45.神に見放された惑星
その日は、前触れもなく訪れた。
瞬きの間に、空が裂けた。
燃え盛る隕石が、いくつも大気を貫き、地表へと叩きつけられる。
空気が焼け、遅れて轟音が追いついた。
地面が揺れる。
いや、揺れるなどという生易しいものではない。
世界そのものが軋み、崩れ、悲鳴を上げていた。
建物が折れる。
山が崩れる。
大地が裂け、その奥から赤いマグマが噴き上がる。
海は狂ったように暴れ、巨大な波が空へ向かってせり上がる。
稲妻が空を引き裂き、何度も地上を焼いた。
リヒトは、そのすべてを、ただ立ち尽くして見ていた。
――理解が追いつかない。
思考が、止まる。
視界の端で、巨大な影が傾いた。
振り返る。
アスリオンが、落ちていく。
ゆっくりと。
しかし確実に。
宙にあったはずの“居場所”が、音を立てて地表へと突き刺さっていく。
「……っ」
声にならない。
何もかもが、あまりにも唐突だった。
***
遡ること、数時間前――
黄の執務室の片隅で、カタカタとリズムよくキーボードを打つ音がする。時おり考えるように止まっては、また始まる。小気味よく鳴るそのリズムに瞬は秘かに微笑んだ。
ここ一か月、リヒトの奉仕活動は主に瞬の執務室で行われた。戸ヶ崎少年を連れてきたあの事件の始末書と報告書に始まり、日々の活動報告、リヒトの勘だけで行われていたアスリオン内の人や物に関する危機感知、そして色持ちの地球外生命体への対処法などなど、明文化する事は多く、一か月はあっという間に過ぎ去った。
「なぁ、瞬。もういいだろぉ…?」
覇気のない声を発したのはもちろんリヒトだ。
「この一か月、報告書ばっかりでもう飽きたー!瞬くーん!瞬さまっ!お願い!ねっ!?」
猫なで声というのはこういう声を言うのだろうか、と瞬は鳥肌の立つ自身の腕をそっと撫でた。急ごしらえで準備された簡易机を挟み、このアスリオンで最強の男を睨みつける。
「この先、アスリオンの運営をお前の勘だけに頼るわけにはいかないだろう。とっととお前の“勘”とやらを明文化しろ!」
「えー…鬼じゃん…」
リヒトは萎れた花のように机につっぷした。
執務室には複数の執務官がいるが、誰も助けてはくれない。
むしろ、ソレイユの執務官たちは二人の様子を微笑ましく見守っている。
厳しい指揮官の柔らかい一面を垣間見て、彼らはほっとした。あの泣く子も黙るソレイユの指揮官―末永瞬も年相応の所があるではないか、と。
なんとか午前中の奉仕活動を終え、リヒトは食堂で昼食にありつく。
それもここ一か月のルーティーンだ。
それにしても、今日は背中がぞわぞわと落ち着かない。
執務室での奉仕活動に嫌気がさしたのか、と思ったが、昼食になってもちっとも落ち着かない。
ふと、リヒトはあることに気がついた。
(そういえば、今日はアズランに会ってない…)
アズランだけではない。ブランカもロッソにも、ヴェルディアにも会っていない。
珍しい事ではない。彼らは気まぐれで人智の及ばぬ存在だ。数日会わないことなど、日常茶飯事。けれど、全員と会わないなんてこと今まであっただろうか。リヒトはここ数か月の記憶を辿る。
(そもそもアズが側にない日がない。なんで朝、気が付かなかった……?もしかして洗脳か?)
肌が粟立った。
動悸が激しくなる。どくん、どくん、と心臓が嫌な音を立てる。
食堂の窓から空を見上げると、そこには真っ赤に爛れた隕石が見えた。
考える前に体が動いた。リヒトは外へ駆け出し、宇宙へ飛び出す。
「ノクス!ノクスっ!!…ナギ!」
呼びかけにノクスは応えなかった。咄嗟に代わりになりうるナギニを呼んだ。
(ちくしょう!ノクスもグルなのか!…次はこういう試練か!適合者たちだけで乗り越えろってか)
人には聞かせられないような罵倒の言葉が浮かんでは消えた。
半ばやけになって、リヒトは笑った。
数秒遅れて、ナギニが戸ヶ崎少年を伴って飛んでくる。
「ナギ!隕石だ!アスリオンに当たらないように、ブラックホールで吸い込め!」
二人は頷き、アスリオンから離れたところでブラックホールを展開する。
リヒトはアスリオンを振り返る。まだ混乱の最中にあるようで、奔流のように人の流れが建物からあふれ出す。戻るか、一瞬迷って、リヒトは前へと向き直る。
(アスリオンは大丈夫。瞬がいる)
信頼できる仲間に背中を任せ、リヒトは宙へ駆けだした。
迫りくる隕石をブラックホールで吸い込んでも、火の粉のように降ってくる無数の隕石すべてを回収することは不可能だった。
ひとつ、たったひとつの隕石で、地球は様変わりした。
海が裂け、空が吹き飛び、重力が歪む。
アスリオンが揺れる。
――落ちる。
「待て……っ!」
リヒトは、反射的に手を伸ばした。
届くはずがない距離。
それでも、伸ばさずにはいられなかった。
「止まれ……!!」
叫びと同時に、掌から青い光が弾けた。
制御も、理屈もない。
ただ、“そうしなければならない”という衝動だけで。
光は空間を走り、アスリオンへと伸びる。
だが――
届かない。
アスリオンは、大きく傾き、そのまま地表へと堕ちた。
「――――ッ!!」
次の瞬間。視界が白く弾けた。
気づいたときには、
アスリオンは地表に斜めに突き刺さり、
大地は抉れ、空は土埃で覆われていた。




