6話 河野 澪
六本木で、将生と腕を組む莉緒と会った。
「この人は、俺の彼女の莉緒。」
「あら、初めまして。」
「こちらこそ。この方は誰?」
将生にしては地味な女性が笑顔で私を見つめる。
可愛くもない。華もない。オーラもない。
なのに、あんなに必死に笑っている。
将生にしては珍しい。これまで美人としか付き合わなかったのに。
何かあるのだろう。財閥のお嬢様とか。
人は、好きだけで付き合うわけでもない。
ただ、次の瞬間、私は気づいた。
ああ、この子、全部、将生に預けてるんだと。だから、怖い。
「彼女はアメリカ留学時代の友達。」
そう、将生はハーバード大学留学中の男友達。というより、一緒に暮らしていた。
あの頃は日本人の友達がいなかった。寂しかった。
だから自然と将生に抱かれていた。
でも、将生の女癖は悪いことも知っている。
だから、大学を卒業した時に別れた。
7年ぶりぐらいだと思う。
「そうなんです。7年ぶりぐらいかしら。」
「大学時代の将生の暮らしを教えてくださいよ。これから一緒に食事でもして。」
「お二人のお邪魔をしても悪いし。」
「遠慮はいらないわ。お時間はある?」
「ありますが・・・。」
「じゃあ、決まりね。一緒に行きましょう。」
莉緒は、ずっと笑っていた。大学時代の将生のことを聞きながら。
その時は、もう会うことはないと思っていた。
でも、断りきれずにLINEのIDを交換する。
1ヶ月後、将生とバーで会っていた。
この前は、本音で話せなかったから。
一緒に暮らしていたなんて莉緒に言えない。さすがにね。
少しだけ嫌な予感がした。将生のスマホに、通知が出ていたから。
ロック画面に並ぶ未読メッセージ。10件、20件、30件。
普通じゃない。私は、その場で笑った。
「ああ、またか。」
将生は昔からこうだ。誰かに依存される。そして、そのまま壊す。
でも今回は、少し違った。
その女性、莉緒は、壊れる側じゃなく、壊れかけている側だった。
「ねえ、返信してあげたら?」
そう言ったとき、将生は少しだけ面倒そうに笑った。
「大丈夫だよ。そのうち落ち着くから。」
落ち着く? 私は、その言葉に違和感を覚えた。
だって、あのメッセージは普通の執着じゃない。
あれは崩壊の直前。
その日の夜、莉緒と初めてLINEで話した。連絡が来たから。突然。
「将生と連絡がつかなくて。どうしたらいいですか?」
ああ、面倒くさい。莉緒には近づきたくなかった。
最初は、適当に返す。
「仕事じゃない?」
「忙しいんじゃない?」
「気にしすぎだよ。」
でも、終わらなかった。むしろ増えた。
「嫌われたのかな。」
「私、何かしましたのかしら。」
「どうしたらいいですか。」
「ねえ。」「ねえ。」「ねえ。」
うるさい。スマホが鳴るたびに吐き気がする。
私は思った。どうして、ここまで自分がないの?
将生は、こういう女が好きだったの?
いや、違う。こういう女性でもいいだけだ。
ある日、私は莉緒を見た。六本木のレストランの外。
将生の腕に、しがみつくように歩いていた。
数日後。またLINEが来る。
「今日、将生と会うんです。」
「大事な話があるって。」
「もしかしてプロポーズかも。」
私は、スマホを見ながら、しばらく黙った。そして、少しだけ、笑った。
「それ、違うよ。」
送ろうとして、やめた。どうでもいい。
その翌日、ニュースが流れた。
「渋谷駅で女性が転落、死亡。」
名前を見た瞬間、指先が止まった。神谷 莉緒。
ああ、そう。私は、ゆっくりスマホを置いた。そして、思った。
「やっぱり、壊れたか。」
でも、次の瞬間、違和感が走る。
あの子は、自分から飛ぶタイプじゃない。じゃあ、誰が?
そのとき、頭の奥に浮かんだのは将生でも、あの女性でもない。
「私、何か見落としてる?」
そう呟いた瞬間、背中に、冷たいものが走った。
あの日、レストランの前で誰かが、こちらを見ていた気がする。
男性か女性かも思い出せない。
ただ、妙に印象に残っている。笑っていなかった。
ただ、観察していた。
まるで、最初から全部知っているみたいに。
私は、その顔を思い出そうとする。
でも、思い出せない。顔も、性別も、服装も。
何もかも曖昧なのに、見られていた感覚”だけが、やけに鮮明に残っている。
そのとき、スマホが震えた。知らない番号。一瞬、ためらってから開く。
「気づきましたか?」
心臓が、わずかに強く打つ。
「あなたは、見ている側だと思っていたでしょう。」
指が止まる。
「でも違う。」
喉が乾く。
「あなたも配置されていたんですよ。」
一気に、血の気が引いた。配置? 何の話?
その瞬間、頭の奥で何かが繋がる。
将生と再会したタイミング。莉緒と会った偶然。
あの日、あの場所にいた理由。全部が、妙に出来すぎている。
「……まさか。」
自分の声が、少しだけ震える。画面に、最後の一文が表示される。
「あなたがいたから、全員揃った。」
呼吸が止まる。全員揃った?
その言葉と同時に、あの日の光景が、ゆっくりと浮かび上がる。
ホーム。人混み。そして、自分の立っていた位置。莉緒の、すぐ後ろ。
「え?」
一歩も、動いていないはず。触れてもいない。関わっていない。ただ、見ていただけ。
なのに、どうして、あの瞬間、自分も前に出ていた気がするの?
次の通知が来る。
「安心してください。」
視線が固まる。
「あなたも、ちゃんと押してない側です。」
その一文を見た瞬間、なぜか、背筋にぞっとする。
その言い方が、一番信用できなかった。




