不吉な予感
数日後の夜・・・。
「乃菊ちゃん、お風呂の支度が出来たよ」
国也が、乃菊の部屋の扉を開ける。
「どうかしたのか!?」
乃菊が、部屋の真ん中で腹ばいになって寝ている。
「なんでもないよ。ちょっと疲れたから横になってたの・・・」
「無理し過ぎじゃないか?」
「大丈夫だよ、起こして・・・」
国也は、乃菊のところへ行き、仰向けにしてから上体を抱えて起こす。
「優しいんだ、おじさん」
「前からだろ」
肩を抱いて立たせる。
「あっ」
めまいがしたのか、乃菊が国也に寄りかかる。
「何だか力が出ないな。最近、おじさんの欧米式の挨拶がないからかも・・・」
何を言い出すんだ、と思う国也。
「思ってる人がいるのに、僕なんかとキスしてちゃいけないよ」
乃菊の目付きがきつくなる。
「わかってないなあ。キスくらい許してくれるよ、欧米式の挨拶なんだから!」
乃菊は、そう言うと、国也の顔を両手で掴んで、無理矢理引き寄せる。
「ウグッ!」
国也が油断していると、乃菊が唇を合わせて、ペロペロと舐め回しそうなキスをする。
「の、のぎ・・・」
離れたかと思うと、また唇を合わせ、最後は、本当に口から鼻までペロッと舐めた。
「ああ、スッキリした!」
乃菊は、そう言うと、さっさと部屋を出て行った。残された国也は、茫然と立ち尽くしていた。
「やっぱりあの子は、おかしい!」
国也は、独り言を言って部屋を出て行く。
「いつも、そばにいてくれる♪いつも、我がまま聞いてくれる♪泣き顔も、怒った顔も、知っているのは、あなただけ♪トゥルルルル・・・」
乃菊が歌を歌いながら、長湯をしている。
「母さん、乃菊ちゃんがまた長湯してるよ。この前のぼせて倒れたから、注意してよ」
この日のような、番組出演の前日や、収録日の前の日は、国也がいつも気を使う場面が多くなる。お酒を飲みすぎたり、食べ過ぎたり、長湯をしたり、夜更かししたり、国也にとって乃菊は、頭を悩ませる問題児である。
「心配なら、自分で行ってくれば・・・」
そう言う雲江が、そのほとんどの相手だから、余計に厄介だ。いつものように、お菓子を食べながら週刊誌を読んでいる。
「週刊誌なんか後でも読めるだろ、早く出るように言って来てよ」
「だから、自分で行ってくれば」
「お風呂だぞ!もし裸に遭遇したらどうするんだよ」
「空ならラッキーじゃない、行けば」
「後で、箒で叩くなよ」
国也は、立ち上がって風呂場へ向かう。
脱衣所へ行くと、風呂場の中から乃菊の声が聞こえない。
「乃菊ちゃん、もう出ろよ」
返事がない。
コンコン。扉を叩いてみる。やっぱり返事がない。
「のぼせちゃったのか?」
国也は、もう一度扉を叩く。・・・返事がない。
「またのぼせたんだ!」
国也は、確信して扉を開ける。
「!!!」
国也と乃菊の眼が合った。
「キャアアアアーッ!」
雲江が箒を担いでやって来る。
「ホントに裸を覗いたのかい!」
「違うよ、のぼせたと思って、扉を開けただけだよ」
「今日こそ立てないようにしてやる・・・」
雲江は、何度も国也のお尻を叩く。
「おじさんが、舐めるように私を見てたんです・・・」
「なんてこと言うんだよ!」
国也は、逃げ出した。
「コラ待てえ!」
雲江が追いかけて行く。
「もう一度練習しよっと・・・」
乃菊は、また湯船に浸かる。耳にイヤホンをして、デモの曲を聴きながら歌っていたのだ。
「そのうち、ちゃんと見せてあげるから、慌てないで・・・おじさん」
翌日の早朝。
「あっ、忘れて来ちゃった」
乃菊は、バッグを隅まで探すが、目的のものがないようだ。
「遅くまで起きてるから、忘れ物するんだよ。戻ろうか?」
「いいよ、遅れちゃうから」
「何を忘れて来たの?」
「内緒」
「何か怪しい。隠し事があるみたいじゃないか」
「そうだよ、私の秘密だもん」
「じゃあ、帰って探そうっと・・・」
「駄目だよ!そんなことしたら絶交だからね!」
「おお、コワ・・・探さないよ」
「いつか見せてあげる・・・」
「よろしく・・・」
車が蒲橋駅前に到着。
「今日何の日か知ってる?」
「何だったかな?」
「変な人。じゃあ、夜、またここに迎えに来てね」
「ああ、わかった。でも、今日は、遅いのか?」
「午後、レコーディングだから、夕方まで向こうにいるの」
「レコーディングって、昨日練習してた曲?」
「そう、おじさんが、私の裸を覗いてた時の曲」
「その言い方はないだろ・・・」
「あ、そうだ。この前、お菓子屋さんのポスターの写真撮ったよ」
「へえ、片口屋?」
「そう、ヌード写真だよ」
「ばーか。お菓子屋さんのポスターで、そんな写真撮るわけないじゃないか、今度は騙されないぞ・・・」
「ふーん。見て驚くなよ」
「さあ、行きなよ」
「うん、行ってきまーす」
乃菊は、車から降りて、駅の階段を上る。
「電話するから、待っててね!」
手を振る乃菊を、見えなくなるまで見送った国也。
「忘れ物って、何だったんだろう。必要なものなら戻ったのに」
国也は、何か引っかかる思いがした。
「何もなければいいけどな・・・」
なぜか不吉な予感がする国也だった・・・。




