17.我儘表明
急いで出てきたので、果実水の入ったグラスを持ったままだった。正直、邪魔である。一応、中庭も自由に開放されているので人は少ないが、いるにはいる。
誰にも会いませんようにと願いながら、中庭を奥へと進んでいく。急ぎ足でも庭師の丁寧な仕事が分かる、素敵なお庭だ。
少し行くと噴水があった。
(うちにもあるけど、やっぱり王宮レベルになると噴水の格が違うわ。.......噴水の格ってなんだ。)
近くまで行って、やっと誰かがうずくまっているのに気づいた。
(今日は人を避けると、人に出会ってしまう日なのかしら。.......あら? 具合が悪そうね。)
「あの、大丈夫ですか?」
顔を上げた少年は綺麗な碧眼を潤ませ、驚いた顔をしている。ダークブラウンのサラサラヘアはいかにも坊ちゃんというか、綺麗に切り揃えられていた。しかしその顔色は良くない。不健康そうな印象だ。
「あ、えっと、具合は大丈夫.......。香水の匂いに酔っちゃって、逃げてきたんだ。」
「あぁ、なるほど。確かにあれはキツイですわよね。大丈夫なら良かったです。.......もしよろしければ、これお飲みになりますか?」
手にしていたグラスの水を勧めてみる。もしかしたらこの子の為に持っていたのかもしれない、なんて思えたから。
「家名を聞かないの?」
「え? 家名? 名前じゃなくて?」
水に対する答えでもないし、名前じゃなくて家名を聞かないの? なんて、いきなりどうしたんだろう?
「僕の周りの人は皆、家柄の方しか気にしないから。」
なるほど。こんな質問が出てくるということは、この子は下級貴族で、いじめられたことがあるとか? 分からないけど。
「私の名前はユーリア・アレクサンドラ。貴方のことは聞きません。それで具合が良くなる訳ではないですもの。」
(言いたくなさそうな人には、流石に聞きませんとも。)
「.......君、変わってるね。お水貰っていいかな? 僕もちゃんと名乗るよ。僕は、 」
「おーい、ユーリアー! いるかーい? 」
彼の声を遮ったのはお兄様の声。
「ごめんなさい。お兄様が呼んでるみたい。はい、これお水です。それでは、ご機嫌よう。」
グラスを渡してそそくさと立ち去る。決してグラスの片付けを押し付けたわけじゃない。これは人助けである。
まだ何かを言いかけていた気がするけど、早く帰りたいので聞こえなかったことにさせてもらう。ごめんね!
そのまま王宮を後にした。
私と両親とのお話は領地の家に戻ってからということになった。
その日は、朝から雨が降っていた。
(き、緊張してきた.......。)
ここは執務室の扉の前。お父様とお母様が中で待っている。私はあの日の約束を果たして貰うために、今から二人とお話ししなければならない。深呼吸をしてからノックをする。
「失礼します。お父様、お母様。」
(.......何故いる!? お兄様方!!)
両親と何故か兄二人まで揃っている。しかも、心なしか全員の表情は暗い。
(し、喋りづらーい。)
「おほん。今日はあの日の約束についてのお話しをしに参りました。覚えてくださっていますか? 」
父が答える。
「無論だとも。お前のデビュタントは完璧だった。もう立派な淑女であるとローゼも私も認めているよ。.......何でも言いなさい。」
(.......だから、何故話しをする前からこんなに暗いの!? 喋りづらいわ! )
「ええと、それでは、私に2年間の自由を下さい。私はその2年間、アレクセイ騎士養成学校に通いたいと思っております。」
「え? そ、それだけか? 」
とは父である。
(.......え? それだけって、貴族の娘が士官学校に行きたいって大したことではないの!? )
「.......それだけでございます。私は今のところ魔力を発現しておりませんので、士官学校卒業後は家に戻り、社交に力を入れるつもりです。」
「.......分かった。その願いを聞こう。良いな、お前たち。」
(あ、あれ? 思った以上にすんなり話が通ったぞ!? )
「え、お嬢様、士官学校に行くのですか? 危ないのではないですか!良いんですか!? 」
唯一想像通りのリアクションをくれたのはヴァンだけ。というか、居たのね。
「私が言うのもおかしいですが、本当に良いのですか?」
「だって、行きたいんだろう? 私はブルーノとレドウィンからもっと恐ろしい予想を聞かされていたからね。」
聞けば、
「ユーリアは毎晩、本物の刃が付いた仕込み傘で素振りをしているんだ。毎日ジョギングや、筋力トレーニングも。もしかしたら、人を切ってみたいとか言うかもね?」
「あいつはいつも俺とヴァンと剣の稽古をしてるぜ。魔法の勉強も熱心だ。きっと、冒険者になりたいのさ。だから、アレクサンドラ家から除名して欲しいとか言うかもな。」
と他にも色々と恐ろしい予想を事前に聞かされていたらしい。
(っていうか、私の秘密の日課が全部バレてるぅー。あとその予想、悪意しか感じなーい。それに、6歳から暖めてきたこと願いが本当に大したことないように思えてくる。けれど何より、)
「.......お兄様方は、私のことがお嫌いだったのですか?」
思いがけず涙目になってしまう。
「違うよ! そんな訳ないだろう。ユーリアの願いがどんなものでも二人で応援するために、この場に居させてもらったんだよ。」
「.......両親の説得要員としてな。」
(半分は感謝、後の半分は腑に落ちない。もやもやする。)
「まぁ、そんなことを聞かされた後でね.......。士官学校は厳しいが、あくまで教育の場だ。2年間という期限も婚期に影響はない。おまけに卒業後はきちんと家に帰ってくると言った。それで十分だ。」
「ユーリア、やると決めたからには最後までやり通すのですよ。卒業後はまた淑女として鍛えますからね。」
「ありがとうございます、お父様、お母様。」
(話しが上手く進みすぎて怖い。大丈夫かしらこの家?)
ふと、こんなことを思った。
「もしかしたら、その昔爵位を下げられた時もこんな感じだったのかもしれませんね。『まぁ、大したことではない』と。」
「それが、うちの血なのかもしれないなぁ。大丈夫かなぁ、我が家は。」
私の一世一代のわがまま表明は、家族の笑い声で締めくくられた。
アレクサンドラ家は今日も平和だ。
自室に戻りふと思い出した話がある。店員が商品を買わせたい時、予め高めの値段を設定し、後は少しずつ下げれば、お客は買ってしまうというのを見たことがある気がする.......。
今回の話しに似ているような.......。
だとすると、あの悪意ある予想を言い出したブルーノ兄様の策略?
(いえ、まさか、そんな。あんな優しさだけで出来ているような兄様が.......。)
いつの間にか、雨も上がって虹がかかっている。
「あぁ、今日は空が綺麗ねぇ。」
ここまでお読み下さってありがとうございます。
次回はレド視点の予定です。




