「でも、まずは莉緒からね。」
桜井という女性のことだと思っていた。最初は。でも、違った。
「莉緒は、綺麗でもないのに将生と一緒にいるなんて邪魔だから。」
心臓が跳ねる。こいつ、どこまで知っているのか?
俺が莉緒を狙っていることまで?
「あなたも、そう考えてたでしょ?」
「何を?」
佐藤は笑った。ゆっくりと。逃げ場を与えない笑み。
「事故にする方法。」
完全に、読まれていた。俺の中で、何かが壊れる音がした。
「仮にだ・・・。」
声が低くなる。
「やるとして、どうする。」
佐藤は即答した。迷いゼロで。
「ホームよ。」
静かに。確信を持って。
「人混み、死角、衝撃、全部揃ってる。証拠も残りにくい。しかも、事故に見える。」
完璧だった。あまりにも。
「あなた一人じゃ無理。」
佐藤は続ける。
「でも、誰かのせいにするなら簡単。」
その時、俺は気づいた。こいつ、最初からそのつもりだ。
「共犯にならない?」
軽い口調。でも、内容は地獄。
「将生を地獄に落とすの、一番効く方法で。」
俺は笑った。
「佐藤は、それでいいのか?」
「私には、私の考えがあるから。」
何を考えているのか分からない。不気味だった。佐藤の顔が。
ただ、もう戻れない。その夜、計画が完成した。
誰が押すか。誰が証言するか。
「もし失敗したら?」
俺が聞くと、佐藤は少しだけ首を傾けて答える。笑いながら。
「その時は、別のシナリオに変えるだけ。」
その言い方に、わずかな違和感が残る。
まるで、もう一つ用意されているみたいな。
数日後、渋谷のホームで莉緒は死んだ。事故か、事件か。
それはまだ、誰にも分からない。
ただ一つだけ確かなのは、この殺人は、一人ではなかったということ。
そのはずだった。
俺は、ポケットからスマホを取り出した。時間を確認するため。
でも、画面を見た瞬間、動きが止まる。
見覚えのないアプリが、一つ増えていた。黒いアイコン。
名前はない。いつ入れた? こんなの、触った覚えはない。
嫌な予感がして、開く。中はシンプルだった。一つのファイルだけ。
日付が表示されている。数日前。
タップする。画面に、文章が表示される。
ゆっくりと、スクロールされていく。
そこに書かれていたのは、今、俺たちが話していた内容、そのままだった。
位置、タイミング、役割。全部。一言一句、同じ。
「は?」
喉が乾く。こんなもの、誰が。いや、違う。まだ、下に続きがある。
スクロールが止まらない。最後の一文。
「全員が、同時に前に出ること。」
心臓が、嫌な音を立てる。その直後、スマホが震えた。通知。
さっきのアプリから。
「その通りに動けば、ちゃんと事故になります。」
指先が固まる。
「安心してください。」
次の一文。
「あなたたちは、“自分で決めた”と思えますから。」
背中に、冷たい汗が流れる。そのとき、気づいた。
さっき、俺達、この一文、話したか? 話してない。
なのに、どうして。
全員が同時に前に出るなんて発想が、最初から頭にあった?
その瞬間、佐藤の言葉が、遅れて蘇る。
「別のシナリオに変えるだけ。」
違う。変えているんじゃない。最初から全部、書かれている。
画面に、最後の通知が表示される。
「次は、ちゃんと見ていてくださいね。」
ゆっくりと、顔を上げる。周囲の人間が、妙に近く感じる。
その中の、誰か一人。目が合った気がした。
でも、次の瞬間には、もう、どこにもいなかった。




