14.特別訓練
社交デビュー舞踏会を明日に控え、今日は眠れぬ夜を過ごしていた。
デビュタントまであと1ヶ月となった時から、お母様も私の教育係に就いてくださった。それは全く構わないのだが、その特別訓練がとんでもなかった。
というのも、社交界という戦場に慣れようというものだった。
貴族社会というのは、息を吐くように嫌味が飛んでくるよとブルーノ兄様が言っていたことがあった。もちろんそんなことばかりじゃないけど、政治的なタイミングや婚期が迫っている御仁は特に顕著だと笑っていた。笑う余裕があるくらい兄様のメンタルは鋼らしいのだけど、私は大丈夫かしらと呟いたのが事の発端であった。
「で、でもお母様、これは、少々違うのでは、っないでしょうか?」
「あら、ユーリアまだ喋れるなんてすごいじゃない。」
「いえ、これでも、ギリギリで、ございます。」
隣に立っているヴァンは冷や汗をぽたぽたと垂らし、今にも倒れてしまいそうだ。
私はなんとかギリギリのところで踏ん張っているのがやっと、といったところだ。お互い良く耐えていると思う。ビリビリと空気が痛い。一瞬でも気を抜いたら、倒れてしまいそう。なんなら、倒れた方がマシかもしれないとも思える。
「ふふふ。私の固有魔法はね『威圧』なのよ。これでもまだまだ抑えてるのよ? 本気を出せば、野生の熊くらいなら手を触れずに倒せるもの。 あらやだ。はしたなかったわね。ふふふ。」
(.......わ、笑えなーい。でも、)
「お母様、流石ですわ。こんな強い魔法、中々ありませんわよね。それに、お母様に似合っていて格好良いですわ。」
精一杯の強がりとして、にっこりと笑ってみせる。お母様の固有魔法を初めて見せて貰った。これは子ども達に見せる類いのものではないし、今まで黙っていたのも私たちの為だろう。それを使ってでも鍛えてくれようとしているのが、純粋に嬉しかった。だから、期待には応えたい。
私の笑顔に、お母様はすこし驚いていた。
「マギサ、お茶を用意してちょうだい。.......今から30分、この状態で私とお茶ができたら合格よ。」
「かしこまりましたわ、お母様。」
用意されたカップを手にするも、紅茶の表面が波立ってしまい手が震えているのがバレてしまう。
(.......でも、完璧な淑女になると約束したもの。負けるわけにはいかないわ。)
一度大きく深呼吸をして、お母様に向き直す。
それから他愛のない会話を繰り返し、ものすごく長い時間を過ごした気がする。
「.......さて、とりあえず及第点かしらね。よく頑張りましたね。」
ふ、と空気が緩んだ。終わったのだ。
「は、半日ほどの茶会を終えた気分です。また手が震えて来ましたわ.......」
「うふふふ。ユーリアはよく頑張ったわよ。」
「もしかして、今から貴族流の言葉攻撃が始まるのですか? 私は耐えらるかしら.......?」
「いいえ、そんなことしないわよ。まぁ貴族が集まれば、あれこれ言われるものよ。お母様とのこの時間を思い出せば、全部笑えるわよ。」
(.......わ、笑えなーい。お母様、そんな良い顔をしないでくださいませ。)
「ユーリア、私の『威圧』の中で笑えていたでしょう? 」
「.......? そうですね、負けたくないと思いましたので。」
「抑えていたとはいえ、私の『威圧』の前で笑ったのは貴女で2人目よ。」
「それはどういう.......」
「1人目はね、貴女のお父様よ。あの人、私の『威圧』の中でも私に笑いながら声を掛けてきたのよ。それもしつこくね。昔は今ほど制御出来てなくてね、皆から避けられていたのに。ふふっ、だから結婚を決めちゃったの。」
お母様は可笑しそうに笑っているけれど、社交界で皆から避けられるというのは、きっと大変だったに違いない。私の想像以上に。そこに現れたお父様はきっとお母様にとって得難い人だったのだろう。
(照れているお母様、可愛い.......。)
「.......少しだけ、お父様を見直しましたわ。」
「何を伝えたいかというとね、自信を持って良いわよというとこよ。ヴァンも良く持ち堪えたわ。これからもユーリアと共に精進なさいね。」
ほっとしたのも束の間で、この訓練がこれから1ヶ月の間に週3で行われた。私とヴァンのメンタルはそれはもう鋼のようになったと思う。
眠れなくてぼーっとしてたら、要らぬ回想をしてしまったわ。今から、どうしようかしら。
(そうだ、今夜は月が綺麗だし中庭を少し散歩しましょう。怒られるかもしれないけど、眠れそうにないもの。)
そう考えて自室をそーっと出た。
すると、暗い廊下の向こうからこつこつと足音がする。
(え、こんな遅い時間に? .......まさか、お、おばけ!? )
ドアノブを持ち扉の方を向いたまま固まってしまい、足音の方向を見ることが出来ない。
後、3メートルほどの所で足音が止まった。
「.......お嬢様?」
「きゃーーー! .......え?」
声に被せるように叫んでしまった。
「.......ヴァン、なの?」
「はい。いきなり叫ぶので驚きましたよ。お嬢様こそこんな時間に何を? 」
「あ、貴方の髪型がいつもと違うから.......」
そうなのだ。ヴァンは執事見習いになってから、その艶やかな黒髪をオールバックにしていたのだ。それが今は髪を下ろしており、いつもと全く雰囲気が違う。
(っていうか、これは.......)
(この、髪型にこの顔は.......)
(こ、攻略対象者の1人だーーー!!!)
「あぁ、先程使用人用の風呂から上がりまして。今日はそのあとの掃除だったので、遅くなってしまいました。」
「.......そ、そうだったのね。お疲れ様。わ、私は今から中庭をお散歩しようかなー、なんて。」
あまりの動揺から、必要ないことまで喋ってしまった。そしたら、案の定「何言ってんだ。コイツ?」みたいな目で見られた。
「じ、冗談よ? おほほほほほ。」
「.......そういうことにしておきます。大方、明日のことに緊張されているのでしょう? 大丈夫ですよ。お嬢様の外面は完璧ですから。」
「.......言うようになったわね。でも、おかげで少し落ち着いたわ。引き止めてごめんなさいね。おやすみ、ヴァン。」
「とんでもございません。おやすみなさいませ、お嬢様。」
部屋に帰り、ベッドにダイブする。
(ヴァンが攻略対象者だったなんて。どうして今まで気づかなかったのかしら。3年もよ? 髪型が違うにしたって、間抜け過ぎるわ。見れば分かると思っていた過去の自分の浅はかなこと。)
(もし将来、主人公と恋をすることになっても応援するからね!.......でもやっぱり、ヴァンと敵対するなんて嫌だから、改めて魔王側へ付くなんて事態も避けないと。)
(衝撃の事実ではあったけれど、結局私のやるべきことは変わりないわね。とりあえず、明日を乗り切らないと。そのために、私は....... )
「寝ます!!!! 」
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