12.俺の誇り《ヴァン視点》
今回はヴァン視点です。
俺の穏やかな日常は唐突に終わった。
終わった日からの記憶は曖昧だ。
父さんが目の前で死んだ。俺のせいで。俺の自慢で、誇りだった父さんが。
復讐がなされたと喜ぶ男たちの空気が緩んだ。その隙に、全力の風魔法で逃げた。
心の中で何度も何度も何度も謝った。必死に走りながら。
少し離れた場所から家を観察する。男たちは父さんの髪を切り、持って帰った。
そこからまたしばらく観察する。戻って来ないことを祈りながら家に帰った。どうすればいいのか分からなくて、大家さんに相談した。よく遊んでくれた、気の良いお爺さんだった。
それから父さんを母さんの墓標の隣に埋葬するのや、生活のことをたくさん助けてくれた。
父さんが死んで1週間が経った頃、急に大家さんが冷たくなった。そして三日後には出ていけと言われた。
訳が分からなかったけれど、理由はすぐ分かった。大家さんの家から父さんを殺した奴と同じ服の奴らが出てきたからだ。きっと俺のことを確かめに来たんだろう。俺を殺し損ねたから。奴らへの憎しみは計り知れない。でも今の俺では到底敵わないのも分かる。だから、悔しいけど大人しくしておく。
大家さんは脅されたか、もしかしたら俺を守る為に態度を変えたのかもしれない。だって、瞳は「心配だ」と語ってしまっている。
だから、俺はその日のうちに出ていくことにした。町に行けば孤児院があるはずだから、頼ろうと思う。父さんは常々「もしも俺に何かあれば、アレクサンドラ家を頼れ。ダーントは必ず力になってくれる。」と信頼に満ちた目で言っていた。
でも、父さん。ただの平民の子どもは、お貴族様の頼り方なんて分からないよ。そういうとこだよ、母さんがうるさく言っていたのは。父さんは良くも悪くもおおらかな人だった。
ようやく町に着いた頃には、空腹と体力の限界でふらふらだった。元々馬車で1日かかる距離を歩こうとしていたのだから、当然と言えば当然だ。食べる物を1つも持ってきていないことに自分で驚いた。
俺は家を出る前から、正気ではなかったのかもしれないと今更気付いた。
だからあんなことが出来たんだろう。他人から物を奪うなんて、父さんを殺した奴らと同じだと、その時は気付けなかった。
はっきりと自分の意識を取り戻したのは、腹いっぱい食べた後だった。やたらと偉そうな女子は父さんがいつも話すアレクサンドラ家の娘だった。
彼女が言ったことは本当で、空腹は心の余裕を無くしてしまうから、良くないと知った。
やっと吐き出した言葉は、父の最期と己の後悔。いつの間にか泣き出していた。それでも静かに聞いてくれる彼女を見てやっと、俺は誰かに聞いて欲しかったのだと気付いた。聞いてくれるだけで良かったのに、彼女は
「ヴァン、貴方とても強いのね。」
なんて言った。そんな訳ない。否定の言葉を返す。
けれど、胸が震えてしまった。俺の誇りを、行動を、尊敬すると言ってくれた。それが酷く嬉しかった。
それからはあっという間だ。何故か俺がバッグをひったくった件は無かったことにされるし、馬車に無理矢理乗せられるし、アレクサンドラのお屋敷に強制連行だし。
馬車の中で彼女は言っていた。
「テオおじ様のことが無くても、私は貴方を連れて帰るつもりだったの。逃げる時に使っていた風魔法! すごいわ! 使う威力やタイミング、色々勉強したいの。ついでに私の手合わせの相手になってくれると万々歳なんだけど。」
前半はなんとなく理解できたけど、後半は無理だった。手合わせってなんだ? なんの手合わせだ.......。
彼女は変わっていた。発言の内容もそうだけど、偉そうな言葉と態度を取るくせに、その実全く偉そうじゃない。とにかく不思議な人だった。でも、それが嫌ではなかった。
父さんは酒に酔うとたまに
「俺は国に忠誠を誓ってるから、こんな発言はダメなんだけどな。もし俺がもう一度騎士の忠誠を誓っていいなら、ダーント・アレクサンドラに誓いたい。この地の領主として、何より友としてな。小難しい理由も理屈も無いが、あいつの為に動けることは何より俺の誇りになるだろうと、騎士の勘が言ってんだよ。」
またその話かと思っていた。
「ヴァン、お前は無理に騎士なることは無い。好きなことを仕事にしろ。だが騎士として忠誠を誓いたいと思う相手が現れたら、後悔しないようにしろよ! 」
今なら分かる気がした。俺は騎士でも何でもないけど、この人に、ユーリア・アレクサンドラという人に忠誠を誓いたいと思った。
数年後には弱っていた時の気の迷いだったと思うかもしれない。たった数時間しか過ごしていないのにと。それでも、今の自分の気持ちに嘘は無い。後悔しない方を選びたいと思った。
屋敷に着くと、玄関で眼鏡の男性に凝視された。その視線に耐えられず視界を彷徨わせた。彼女の兄らしい。
その後、ダーント様の部屋に通された。父の最期を告げると、それはそれは泣いた。俺でもこんなに泣いたか分からない。それと大人ってこんなに泣くんだと驚いた。
ダーント様は気さくな人で、しばらく俺の知らない父の話で盛り上がった。「本当はユーリアともっと早く会わせる予定だった。」とか、「テオを手に掛けた集団には地獄を見せてやる」とか、そんな話。それには苦笑いしか出なかったけれど、いつの間にか俺は笑うことが出来ていた。
それから俺はしばらくの間、ユーリアお嬢様付きの見習い執事という職に就くことになった。
魔法学校入学は14歳からなので、それまでは色々学ぶのに良いだろうとの話だった。お嬢様と一緒に家庭教師から勉強も教えてもらったし、貴族のマナーなんかも学んだ。もちろん執事としての仕事も。俺は貰ってばかりなのに、それも仕事だからと衣食住も用意してくれた。
思えば、お嬢様にランチをご馳走になった時から俺には拒否権なんてなかったな。あれ、おかしいな?
アレクサンドラの家の人はつくづく貴族らしくなくて、こんな俺でも受け入れてくれた。特にレドウィン様からは、よく剣の稽古の相手を頼まれた。絶対ついて行くと聞かないお嬢様も一緒に剣を混じえた。疑問だった手合わせは、剣の手合わせだった。本当に変わった人だと思う。
お嬢様はキツそうな見た目からは想像出来ないほど、よく笑う方だった。よく大きく口を開けてマリアさんに怒られてる。お嬢様は屋敷中の人間から愛されていた。
「お嬢様、また剣の持ち方が違いますよ。」
「もー、口調は前のまんまで良いって言ったのにー! で、どこ?? 」
「ここです。って、俺こんなこと教えてたら旦那様に叱られるんじゃ.......。」
その言葉にお嬢様がまた笑った。
騒がしい日常が唐突に始まったのは、お嬢様と出会ってからだ。
始まった日からの記憶は鮮明だ。
「ユーリアお嬢様、笑いごとじゃないです。」
名前を呼べる立場にいる。それが今の俺の自慢で、誇りだ。
余談です。読み飛ばして頂いて構いません。
ヴァンは今回ダーントと話して、父の死後ようやく笑えたと自覚するんです。
でも実はユーリアとご飯を食べ、話し終わった所で既に笑うことが出来ています。これは本人も完全に無意識だったので、自覚がありません。
ユーリア視点とヴァン視点で、矛盾が生じているのはその為でした。
ここまでお読み下さってありがとうございました。




