61.True Monster
「おいおい彼方くんさぁ〜、ちょっと遅すぎなんだけどぉ〜!?」
「隣の女は何? 彼女?」
「はぁマジぃ? じゃあーしが相手したらいいワケ?」
「別に俺が相手してもいいけど? つーかメチャクチャかわいくね?」
『ハイあいつら引き剥がし決定ぇ〜』
などとふざけた会話をしながら名乃と千歳の前にやってくるチャラい四人組。
千歳は特に表情を変えることもなく――といっても元から不機嫌な顔をしているが――隣で不安そうに四人の様子を伺っている名乃に声をかける。
「おいお前、ボケっと突っ立ってねえでさっさと消えろ。邪魔だ」
「えっ? でも千歳くんが――」
「――黙れ。いつまでキモい声出してんだテメェは。ただの普通の女がさっきみてぇなクソ目つきするワケねえだろうが。もうバレてんだよ」
「……………………なんだかなー」
一方的に言われ続けている名乃が不安に駆られた表情を瞬時にかき消すと、溜め息と共に吐き捨てた。
確かに先程、千歳から絆を脅すような発言を聞いた時は思わずブチ切れそうになっていた名乃だが、それよりも今日だけで二人も同じ学校の生徒に素の自分を見せてしまったことに対して、深い自己嫌悪に陥っていたのだ。
(キズナの事になると、昔から本当に抑えられないわね)
一人あさっての方を向きながら小中学校時代のとあるいざこざを思い出す。
どちらもキズナにバレていないから良いけれど、今後の為にもう少し自制心というものを学ぶ必要があるのかもしれない……と、そう考えて早速そんなものは無意味だと諦める。
(どうせ制御出来なくなるのは自分が一番よく分かってるし、そもそも一線越えてきた相手に制御なんかしてやる義理もないし。ぁ〜そんな事よりキズナだけの秘密がなくなっていくぅ〜)
そうしてその場でがっくしと項垂れる名乃。
そういえば昨日も一人素性を知られてしまっていた事を思い出し、更にブルーな気持ちになった。
「柊木、バカかお前は? わざわざアホな事に巻き込まれてぇのか?」
そんな中、何も知らない千歳が全然立ち去る気配を見せない名乃に少々苛立ち始める。
「巻き込まれたいのか? ぁー……そうね。どいつもこいつもめんどくさいし、逆に私の八つ当たりに巻き込んでやろうかしら? うわー楽しそう」
「ぁあ?」
突然だらしない口調に変わった名乃の反応に、千歳が更に顔をしかめながら振り向いた。
名乃は自嘲気味に笑いながら、大層興味なさげな瞳で千歳と目線を合わせた。
「とりあえずアンタ、もし本気でキズナに手を出したら息の根止めるから。アンタに孤独な思いは効かなそうだしね」
「おい柊木、お前マジで――」
「――あれれ〜痴話喧嘩っすか〜? や〜まぁそれも見てみたいっつーか、面白そうっつーか、とりまこれ以上待たせんなよクズ野郎がよぉ~」
先頭を歩いていたリーダー格らしき男が両手をポケットに突っ込んだままイキリ散らす。後ろの三人もそれぞれニヤニヤしながら千歳と名乃を見ている。
「おい、オマエら全員潰してから話し合ってもいいんだぞ?」
名乃に詰め寄ろうとしていた千歳だったが、相手の言葉に動きを止めると威圧するように言い放つ。
しかし相手は怯むことなく、むしろ小馬鹿にしたような笑い声を上げる。
「おいおい彼方くん必死すぎて鳥肌立つんですけどぉ!?」
「そんなに大事なヤツなら一度拝んでみてえな」
「つかアンタ達があのバカの相手してる間あーしあのメスと遊んでもいいんよね?」
「いいけど顔はやめろよ? お前すぐ殴るからいっつも可哀想なんだよ」
『いやお前が言うなよッ』
などとふざけ切った会話をしながらゲラゲラ笑い散らかしているチャラい四人組。
「ハッ、お前ご指名くらってんぞ? 調子こいて後悔する前にさっさと表に出とけ」
それだけ名乃に言うと、千歳が四人組の方へ身体を向け応戦の形をとる。
名乃はと言えば、とても、途轍もなく、どうでもよさそうな表情で四人組を見ている。いや、そもそも人間を見ているのかすら怪しい瞳だった。
「は? ちょなにアイツ? ケンカ売ってる? バカみたいに買い物袋ぶら下げて、アホじゃないの? 全部燃やしてやろうかオイ?」
色々と盛りすぎているコスメ顔の女が激しく睨みつけながら名乃の元へズカズカ歩いていく。
「おいモンスター、そいつに近づくな」
千歳が女に声をかけるが、見向きもしない女は中指を立てるだけで止まらない。
「お前はオレらの遊び相手になんだよクソ野郎ぉがッ!!」
そうして残った男三人が一斉に千歳へ襲いかかる。
千歳は軽く舌打ちしてから一人目を一発で再起不能にしようと踏み込み――
「――おごッ!!!」
隣であまり聞いた事のない女の呻き声が聞こえて思わずチラ見してしまう。
そこには、さっきまで威勢の良かった女が下腹部を押さえながら両膝をつき、充血するほど目を開けながら口から涎を垂らしていた。
「……おい、さー子?」
三人の男達も千歳と同じように動きを止めており、その内の一人がぽそりと女の名前を呼ぶ。しかし女は返事をせず、振り向くことさえ出来ない。
そして女の目の前には、片手に大量の買い物袋と学生鞄を持って立ち尽くしている女子生徒が一人、表情一つ変えずに足元にうずくまる者を見下ろしていた。
「ハァ……アガッ……おまッ……!!」
女が苦痛に歪んだ顔をガクガクと震わせながら、自分をこんな姿にさせた相手の顔を見ようとし……顔面に衝撃が走る。
鈍い音と共に、女は声を発することなく勢いよく後ろに倒れ込み、そのまま動かなくなった。
それをこの場にいる男達が呆然と見ている。
何が起きたか頭の整理が追いつかずただ呆然と見ている。
まるで道端に転がるサッカーボールを蹴り飛ばすかのように無心で女の顔面を振り抜いた名乃は、やはり表情一つ変えずに路地裏の壁際へ移動すると、大量の買い物袋と鞄をそっと置いた。
そして身軽になった名乃がスタスタと女の元へ近づくと、制服のポケットからボールペンを取り出す。
次いで、妙に響き渡るカチッという音。
名乃は左手で意識の飛んでいる女の首を掴み、ボールペンを握った右手を適度に振り上げてから――
「――やめろ柊木」
落ち着いた声と共に、千歳に腕を掴まれた。




