衝撃の事故
乃菊からの電話で、駅前のコンビニの駐車場で待つように言われた国也。
レコーディングは、5時頃終わり7時に蒲橋駅に到着する電車に乗るとのこと、言われた通りコンビニの駐車場で、買って来たジュースを飲みながら、車の中で待っていた。
「そう言えば、今日は誕生日だったな。えーと、35だっけ・・・?」
?はないだろ、自分の誕生日なのに・・・。
「知ってるのかな?彼女・・・。去年は、過ぎてから祝ってくれたけど」
国也は最近、乃菊が自分に対して以前のように、キツイ言葉を発しなくなったような気がしていた。
「ひょっとして、待ち人が気づいてくれたのかな。それで僕にも優しくなったのかも・・・」
一人で考えながら、複雑な思いの国也。
「奪い取っちゃおうかな。・・・でも、アイドルだから、僕のような一般人じゃ、世間が許さないかもな・・・」
独り言は続く・・・。
蒲橋駅の前を通る国道の500メートルほど北にある交差点で、一台の乗用車が停まった。
「駄目よ、そんなこと出来ない!」
乗用車を運転する篠田紗結美は、他に誰もいない車内で会話をしている。
信号が変わり、車は動き出す。
「やめて、やめて!」
ハンドルを握る手が震えている。しかし足だけは、冷徹にアクセルを踏み込む。
「停めて、お願い、停めて!」
紗結美の願いも叶わず、スピードは、どんどん上がっていく。
「着いたよ、コンビニで映画の前売り券買うから、そこで待ってて」
「僕が買おうか?」
「駄目、プレゼントなんだから、自分で買うの!」
乃菊は、ホームを走り、階段を下りて改札を抜ける。
「あ、いるいる。可愛い乃菊ちゃんを心待ちにしてるのかな・・・」
国也の車は、ナンバーを見なくても、暗い場所でも、遠くでも見つけられる。乃菊には、そんな自信があった。
「すぐ行くからね・・・」
コンビニの駐車場までもう少しだ。早く行きたい。ウキウキした気分で走っていく乃菊。
「来た来た・・・」
暗くても、遠くからでも、乃菊の姿は、すぐに見つけられるようになった国也。
乃菊は、西口のロータリーを横切り、カーブしている歩道を回って、国道側の横断歩道へ向かう。
横断歩道の信号機が赤だったので、乃菊が立ち止った。そして車から顔を出す国也に向かって手を振る。
「今日は、いつもより、可愛く見えるなあ・・・」
そんな乃菊の姿を見ていると、自然に嬉しくなる国也。ゆっくりと車から降りて乃菊を待つ・・・。
「一緒に映画を見に行くんだ。今年は、招待券が誕生日プレゼントだよ・・・」
乃菊は、信号機が変わるのを待つ間、二人で映画を見る場面を想像していた。
「青だ!」
グワーン!
乃菊が横断歩道を渡り始めようとすると、重い空気が乃菊の行く手を阻もうとする。
「早くおじさんのところへ行きたいんだから、邪魔しないで!」
強い風だと思った乃菊は、負けないように歩きだした。
国也が車のドアにもたれかかっていると、信号機が青に変わり、乃菊が渡り始めた。
その時、どこからか耳障りな機械音、いや高速で走る車の音だろう、しだいに大きくなって聞こえてくる。
「戻れ!」
国也は、自分でもわからないが、そんな言葉が口から出た。
横断歩道の真ん中あたりで、乃菊は、音の聞こえる方を見る。そしてそれとほとんど同時に、赤信号で止まっている車の脇を猛スピードで追い越す車が横断歩道に差し掛かる。
「えっ!」
その時の国也の眼に映った光景が、夢ではないかと、いや、夢であってほしいと願った。
乃菊が異変に気づいて立ち止り、音の聞こえる方を見た瞬間、現れるはずのない赤信号側の車が、国也の視界にも入って来たのだ。しかも猛スピードで・・・。
横断歩道を突き抜けた車が、同時に立ち止っていた乃菊を一瞬にして跳ね飛ばし、国也の視界から乃菊の姿が消えた。
「おじさん!」
国也の顔が浮かんだのも一瞬だった。すぐに意識は途切れ、脳も内臓も、そして骨までも粉々になってしまうような、激しい衝撃と共に、空中を壊れた人形のように、手足が折れ曲がり、無残に飛んで行く乃菊。しばらくして道路に叩きつけられ、数回回転して止まる。そしてその時にはもうピクリとも動かなくなっていた。
国也は、身体が震えて動けなかった。それでも、周りから大勢の人が、国也の視界の右方向に向かって集まって行くのにつられて、恐る恐る歩いて行く。
20メートルは先だろうか、集まる人をかき分けて、輪の中心に入って行く国也。
「乃菊・・・」
傷だらけで、全身血まみれになって倒れているのは、紛れもなく乃菊だった。
「・・・」
国也は、声も出せずに、その場で膝をついた。ただ乃菊の手を握り、茫然とするだけである。
「轢かれたのは、女の子だね」
「あの車が轢いたんだ」
「酷いよな、完全な信号無視だったよ、あの車」
「私も見たわ」
「停まってた車の後ろから急に来たから、逃げられなかったんだよ」
「警察は?」
「救急車もだよ!」
「この子、テレビに出てる子じゃないの?」
「ホントに?」
「そうみたいだよ」
「あ、ど曜っとに出てる子だよ」
「そうよ、大人少女23の乃菊ちゃんだわ」
「可哀そう、死んじゃったの?」
「これじゃ、駄目でしょ」
「うん、もう死んでるみたい」
「ぶつかる瞬間見たけど、あれじゃ、誰でも即死だよ」
「息もしてないみたいだし、死んでるね」
「若いのに可哀そう」
「友達に知らせよ」
「そうだ、こりゃスクープになるよ」
周りの騒がしさも、国也の耳には入らなかった。国也は、ポケットから携帯電話を取り出し、震える手でボタンを押す。
「母さん・・・、乃菊ちゃんが・・・」
「どうしたんだい国也。乃菊ちゃんがどうかしたのかい?」
「・・・」
近くにいた女性が、言葉の出ない国也を見るに見かねて、携帯電話を取り上げ、話しをする。
「あの、蒲橋駅の前なんですけど、お嬢さんが車に轢かれて倒れているんです。この電話の方が傍にいるんですけど、ショックらしくて」
「すぐに行きますから!」
女性は、電話を国也に返す。
「お母さんも、救急車もすぐに来ますからね」
「死ぬわけないですよね、死ぬわけ・・・」
「大丈夫よ、大丈夫だから・・・」
国也の背中をさする女性も、涙を流していた。
「どいてください、警察です」
駅前近くの派出所から警察官がやって来た。
「酷いなこれは・・・」
警察官の第一声である。
「あの車ですよ、轢いたの」
他の警察官が、車の方へ行く。そこにも人が集まっている。
「ご家族の方ですか?今、救急車が来ますから」
警察官の声など聞こえない国也は、ただ乃菊の手を握り祈っている。
「死なないでくれ、死なないでくれ・・・」
国也の手も、乃菊の血で真っ赤に染まっている・・・。




