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黎明の適合者 -Colors of Dawn-  作者: 雨野 天
第二部 第四章

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46.守る、選ぶ、別れる、覚悟

墜落したアスリオンには、生き物の気配がなかった。


(みんなどこへ・・・)


刹那――北の大地に、見覚えのない白い光の柱が立った


リヒトは考える前に体が動く。その光に向かって駆けていく――




***


地球に小惑星が衝突する少し前のこと――

リミは白の適合者全員を集め、白の巣にいた。

偶然としか言いようがないが、小惑星が衝突する瞬間、彼女らはそこに集結していた。


ドーン、ドゴンという激しい衝撃音と共に、アスリオンが傾く。

乱気流に巻き込まれた飛行機のごとく、上へ下へと揺られ、立っていることすらままならない。リミはとっさに叫んだ。


「全員、そのまま待機!白の巣から出ないで!」


隣にいたサネナリが、リミの言葉を復唱する。ユノをはじめ、適合率の低い者たちが不安そうな顔をのぞかせる。


リミは全員に微笑んで見せた。

余裕などない。けれど――

安心して、私の言葉を信じて――と言い聞かせるように。


そこからは怒涛の連続だった。


白の巣はドームごと、アスリオンの床を抉り、宙へと放たれた。

少しずつ離れ、堕ちてゆくアスリオンを全員が唖然と見守る。

その中でリミだけが、せわしなく周りを見渡し、誰かを探す。

しかし、その様子に気が付く者はいなかった。誰もがアスリオンの終焉を眺め、絶望していた。



***


リミは数日前のブランカの言葉を思い出していた。

自然と眉間にしわが寄る。


「なぁ、リミ」


このところ、すっかり人間のようになったブランカがリミに優しく呼びかける。当初感じていた人外のプレッシャーも、孤高の生き物が出す独特の雰囲気もすっかり薄れて久しい。

彼女は旧友にでも話しかけるような親密さを伴って、リミに笑いかける。


「なぁに?」


リミもすっかりくだけた口調で応えた。最近ではブランカを可愛いとすら感じている。


「私はこれから誓約を破る。けれど、白の巣は絶対に安全だ」

「はぇ?」


突拍子もない言葉に、リミはポカンとして、間抜けな声を出した。


「どうか、その時は迷わないで」


ブランカは微笑み、それだけ言うと、スタスタと歩いて行ってしまう。その背中があまりにも質問を拒絶していて、リミはその言葉の意味を聞けなかった。


それを今―この衝突で―思い出した。


(アレは…。アレはそういう意味だったんだ)


リミはアスリオンが揺れた瞬間に悟った。

あの日からブランカは白の巣に戻っていない。そして――ここに、白の巣に白の適合者が全員いる。何故か?ブランカがそう言葉巧みに誘導したからだ。この時間、全員が白の巣に集まるように。リミはその意味を考えた。


おそらく、アスリオンから飛び出して、この小惑星が降りしきる中で全員が生き残るのは不可能だ。ユノのような、適合率を無理くり上げたような適合者はほとんど白の力を使えない。


(ユノたちを見捨てて、宇宙(そと)に出る?)


ううん、サネナリはきっとユノを見捨てられない。ということは、少なくとも適合率の低い二十人プラスαは失う。しかもサネナリという片腕も。


ブランカはあの時何と言った?

そうだ。「誓約を破る」と言った。今、この状況で彼女が白の巣を守ることは、“誓約を破る“ことなのだ。それはブランカにとって何らかの不利益を被る。リミに「迷わないで」と選択させるくらいの、代償を伴うのだ。


(きっと、ブランカは死んじゃう…)


どうしよう、リヒト。

なんでこんな大事な時に側にいないの。

なかば八つ当たりのように、心の中で彼を呼ぶ。リミは迷って迷って・・・


白の巣に留まることを選んだ。


***


隣でサネナリが、ユノの肩を抱きながら、アスリオンを見つめている。

ユノは震え、かすかな嗚咽が聞こえた。

リミは痛む胸を抑えて、なんとか平静を保つのに必死だった。本当は今にも叫びだしたい。どこかで白の巣を守っているブランカを探し当て、もういい、と言いたかった。


(私たちを守らないで)

(みんなを守ってほしい)


相反する二つの心に引き裂かれそうだ。


茫洋と目の前の光景を眺めていた。

大気圏に突入したアスリオンが加速度を増す。


(私たちの家―アスリオン―がなくなった。)


いつの間にか涙が流れていた。

ユノのものと思っていた嗚咽は自分のものだったかもしれない。



***


白の巣はゆっくりと地上に降りた。

視界いっぱいに吹雪く大地の大きな裂け目に吸い込まれていく。

地上の吹雪が嘘のように止み、やがて底に降り立つ。


ゆっくりと降りたように見えたが、ドゴォンと豪快な音を立て、地面と接触した。

ぐらりと揺れ、白の巣は地に根を張るように谷間の底にずずず、と力をかけ、同化していく。


「止まった?地面に着いたんでしょうか?」


サネナリがリミを覗った。


「白の巣をブランカが守ってくれたのよ…」


サネナリは何故そんなことが分かるのか、という顔をしている。しかし質問はしてこなかった。良く出来た部下だと思う。


「私、彼女を探してくる。サネナリは周囲の状況と被害状況を確認。常に3人以上で行動すること。一時間以内に戻らなければ、あなたが次のリーダよ。」


リミは短く命令を出すと、振り返りもせずに巣を飛びだす。

サネナリが何やら怒っていたようだが、聞かなかったことにした。




***


リミは白の巣を出ると、周辺を見渡し、一際高い切り立った崖を見つけた。

登りきると、そこからは割れた白の巣の天井が見え、周囲も見渡せた。巣に背を向けると、仄かに白い光が見えた。


きっとあそこにブランカが居る。


リミは迷うことなく、崖を飛び降り光に向かって駆けだした。

氷で滑っていけば早いはず、と力をこめる。しかし、何故か白の力が上手く使えない。もどかしさに舌打ちしながら、彼女は力の限り走った。


走った先に、白い光の塊が闇にぼんやりと浮かんでいる。

ブランカではない。ブランカよりも大きい、けれど人型のような塊。


それは星獣だった。


ブランカの白の星獣だ。この子は胸の所がいつも白く発光していた。今は光が貯まりきらなかった蓄光石のようなこころもとない光だった。


星獣の胸の部分に手を当てる。


何度か触れたことのある不思議な光を放つ石はいつもほんのり温かい。リミの手の形に光が遮られた。ひんやりとした感覚が伝わる。星獣からはすでに命の脈動が感じられなかった。


(冷たい……死んじゃったみたい…きっと随分前に)


星獣を果たして死ぬと表現していいのか分からないが、星獣の胸の冷たさからリミはそう判断した。


「……ん……………」


ごつごつした岩の向こうから微かな声が聞こえた。

リミはハッと顔を上げ、辺りを見渡す。岩の隙間から白い光が見えた。


「ブランカいるの!ブランカ!!返事をして!」


リミは叫んだ。あの時叫びたかったのに、今は声が出ない。掠れた声がどこまで届いたのか、どこへも届いてない気がして、何度も何度も叫んだ。


岩に飛び乗り、見渡してもブランカはすぐには見つからなかった。


(空耳だった?ううん、そんなことない!確かに聞こえた)


焦って、岩の角で足や手を切ってしまった。

血の匂いが鼻を掠めた。リミはお構いなしにブランカを呼び、探した。


「ブランカ!返事して!」

「…ここ、だ…ここにいる、……リ……ミ…」


一番聞きたかった声がした。


「ブランカっ!!」


ブランカらしき人影を見つけ、リミは駆け寄った。


彼女の下半身は、もうなかった。


血が出ている、と思った。地面におびただしい量の血が染み込んで、リミが一歩、また一歩と近づく度、粘り気を帯びた足音を出す。しかし、地だと思ったそれは真っ黒の液体だった。


ブランカの身体から、ほろほろと白い光が小さな粒になって飛んでいく。やがて光は空気中に溶け込むように消える。彼女の白いはずの血が、黒い。彼女の中から、白の力が刻一刻と失われていく。


それを理解した刹那――リミの力が弾けた。


(リヒト!!助けて!!)


白い光の柱が天に向かって立った。

それは彼女の救難信号だった。


リミはブランカを抱き上げた。実体がないような軽さに涙がこみ上げる。


「ブランカ!ブランカ、どうして!?」

「すまん…。」


ブランカは力なく笑った。

もう目が見えないようで、視線は合わなかった。


「ねぇ、私たちを助けるために何をしたの?どうしてこんな姿になっているの?」

「こんなに…愛おしくなるとは思って…なかった……」


彼女の独白にリミは耳を傾けた。


「最初は興味本位だった。長い時の中で瞬きの間に産まれて死ぬ人間に、滅亡するのを待つだけの哀れな人間に、私たちの力を与える。その結果を高みの見物するつもりだった。」


「その実験に乗り気だったのは、ソレイユと私だけだった。」


終わりのない旅に疲れていたのかもしれん…、と自嘲気味に付け足す。


「せっかくだから見るだけじゃなく、人間の真似事をしてみようと思った。これが思ったより悪くなかった」


ブランカは穏やかに微笑んだ。


「私はお前たちと居るのが楽しくて、頼ってくれるのが嬉しくて。笑っているのが愛おしくて。いつの間にか忘れていたんだ。」


彼女の顔がだんだんと曇っていく。


「私たちは地球最後の日を知っていた。知っていて、黙っていた。そういう“約束“だった。」


ぐっとこらえきれないように眉を寄せ、苦しそうな声で彼女は続けた。


「お前たち全員が生き残る可能性はゼロに近かった。でも……」


「お前たちの誰か一人でも欠けたら、と想像するだけで胸が張り裂けそうになった。……驚いたよ。私自身こんな風に考える日がくるなんて予想してなかった。でも、迷わなかった。私の命とお前たちの命なら、お前たちの命の方が大事だと気づいた。」


「な、なんでぇ…?なんでこんなボロボロになるまで私たちを守るの…一人で守らないで、頼ってよ…」


ブランカは死なずに済んだのではないか、リミは混乱していた。“誓約”のことは頭から抜けていた。


「違うよ。これは“誓約”を破った代償だ。」

「誓約って何?」


リミはあの時聞けなかった言葉の意味を聞いた。


「私たちは宇宙の均衡を守り、惑星(ほし)から惑星(ほし)へ旅するモノ。あらゆる惑星(ほし)の厄災に干渉してはならない。」

「誰とそんな約束…」


荒唐無稽な話だ。リミには分からない。神様みたいなブランカたちが逆らえない何かがいるのだろうか。


そう考えている間にもブランカはボロボロと形を崩していく。

胸の辺りの光が先ほどから明滅している。別れが迫っている。


「星獣のところへ連れて行ってくれないか?」


ブランカの最期の願いに、リミはうん、と涙を拭ってうなずいた。


彼女の身体を星獣の隣に横たえる。彼女の腕を優しく星獣の胸へと導いた。


「ああ、こんなに冷たくなって。最期までよく頑張ってくれた。」


焦点の合わない目で、虚空を見つめながらブランカは途切れ途切れに星獣に声を掛けた。仄かに星獣の胸の光が呼応した気がした。いや、そう思いたかっただけかもしれない。


ブランカは満足そうに微笑み、「リミ、ありがとう。この地で生きて…」と言った。


「いやっ…いやだ!いやだよぉ…!!待って、まってブランカ!」


リミはブランカの手を取り、自分の頬に当てる。

涙でブランカの姿がぼやける。そうしている内にブランカの身体もぼやけたようにポロポロと崩れていく。


「ねぇ!待って!ブランカ!まだ一緒に居たい!もっと教えたいことがあるの!あなたとしたい事が、聞いてほしい話が、たくさんあるのぉっ・・・・!」


リミの涙がブランカの胸に落ちる。いやブランカの身体をすり抜け、地面にぽたりと落ちた。


「うああああぁあ!!」


リミは叫んだ


「リヒトお願い!助けて!!ブランカを助けて!!助けてよぉ!!!」


リヒトが来たところで助けられないのはわかっていた。

しかし叫ばずには、助けを求めずにはいられなかった。


その時――ジャリ、と砂を踏みしめる音が聞こえた。


「リヒト………」


リヒトの姿を確認すると、そのままリミは意識を手放した。




***


「遅くなってごめん。」


リヒトは倒れかけたリミを支え、ゆっくりと地面へ寝かせた。

彼女が持っていたブランカの腕を支えようと手を伸ばすが、光の粒になって、すでに消えていた。


「ブランカ、君に貰った記憶と力を返しにきた。」

「お、まえ…いい…の、か」


ブランカはもうほとんど話せなかったが、リヒトには彼女の言いたいことが伝わった。


「いいんだ。リミとの運命が分かれることになっても…ブランカ、君を助けたい。」


リヒトは力強く肯定した。

ブランカの胸元に手をかざす。リヒトの掌から、少しずつ白い光が彼女の中に戻り、体を形作る。リヒトの中のブランカの記憶が薄れた頃には、ブランカの身体は元通り戻っていた。


「ああ…」


ブランカが嘆息した。

腕をまじまじと掲げ、眺める。失っていた視力も元に戻っていた。


「体が重いな。それに、なんだか内側がぞわぞわする」

「たぶんそれ重力を感じてるんだよ。」

「?」


ブランカが分からないといった風に首を傾げた。リヒトは笑いながら告げる


「ブランカは俺たちと同じ人間になったんだよ」


ほう、とブランカは目を見開くと、おもむろに岩の角で腕を切り裂いた。赤い血がぶしゅっと飛び散る。


「痛い。痛いぞ、リヒト」

「自分でやっといて何言ってんの…」


リヒトはあきれ顔でブランカを見た。



***


ブランカはリミを背負い、リヒトは星獣を背負って、白の巣へ向かった。ブランカによればなんとなく方向はわかる、らしい。白の力を失ったリヒトにはさっぱりだった。ほんのりと大地の裂け目から差す光を頼りに、暗い地の底を歩く。


リヒトはじわじわと別れを実感していた。

彼の中にあったブランカに対する親近感も、リミに対する恋心も、最初からなかったかのように消えていた。きっとこれが彼女たちと過ごす最後の時間だ。別れの時間が迫っているのに、白の巣は近づいているのに、言葉は何も出てこない。


(言いたい事、いっぱいあったはずなのにな……)


リヒトは背中の星獣を抱え直すと、自嘲気味に笑った。

ブランカはそんなリヒトに気づいてはいるようだったが、何も言わなかった。それがありがたかった。心にもないことを言わずに済んだ。



「あそこだ」


ブランカが小さくぽつりと見える光をあごで差し示した。


「すげぇ…もしかしてあれ、白の巣? 巣ごと、ここまで運んだの?」

「ああ。一人も失いたくなかったからな」


変わったな、と思う。彼女はもっと冷淡な性格だと思っていた。記憶の中の彼女を探そうとして、もう記憶はなかった、と気づく。突然の喪失に、頭が追い付いていない。


リヒトは頭を振って、気を取り直した。


「もう少しだな。行こう」


別れが目の前に見えている。それはこれからの希望という形でやってきた。


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