43.新たな火種
ビー!ビー!
入り組んだ基地の中に赤い光とけたたましい警告音が響く。
(しくじった!)
警備兵を避けながら、イチゴは基地の中を逃げ回る。やがて、基地の高い塀が見えた。
(あそこを超えれば…!)
すると、別の方向から複数の足音が聞こえる。それはあさっての方向に走り去っていった。
(どういうことや?)
てっきり追われているのは自分と思っていたが、イチゴが見つかった場所とは明らかに別の施設が騒がしい。何か別のトラブルだろうか。
(それならそれで、チャンスやな。今なら、名簿くらい盗めるんちゃうか)
イチゴは好機をみすみす逃すような男ではなかった。
ここ数週間で仕入れた施設の地図を頭に思い浮かべる。どのルートが最短で安全か、素早く計算して走り出した。
予想通り、実験施設内は混乱を極めていた。
イチゴは何人か遭遇した兵士をのした後、メインコンピューターからデータを探す。画面に映る無数の英数字の羅列が瞳に映る。一見意味のなさそうな記号を見て、にやりと笑った。
顧客名簿のようなそれを、スクロールしていくと、見知った名前に手がとまる。
「は…うそやろ…」
ガタン
入口の扉が破壊され、人影がイチゴに向かってくる。
「え?」
「は?」
襲って来た人影はイチゴを見て驚いた。イチゴもその人物に驚いた。
イチゴの目の前にいるのは14,5の少年だった。傲慢そうな瞳に、撫でつけられていないつんつんとした茶色の髪。
知っている人物に限りなく似ている。が、そんなはずはない。黒の暴走時、昏倒させて、この基地に送ったのは確かに壮年の男だった。結婚していたとも、こんなデカい子供がいるとも聞いてない。他人の空似にしては似すぎている少年にイチゴは思わず、問いかけた。
「自分、戸ヶ崎…の隠し子か?」
「てめぇ!あん時のスパイか!!」
少年はイチゴに少しも躊躇わずに殴りかかってきた。イチゴはそれを避ける。メインコンピューターの基盤がバキっと割れた。人間の力じゃない。よく見れば、少年の指先から黒いモヤが出ている。
「あっちゃー…あれか、奪われたデータで黒の適合、成功させたんか…」
予想より早いやんけ、とイチゴは額に手を当てる。少年はますます眉を吊り上げ、怒気を露わにした。
「君、名前は? 攻撃やめてくれたら保護したるよ」
保護、と言う言葉に少年はぴくりと反応した。きっと目覚めたばかりで混乱しているのだろう、とイチゴは同情する。例え、少年が戸ヶ崎光一郎の隠し子であっても、罪はない。保護してやるのが、年長者の務めだろうと思った。
後から考えると、軽率だったと思う。
ファーストインプレッションはとても大事だと、自分に言い聞かせたい。
しかし考える暇もなく、バタバタと廊下が騒がしくなる。足音に少年はびくりと震えた。そして震える拳を下ろす。
「本気だな?」
「ん?」
「…俺を、保護するって」
「うん、ええよ。黒の適合者なんやろ?」
「実験台にされて、えらい怖かったなあ」と同情するように肩を抱く。少年はその手を払いのけたが、距離を取ることはしなかった。
イチゴは少年を連れ、実験施設を抜け出した。
***
リヒトがソレイユの元へと向かう決意を固めていると、扉をガンガンと叩く音が聞こえた。
「何?誰?」
驚いて、扉を開けると、ワン博士が扉の前に立っていた。
「タイヘンヨ!」
何が、と聞く間もなく、腕をひっぱられ、彼女のラボに連行される。
パチパチとキーボードを叩く彼女の後ろに突っ立っていることしばし。彼女が画面を見せてきた。
「政府の実験施設で行われた実験の結果ネ。」
王茂琳が見せたその画面をリヒトはまじまじと見つめる。
ざっと必要な個所を拾い読みすると、“黒適合化実験は成功……若返り遺伝子による細胞増殖…20年から30年の細胞活性化……戸ヶ崎光一郎、脱走”
「は!?……はあ!?」
リヒトは画面にかじりつく。
「お、おま、マオリン、お前!?あれは解読できないって!?」
「解読されちゃったみたいネ」
マオリンがにんまりと笑う。
「しかも若返り実験も成功!ワタシの後進も優秀ネ!」
「え?で、戸ヶ崎光一郎を若返らせたぁ!?」
「そうヨ!若返ったから黒の適合も成功したネ!」
「どんだけ…人権を踏みにじれば済むんだ…」と改めてマオリンの倫理観のなさに、リヒトは顔を覆った。
***
ドックされた小型船から、真っ青な顔のイチゴが降りてきた。その後ろには勝気そうな少年が続く。
「お前、そいつが誰か分かってんだろうな?」
リヒトがイチゴに確認すると、小さな返事が返ってくる。
「い、今、聞かされた。もう引き返せんとこで…」
顔面蒼白になって項垂れるイチゴの頭を軽く叩く。そしてその後ろの少年を睨みつけた。
「よう、戸ヶ崎光一郎。よくのこのこアスリオンにやってこれたなぁ」
「そっちが保護するって言ったんだ。きっちりおもてなししろや」
対峙した戸ヶ崎は14歳にしては小さく細かった。アスリオンの高等部編入試験に落ちたというのもうなずける。劣等感の塊みたいな瞳だけがギラギラと燃えていた。
こうして、またアスリオンに火種が舞い込んできた。
(第二部 第三章 完)




