結婚しよう
「国也、お茶とお菓子を用意したから、乃菊ちゃんの部屋に持って行ってあげて」
雲江が風呂から出た国也に頼む。
「僕のは?」
おぼんの上には、明らかに一人分のお茶とお菓子しかない。
「何、乃菊ちゃんの部屋で一緒に何かしようって言うの。アイドルに手なんか出しちゃ駄目だよ」
「そ、そんなことしないよ」
不貞腐れながら、国也は、おぼんを持って2階へ上がる。
「乃菊、入るよ」
一応断って、乃菊の部屋に入る国也。
「母さんが、用意してくれたんだ。ここに置いておくね」
部屋の中央におぼんを置き、部屋を出ようとする。
「待って、国也さん」
机で譜面を見ていた乃菊が、座布団を持っておぼんのところへ来る。
「座って・・」
乃菊は、先に座って、国也を向かい側に座るように促す。
「いいの?」
一応断ってから座る国也。
「遠慮しなくても、誰もいないからいいじゃない」
誰もいないからなのに・・・。
「早くお風呂に入って寝なきゃ、疲れてるだろ」
乃菊は、気にせずお茶を飲む。
「あのね・・・」
乃菊が急にかしこまる。
「今日の会見で、私、恋人じゃないって言ったでしょ・・・」
乃菊は、お菓子に手を伸ばす。
「これ、半分あげる・・・」
半分になったお菓子を、素直に受け取る国也。
「だけど、ただの人じゃなくて、恋人以上って、ホントは言いたかったの・・・」
国也は、お菓子が喉を通らなくなってしまう。
「これ飲んでもいい」
「うん」
国也は、お茶を飲んで心を落ち着かせる。
「それはね、つまり・・・、あの、国也様と・・・」
「乃菊、ちょっと待って」
国也は、乃菊が次の言葉を言う前に止めた。
「僕に話をさせてほしい・・・」
乃菊は頷く。それを見て国也は、正座をする。
「乃菊。僕は、君が4才の時に言った言葉の、あの、その、返事がしたい・・・」
乃菊は、自分が言ったことをしっかり覚えている。
「私、おじさんと結婚する」
4才の乃菊が、中学3年生の国也に、プロポーズをした。
「お母さん、私、きっとおじさんとまた出会って、結婚するんだ」
乃菊は、国也の乗る電車が去った後、ホームのベンチで、母親にそう言った。
「そうね、きっと、あなたにとっての運命の人なのね・・・」
「絶対に、また会うから・・・」
乃菊は、泣きながら母親の胸に顔を埋める。
「乃菊・・・」
乃菊は、国也の次の言葉を待つ。その間は数秒なのに、すごく長い時間のように思えた。
「結婚しよう・・・」
とても単純なプロポーズの言葉だったが、それでも乃菊は、今までにない笑顔になった。
「はい・・・」
誰よりも可愛く思える乃菊。国也は、手袋をした乃菊の手をとる。
「乃菊・・・」
国也が乃菊の身体を引き寄せる。
「愛、し・・・」
「あっ!」
国也が、膝で湯のみを倒してしまった。
「うわっ!」
零れたお茶を避けようとして、乃菊を倒してしまい、国也が、乃菊の身体に覆い被さるような状態になってしまった。
「キャッ!」
つい声を出してしまった乃菊。また弾みで乃菊の胸を触ってしまう。
「ごめん・・・」
「いえ・・・」
国也が起き上ろうとすると、乃菊が国也の身体を掴んで離さなかった。
「国也様・・・」
ダッ、ダッ、ダッ!階段を誰かが上がって来る音がする。誰かと言っても、限られている。
「国也!」
箒を担いだ雲江が、扉を開けると、国也が乃菊を襲っていた。・・・ように見えた。
「違うんだよ、これは・・・」
言い訳が見つからない国也。
「結婚前の女の子に手を出すなんて、許さないよ!」
雲江が箒を振って、国也に向かって来る。慌てて逃げる国也。
「雲ネエ、私が離さなかったから・・・」
「悲鳴を上げてたじゃない!」
乃菊の周りを走る二人。
「母さん、聞いてくれよ」
「アイドルを襲うなんて、ファンが聞いたら殺されるよ!」
「結婚しようって、言ったんだよ」
「そんなのまだ早い!」
「はいって、返事しました」
「私は、認めないよ!」
国也は、コースを変えて部屋を出る。
「コラ待て!これは、スキャンダルだぞ!」
雲江も部屋を出ようとする。
「乃菊ちゃん、おめでとう・・・」
雲江は、笑顔で国也を追いかける。
「結婚しよう・・・ムフフ」
残された乃菊は、一人でにやける。
「ついにここまで来たぞ!」
両手の拳を握って、上に突き上げる。
「国也様、雲ネエ!一人にしないでえ・・・」
乃菊も部屋を出て、階段を下りて行く・・・。




