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60.予期せぬ瞬間、方向転換


 時刻は午後五時半過ぎ。

 総計三時間に迫るほどの格闘の末、中々に満足な装備を手に入れる事が出来た名乃は人知れずやる気に満ち溢れた顔つきでショッピングモールの外に出た。


「何故かしら、人も車もわんさか行き交ってるのに、外の空気がとても清々しく感じるわね」


 一度だけ大きく息を吸い込むと、今夜訪れるであろう決戦に向けてあらゆる可能性を考慮しながら綿密にシミュレーションしていく。


 大丈夫、ぬかりはない。

 勝敗など既に決まっているようなものだ。


「ユイ達に触発された感は否めないけど、この際理由なんかどうでもいいわ。キズナは絶対誰にもあげない」


 沸々と昂っていく感情を抑えながら自然と帰路につく足取りが速くなる。

 身体がウズウズして仕方ない。




 ――その時、自分のすぐ前を見知った男が横切っていくのが目に入った。




(なッ、ちとせ!?)


 高身長で体格が良く、エッジの効いた白色の短髪を後ろにかきあげた愛想の欠片も無い顔で通り過ぎていく姿を思わず目で追う。

 見間違いはしない。

 それはクラスメイトの留年生、千歳(チトセ)彼方(カナタ)だった。


(偶然? 一人? アイツに訊きたいことが。今から追う? それ今必要? キズナが優先。でもぶっちゃけ好都合。相手の都合は? 次の機会?)


 時間にして、(わず)か三歩だけ歩を進める間に名乃が高速で思考を纏めると――


「クソッ」


 周囲の歩行者に不審がられない程度に吐き捨てると、千歳の後を追うように方向転換した。


(どうせなら買い物する前に出会いたかったわね)


 かさばる荷物を鬱陶しく感じながら千歳が立ち止まる瞬間を伺う名乃。

 無茶をしたら鞄含めた荷物を片手で持てないこともないが、とにかく両手を塞がれた状態で他人に話しかける事にかなり抵抗があった。特に相手が『男』となると尚更である。


(あんまり無防備にはなりたくないんだけど……てゆーか全然止まらないわね)


 信号の引っ掛からない道をグイグイと歩いていく千歳に振り切られまいと、若干の疲労の色を見せながら名乃が食らいつく。

 さすがに体格の大きな人との一歩一歩の歩幅が違いすぎるし、何より千歳の歩くスピードが予想以上に速かった。

 しばらくすると、何の店だか見当もつかない煌びやかな金の看板が取り付けられた建物の路地裏に逸れていく。


(そこに入るのはやめて欲しかったな〜)


 あまり人通りのない道へ入られるのは出来れば避けたかったので、一瞬後追いすることに抵抗が生まれる。


「てかこれって、フードコートエリアに居たヤツらが言ってた場所じゃない?」


 もう一度建物に取り付けられた金の看板を見て思い出す。

 確かにあの時『金カンの路地裏』とか『白髪野郎』とか言っていた覚えがあるから、もしかすると金カンというのが金の看板で、白髪野郎が千歳の事を言っていたのかもしれない。


(だとしたらこの先で最悪な展開が待ってそうなんだけど)


 名乃は溜め息を吐いて考え抜いた後、これは見送るべきかと諦めて素通りを決める。



 しかし不意に左腕を掴まれると、物凄い力で路地裏に引きずり込まれた。



「ッ!?」


 突然の出来事に戸惑いと殺意が同時に込み上げる。まさかキズナ以外の男に触れられるとは思いもしなかった。


「ころ――」


「――オイ、こんな時間にこんな場所でオレに何か用でもあんのか? 柊木ィ」


 一瞬で壁に追いやられ、明らかに不機嫌な顔色をした千歳がこちらをじっと見据える。

 名乃は無意識に湧き上がっていた殺意を瞬時に消すと、とりあえず一般女子学生的な反応を見せることにした。


「ご……ごめんなさいッ、千歳君の姿が見えたからッ、ちょっと話を訊きたいなってッ……!」


「人に話し訊くときにコソコソ尾行すんのかお前は? アレか、生徒会が動いてんのか? アイツの差し金か?」


「アイツって――」


「――お前らに命令してるあのバカに決まってんだろッ!!」


 食い気味に怒声を叩きつけてくる千歳に、思わず目を閉じた――ような演技をした――名乃が冷静に一人思い浮かべる。


(あー、会長かぁ。どんな関係なんだろ? てゆーか、私のこといつから気づいてた?)


 色々と少しだけ興味をそそられる話しだったが、今は自然な反応を見せる場面だと判断した名乃が涙目を意識しながらブンブンと首を横に振る。


「ちっ、違うよ! 絆君のことについて訊きたい事があったの!」


「きずなァ? 知るかそんなヤ……いや、たしか赤ロンゲがやたら連呼してる名前だったな。もしかして赤ロンゲの隣にいるヤツか?」


(赤ロンゲ? たぶん佐久間くんのこと言ってるっぽいな)


 名乃はコクンコクンと頷きながら、さりげなく荷物を片手に持ち替える。

 千歳は舌打ちしながらめんどくさそうに答えた。


「関わった事ねぇのにオレが知るかよ。用件済んだんならさっさと帰れ」


「でも一昨日のお昼休みに旧部室棟の前で話してたの見たの。何か揉め事なのかなって心配になって、それで……」


「だから何だ? オレがそいつとどうなろうがお前に関係あんのか? それともアレか、お前ら付き合ってんのか?」


「付き合ってはないけど、大事な友達だから心配なのッ」


「そうか、だったらちゃんと守ってやらねえと大事な友達とやらがッ…………どうにかなるかもな」


 名乃の目を見ながら話していた千歳が途中一瞬だけ言葉を詰まらせたが、何事もなかったかのように言い終える。


「分かったわ。絆君には私から注意しておくから、乱暴なことだけはしないで、お願い!」


「……めんどくせえな。分かったから、お前もう帰れ」


 そう言って千歳が気怠げに一歩距離を空けると、表通りの方へ顎をしゃくった。

 名乃は再度コクコクと頷くと、一礼をしてから路地裏から出ようとした。


 しかし、そのタイミングで千歳と名乃が同時に路地裏の奥の方を振り向く。


 そこには、名乃がフードコートエリアで見かけた如何にも素行の悪そうな四人組が、千歳と名乃を嘲笑するような態度でのそのそと近づいてきていた。



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