42.それぞれの望み
空高く舞い上がった機体の中で、ジャック・デュナンはほくそ笑む。すべて計算通り。上手く行った。敵に顔が割れてしまったというデメリットはあるが、これからは表に出なければいい。画面にはデータが転送されていくパーセンテージが表示される。50パーセント、80、90…。100%になった瞬間、機体の後方で爆発が起きた。
「敵襲っ!?」
兵士の一人が、驚いて銃を構える。しかし、ここは上空1000メートル。
雲一つ見えない視界の開けた空。兵士が浮足立つ中、ジャック・デュナンは一つの考えに至り、戦慄する。気づいた瞬間、また大きな爆破が起きた。
彼の意識はそこで途切れた。
***
発信信号を頼りに、ジャック・デュナンの乗った機体を追って、イチゴは空を跳んだ。空気を掴み、加速すると、小指ほどの大きさの機体を視界にとらえる。
(見つけた!あれや)
もうデータは転送されているだろうが、ジャック・デュナンを捕獲すれば大きなアドバンテージになる。そう、追いかけていた矢先だった。
ドーン!
大きな爆発音を立て、機体が空中崩壊する。ちりぢりになった機体から、人の足のようなものが放り出されたのがわかった。爆風に飛ばされ四方八方に散ったそれらはもう原型を留めていなかった
「は!?うそやん!!」
殺された。目の前で。
「足切り…」
予想できなかったわけではなかったが、政府の方がわずかに早かった。イチゴは奥歯を噛む。自然とため息が漏れる。
「こりゃ、本格的に帰れへんなぁ…」
** *
イチゴが地球で諜報活動に勤しんでいる頃、アスリオンではリヒトがいつものように巡回をしていた。
ロッソの基地に入ると早々にドーン、と大きな爆発音が聞こえる。喧騒の中、ロッソの楽しそうな声が聞こえる。
「オラァ!まだまだぁ!」
瓦礫の中から飛び出したロッソの拳をレオンが受け止める。支える両足がだんだんと地面にめり込み、バキバキと大地が音を立てて割れる。
(朝っぱらから元気なやつら…)
毎度の光景にリヒトは呆れつつ、声を掛ける。
「おーい!ほどほどにしとけよ!」
リヒトの声でレオンが振り返る。ロッソはそのままレオンに畳みかけ、彼をリヒトの足元まで吹き飛ばした。楽しそうに口角が上げたまま、ロッソはリヒトの近くへ飛び込んでくる。リヒトは軽く脚を上げ、回し蹴りをした。攻撃は余裕の表情で躱されたが、風圧で飛んだ瓦礫の一つがロッソの額に当たった。
「がはは!さすがだな!リヒト!!」
「来るたびに攻撃してくんの、やめてくんない?」
反撃されたというのに、ご機嫌でロッソが言った。リヒトはやっと聞く耳をもったロッソに心からの願いを言ったが、たぶん聞き入れられることは永遠にない。
「リヒト、どうした?」
足元のレオンが地面に倒れたまま、リヒトを不思議そうに見上げ問いかけた。
さすが、するどい。しかし、リヒトは内心を諭させないように、表情を作った。
「ただの定期巡回。お変わりないデスカー?」
おどけて答えると、レオンは人の好い顔で「ないっ!」と笑った。後ろでロッソも頷く。
色持ち星人の中で、一番変わったのがロッソだ。初めは持て余すほどの破壊衝動。暴力的・攻撃的な性質で毎日、他の色持ちの基地を壊して回っていた。しかし、レオンや赤の適合者がロッソの相手を出来るまでに成長すると、それまでの破壊衝動は成りを潜め、楽しそうに組手をする姿が見られるようになった。
ロッソは欲しいものを手に入れた。
自らと同等の力を持ち、高め合える戦士たちを。
相手をしろ、と言うロッソをいなし、リヒトはごつごつした岩場ばかりの赤の基地を後にする。
次に向かったのは白の基地。空にはキラキラと雪が舞い散り、先ほどの岩ばかりの空間との落差に驚く。氷の迷路の先、スターダストの舞い散る氷山の頂きからブランカが下を見下ろしている。リヒトが手を振ると、ブランカは手招きをした。
「また様子を見に来たのか?毎日、ご苦労なことだな。」
ブランカはリヒトを労うように声を掛けた。目線の先では、白の適合者たちの訓練していた。彼らを見ていたのか。「やった!出来た!」と歓声が上がる。ブランカはその歓声に柔らかく微笑んだ。
「訓練はじゅんちょー?」
「順調だ。もうほとんどの者が能力を使えるようになった」
ブランカが満足げに答える。
意外にも、二度目の適合時、ブランカは唯一反対しなかった。ロッソもヴェルディアも不適合者が何の役にたつ、とばかりに反対していた、というのに。
ブランカだけは嬉々として再適合者をいれ、彼らに教育を施した。
彼女は彼女を慕いついてくる者たちを手に入れた。
そして今、それを母親のように慈しみ育てている。
(これがブランカの望み…)
リヒトは目の前の光景に目が眩む。これが、この関係性が、ブランカがどうしても欲しかったものなのだと思うと、胸が痛んだ。
「ホント、よくここまで育てたよ。伸び率で言ったら、白が一番だな」
リヒトの言葉にブランカは得意げに、「そうだろう」と笑った。
***
ヴェルディアの診療所に入るには一苦労必要だった。緑のカーテンは怪我をしているものには容易に開くが、それ以外には自然の要塞として、頑なに扉を開かない。
木の根で覆われた壁の前で、うーんと唸っていると後ろから声がかかる。
「リヒト、何してんの?」
アスリオン唯一の緑の適合者であるカイハが立っていた。
その後ろからひょっこりとナギニも顔を出す。二人はすっかり仲直りしていた。元通りに、とはいかないまでも。
「あー…ヴェルディアに会いに来たんだけど」
二人が一緒に居たため、少し気まずくなったリヒトはしどろもどろ答える。
「あっ!ちがうよっ!!全然そういうのじゃないからっ!」
察したカイハが全力で否定した。やや後方のナギニの顔が曇る。かわいそうに、とリヒトが同情する。その時、シュン、とヴェルディアの診療所の扉が開く。
中から白衣姿のヴェルディアと政府から寝返った王博士が出てくる。
「どうした?」
ヴェルディアが相変わらずの無表情で3人を見渡す。
「リヒトがヴェルディアに会いに来たんだよ!」
カイハが屈託ない笑顔で答えると、ヴェルディアの顔が少しだけ和らぐ。鉄面皮の彼女も、自分の適合者には少しだけ違った反応を見せるらしい。
「そうか、ワンともう少し話がある。15分、待てるか?」
「ああ。ここで待ってる」
そう言うと、ヴェルディアとワン博士は何やら話し込みながら、廊下を歩いて行った。
「中で待つよね?」
カイハが診療所に一歩入り、手招きをする。
緑のカーテンが彼らを招き入れるように脇に避ける。中は施設内だというのに明るく、床は緑の絨毯で覆われ、ところどころに花が咲いていた。物語の中の楽園のような空間だ。
リヒトは目を細め、辺りを見渡した。まじまじと診療所内を見るのはこれが初めてだった。
「すごいな。」
「でしょー!」
カイハが得意げに答える。ナギニは慣れた様子で、花を踏まないように避けながらついてくる。リヒトはナギニに向かってにやりと笑った。仲良くやってんだな、と意味を込めて。ナギニの影が呼応するように動いた。ノクスがクスクスと影の中で笑っている。今までの寂しそうな陰鬱な雰囲気など想像もつかないような、いたずらっ子のような笑い方だった。
(そうか、お前も欲しかったものを手に入れたんだな)
リヒトはノクスに向かって微笑んだ。
施設の中央に来ると、大きな木が天井を覆うように聳え立っているのが分かった。その木自体が発光して、施設全体に光が降り注いでいるのだ。
(なんて大きな……)
リヒトはその木に吸い込まれるように、近づく。目を瞑り、木の幹に額を当てる。どくん、と脈動したのは木だったのか、自分だったのか。流れ込む優しい気持ちに涙が流れる。
これが、ヴェルディアが欲しかったもの。
この木が根ざす場所。この空間。
どのくらいそうしていただろう。ふと、リヒトの肩に温かな手が乗せられる。
「リヒト」
「ヴェルディア…」
リヒトは手の甲で涙を拭いて、振り返る。
「この木…アスリオンを守ってくれてんだな」
「ああ。守るにふさわしい場所だと思った。私も欲しい物を手に入れた」
「そっか。良かった」
リヒトはごしごしと乱暴に腕で涙を拭うと、ヴェルディアに向かってにこりと笑う。ヴェルディアは幼い容姿に似合わない静かな笑みを浮かべた。
***
まだ巡回先は残っていたが、すっかり日が暮れてしまった。残りは明日…、とリヒトは部屋に戻る。部屋には薄く光る月明かりを眺めるアズランの姿があった。
「ただいま、アズ」
「リヒト、帰ったか」
ふよふよと浮かんでいるアズランは、ゆっくりとリヒトにまとわりつく。小さくなったアズランはリヒトに何の衒いもなく触れる。きゅ、と抱きしめられた体を抱き返す。小さな柔らかい体。まだ頼りなく、いとけない。
「前に言ってたよな?お前たちの欲しい物の話」
「覚えてる?」とリヒトがアズランに問いかける。人類への協力の見返りは宇宙船とそのメンテナンス。しかしそれは目的を達成するための手段でしかない。彼らが本当に欲しかったものは“仲間”。長い時を生きた彼らはもう飽いていた。だから次を求めた。一人で生きる時を変えてくれる“何か”を。
「アズの欲しい物は手に入った?」
「……」
答えはなかった。けれど、リヒトは彼の望みをもう知っている気がした。
(あとは……ソレイユ…)
彼の、あの地球外生命体の望みだけはまだ、分からない。
他の色持ちとは一線を画す、高次元生命体。瞬ですら、対峙するのを躊躇うほどのプレッシャーを常に纏う彼の本心に、リヒトはまだ一度も触れたことがない。
小さなアズランを抱きしめながら、リヒトはどうソレイユと対峙すべきか考えていた。




