メンバーの憂い
生ロケで、乃菊とジュリアは、岐阜の商店街付近を散策した。
「少し運動不足かな、疲れちゃった」
生中継が終わり、ロケバスの一番後ろへジュリアと並んで座った乃菊は、ジュリアの肩に頭を乗せた。
「菊野ちゃん、やっぱりもう少し休んだ方が良かったかな」
「大丈夫だよ、みんなと仕事するの楽しいから・・・」
「どれどれ・・・」
ジュリアが、乃菊の額に手を当てる。
「少し熱があるみたい、レコ、休みにしてもらったら・・・」
「大丈夫だよ、名古屋に着くまで休んでいられるから。だから、ジュリアの肩貸してね・・・」
「でも、無理しちゃ駄目だぞ。もし菊野ちゃんに何かあったら、ジュリアは、泣いちゃうぞ」
「だから、もしもの時のために、いっぱい仕事したいんだ」
「もしもなんてないから、菊野ちゃんは、ジュリアが守る」
ジュリアは、乃菊の顎を手で持ち上げ、キスをした。
「何!」
乃菊は、ジュリアの行動に困惑する。
「アイドル、左島ジュリアのサービス。元気が出るぞ」
「そんな気がする」
「じゃあ、寝てなさい。着いたら起こすから。そして、乃菊ちゃんの唇を奪ったって、みんなに自慢しちゃうから」
「やだ、恥ずかしい・・・」
そう言いながらも、乃菊は、眠気に負け、すぐに寝てしまった。
「のぎちゃん、ジュリア、お帰り!」
局の前に停まったロケバスに、みおんが乗り込んで来た。
「菊野ちゃんまだ寝てるから、ちょっと待って・・・」
最後部の座席で、相変わらずジュリアの肩に頭を乗せて、乃菊が寝ている。
「のぎちゃん、着いたよ、起きなさい」
みおんが乃菊の肩を揺する。
「えっ!」
肩から外れた乃菊の頭が、止まることなくジュリアの腿の上に落ちた。
「のぎちゃん、どうしたの!?」
「少し熱があったんだけど、大丈夫だって言って寝てたの」
みおんが乃菊の表情を見る。意識がないように見える。
「のぎちゃん!」
「菊野ちゃん!」
二人が呼んでも、頬を叩いても乃菊が目覚めない。
「息してない!」
「うそっ!」
みおんが鼻や口元に手をやっても、呼吸をしている気配がなかった。
「そこに寝かせて!」
ジュリアが、乃菊の頭を腿から外し、二人で乃菊を仰向けに寝かせる。
「菊野ちゃん、死んじゃったの?」
「死なないよ!」
みおんは、乃菊の胸を両手で圧迫して、心臓マッサージをする。
「のぎちゃん、起きて!」
みおんは、必死に心臓マッサージをしながら、声をかける。
「菊野ちゃん、目を覚ましてよ!」
ジュリアも泣きながら呼びかける。
「のぎちゃん!」
みおんは、乃菊の顎を上げて、人工呼吸をする。
「!!!」
乃菊の眼がパッと開いた。
「みおん、キスした・・・」
みおんは、力が抜けて、その場にしゃがみ込んだ。
「キスしたじゃないよ、菊野ちゃん。心配したんだから、もお!」
「ジュリア、泣いてるの?」
「のぎちゃん・・・」
みおんは、起き上った乃菊を抱きしめる。
「心配させないでよ・・・」
みおんまで泣いていることに戸惑う乃菊。
「私、元気だから、ほら!」
乃菊は、立ち上がって背伸びをする。
「今日はもう休みにしてもらおう」
「うん、それがいい!」
みおんもジュリアも、乃菊が心配でならない。
「大丈夫だよ。私、先に行くから」
「のぎちゃん・・・」
「菊野ちゃん・・・」
乃菊は、二人の心配をよそに、バスを降りて行ってしまう。
「菊野ちゃん、大丈夫かなあ・・・」
「何だか、のぎちゃんがいなくなっちゃいそうで怖い・・・」
「私もなんだ・・・」
みおんとジュリアは、乃菊の後ろ姿に、何とも言えぬ不安を抱いていた。
「良かったよ、今日はここまでにしよう。お疲れ様・・・」
「はーい。お疲れ様です」
乃菊は、スタジオを出て、控室に向かう。
「の、のぎちゃ・・」
乃菊を見つけた亜美だったが、呼ぶ声が途中で止まった。亜美の眼に映る乃菊の姿が、妙に薄く見えたからだ。
亜美は、控室の外で立っていた。扉を開ければ、大好きな乃菊がいるのに、ノブを握ることが出来ないでいた。
「亜美ちゃん、どうしたの?そんなところに立ったままで・・・」
「えっ・・・」
真阿子が亜美の脇を通って、控室に入って行った。その後を亜美も静かに入って行く。
「乃菊ちゃん、寝てるの?」
一番奥の鏡の前で、椅子を壁に寄せ、頭を傾けて乃菊が寝ている。
「可愛い・・・」
真阿子は、ポーチを取りに来ただけだったが、引きつけられるように乃菊のところへ行き、寝顔を見る。
「可愛いよね、乃菊ちゃん」
真阿子が聞くと、亜美は、ただ頷く。
「キスしちゃお・・・」
「えっ!」
真阿子が、眠っている乃菊の唇に、そっとキスをした。
「こんな気分初めて・・・。ごちそうさまでした」
真阿子は、立ち上がる。
「亜美ちゃん、乃菊ちゃんは、先に上がりだよね。次は、私たちの番だから行こう」
真阿子が亜美の手を握り、連れて行こうとする。
「あっ、すぐ行くから、先に行ってて」
「うん、遅れないでね」
真阿子が先に部屋を出て行く。
「真阿子さん、大胆・・・」
亜美も乃菊の前に行って、腰を下ろす。
「のぎちゃん、愛してる・・・」
ドクン、ドクン。亜美の心臓の音である。
「・・・」
ゴクリと唾を飲み込み、少しずつ乃菊に近づく。
「可愛いじゃなくって、カッコいいんだよ、私ののぎちゃんは・・・」
しかし、顔を近づけて、まじまじと乃菊の顔を見ると、可愛いも正解だと思う。
「私もキスしたい・・・」
もう数センチのところまで、亜美の唇が近づく。
「おじさん、欧米式の挨拶しよ・・・」
乃菊は、夢の中で国也に迫っていた。
「!!!」
亜美は、急に肩を掴まれ、固まった。
「しよ・・・」
「!!!」
亜美と乃菊の唇が合わさった。
「の、の・・・」
思いもしない激しいキスだった。亜美は、されるままに身を任せる。
「ん?」
乃菊が夢から目覚めた。
「亜美ちゃん!」
目の前にいるのは亜美で、その亜美を抱きしめていることに、やっと乃菊が気づいた。
「私が、亜美ちゃんを襲っちゃったの?」
亜美が頷く。
「驚いた?」
「うん、でも嬉しい・・・」
乃菊の顔を上目づかいで見る亜美。
「でも、間違いだよ」
乃菊の胸に顔を埋める亜美。
「いいの、夢の相手と間違えても、嬉しい・・・」
乃菊は、また強く亜美を抱きしめる。
「これが最後だよ。私たちは、チームメイトで、大事な仲間なんだから、一緒に仕事を頑張ろう・・・」
「は、はい・・・」
「じゃあ、仕事に行って来て」
「はい、行って来ます」
「頑張ってね」
「のぎちゃん、気をつけて帰ってね」
「うん。私は、来週の土曜まで休みだから、また来週会おうね」
亜美が立ち上がって、部屋を出ようとする。
「必ず、来週元気で来てくださいね!」
「わかった。元気で来るから、お仕事頑張ってね」
「のぎちゃん、必ずだよ!」
後ろ手に扉を開ける亜美。
「バイバイ・・・」
手を振る乃菊を見ているだけで、亜美は、涙があふれそうだった。
「のぎちゃん・・・」
亜美は、廊下へ出た。そして扉にもたれかかった。
「どうしてこんなに涙が出るんだろう。嬉しいはずなのに・・・」
亜美の頬を流れているのは、うれし涙ではなかったのだ。
「必ず、必ず、来てね、のぎちゃん・・・」
亜美は、何かが怖かった。乃菊の薄い影を見て、人知れず怖かった。愛する人を失う怖さのような、そんな恐怖心だった。
帽子を被り、サングラスをかけた乃菊は、賑わう駅のホームで、帰りの電車を列に並んで待っていた。
「今日は、何度もキスしたみたい・・・。ジュリア、亜美ちゃん、みおんもかな?」
みんなと恋愛をしているわけではないけれど、それぞれとのキスが不自然に思えないことが、なぜか幸せな気分にさせてくれた。
「今日は、みんなと欧米式の挨拶をする、特別な日だったんだ」
電車を待つ人の列の中で、乃菊は、メンバーの顔を思い浮かべていた。
「あっ、真阿子を忘れてた・・・」
乃菊は、真阿子が自分にキスをしたことを知らない・・・。
「おじさんに電話しなきゃ!」
乃菊は、大事な連絡を忘れていた。慌てて携帯電話を取り出し、国也に電話をする・・・。




