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黎明の適合者 -Colors of Dawn-  作者: 雨野 天
第二部 第四章

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47.怒涛が終わるとき

白の巣に辿り着くと、中から数人が駆け出してきて、リミと星獣を静かに引き取った。慌ただしくもどこか安堵したような空気が、場に広がる。

白の巣に入ろうとするブランカを余所に、リヒトは足を止めた。


「じゃあ、これで」


短く、そっけない言葉だった。

それがどんな別れなのか、もう上手く測れない。ただ、口に出した瞬間、ほんのわずかに胸の奥が引っかかる。


「リミに会ってからにしろ」


ブランカが言う。


「会っても意味ないよ……」


リヒトは視線を逸らしたまま答えた。


意味がない、という言葉に違和感が残る。けれど、それ以上の言葉が見つからない。

ブランカは引かなかった。真っ直ぐにリヒトを見据える。

その視線は、リミを守ろうとする意志に満ちていた。


――ああ、そうか。


そのことに気づいた瞬間、胸の奥がわずかにざらついた。

けれどそれが何なのか、名前を付けることはできなかった。

リヒトは小さく笑う。


「……わかったよ」


結局、折れたのはリヒトだった。

リミが目を覚ますまで、待つことにした。


***


リミが最初に見つけた崖の上で、リヒトは一人座っていた。


白の巣はドームの天井が崩れ、中がむき出しになっている。中では数人が慌ただしく動き回り、瓦礫をどけ、誰かが声を張り上げている。その合間に、ふと笑い声が混じった。


その光景を、リヒトはぼんやりと眺めていた。

何も感じない、というわけではない。

ただ、何を感じているのかが、はっきりしない。


「リヒト」


不意に、後ろから声がした。

リヒトはゆっくりと振り返る。


「リミ」


一瞬だけ、言いかける。


――サトミ。


喉の奥で止まり、そのまま消えた。

その名前を呼ぶことが、今はなぜか遠い。


「ブランカを助けてくれて、ありがとう」


リミは数歩の距離を保ったまま、静かに頭を下げた。


「間に合って、よかった」


それだけを返す。

それ以上の言葉は、浮かばなかった。


「ごめんね」


リミの声は、わずかに震えていた。

リヒトは黙って彼女を見た。


「私、知らないうちに選んでたんだね」


リミは隣に腰を下ろす。少し距離を空けて。

白の巣を見つめながら、ぽつりと続けた。


「仲間全員とブランカなら、仲間を選んだのに」


少しだけ言葉が詰まる。


「リヒトとブランカを天秤にかけて、ブランカを選んじゃった」


声が滲む。

リヒトは少しだけ考えてから、言った。


「いいんだ」


それは本心のはずだった。

けれど、どこか遠い。


「俺も、リミと一緒に居るより、ブランカの命を選んだ」


言葉にしてから、わずかに遅れて実感が追いつく。


「……おあいこだよ」


小さく笑う。

リミも、ほんの少しだけ笑った。

その笑みは、どこかぎこちなかった。


「私たちの気持ちってさ……」


リミが呟く。


「作られたものだったのかな」


リヒトは答えに詰まった。


否定したい。

けれど、その根拠がもう、自分の中に残っていない。


「違う、って言いたいけど……」


苦笑する。


「説得力ないよな」


沈黙が落ちる。

以前なら、気まずさなんて感じなかったはずなのに。

今は、その静けさが妙に重い。


リヒトはふと、隣にいるはずの距離を意識した。

少し手を伸ばせば触れられるはずなのに、その距離がやけに遠く感じる。

リミも同じように、どこか落ち着かない様子で視線を彷徨わせていた。


何かを言おうとして、やめる。

その繰り返し。

やがてリミは立ち上がった。


決意を固めるように、小さく息を吸う。


「私たち、ここでブランカと一緒に生きていく」


言い切る。自分に言い聞かせるように。


「うん」


リヒトは頷いた。

それでいい、と自然に思えた。


「リヒトは?」


「……とりあえず、他に困ってる人がいないか探す」


少し考えてから答える。


「そっか……」


短い相槌。


それ以上は続かない。

また、沈黙。


風が吹く。

どこかで、誰かの声がした。

リヒトはゆっくり立ち上がった。


「じゃあ、もう行くよ」


言ったあとで、わずかな間が空く。

何かを言い忘れている気がした。

けれど、それが何なのか分からない。


「うん、元気で」


リミも同じだった。

何かを伝えたかったはずなのに、言葉にならない。

ただ、それでも。


「……リヒト」


思わず、呼ぶ。

理由は分からない。

それでも呼ばずにはいられなかった。


リヒトが振り返る。


目が合う。

その瞬間、はっきりと理解してしまう。


――もう、何も残っていない。


「……なんでもない」


リミは小さく首を振った。


「そっか」


リヒトはそれ以上何も言わなかった。

ゆっくりと背を向ける。

そのまま、飛び立った。

ブランカによろしく、とは言わなかった。


吹雪はすでに止み、空には月が浮かんでいた。

歪な形をした月だった。

欠けたままのそれが、妙に目に焼き付く。


いずれは戻るのだろう。


長い時間をかけて。


元の形に。


(俺も――)


そこまで考えて、やめた。


何を失ったのかさえ、もう曖昧だった。


夜の闇に溶けるように、リヒトの姿は消えていった。



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