きくから乃菊へ
山を越え、川を渡り、かなり遠くまで逃れて来たきく。ろくな食事もせずに歩いて来た疲れで、意識を失いそうなくらいだった。
「太兵衛様・・・」
きくと太兵衛は、真反対の方向へ逃れ、子の荒れた世では、もう簡単には巡り合えない。それは、聞く自身にも身に沁みてわかっている。
「会いたい・・・」
太兵衛ときくは、きくが4才の時、戦で両親を失い、太兵衛の親が仕官していた豪族の屋敷に、親戚の世話でやって来て出会った。そして小姓だった太兵衛と年の離れた兄弟のように育ち、やがて戦で手柄を立てた太兵衛の屋敷に、侍女として入った。
「どうした、こんな所で」
その声に、きくは驚く。山道から少し離れた大きな木の根元の窪みに、隠れるようにして、休んでいたからだ。
「あ、あなたは?」
そう聞きながら、懐の短剣を握る。
「おお、何か物騒な物をもっておるな。そなたは、武家の娘か?心配するな、私は、京の寺の者だ」
身なりは、僧侶のようだ。それでも安心出来ず、警戒を怠らないきくである。
「そなた、備前の戦から逃れて来たのか?」
その通りだった。
「戦のことを知っておられるのですか?」
きくは、主たちのことが気になっていた。
「戦は、一方が勝ち、もう一方が滅びる。ただそれだけだ。何も残らん・・・」
「・・・」
きくには、答えがわかった。
「そなた、一人でここまで逃げて来たのだな。その顔なら、喰うものも喰わずにひたすら逃げて来たのだろう」
その通りだった。
「こんな物でも喰うか?」
僧侶は、懐から袋を出し、きくに渡す。きくが中を覗くと、干飯のようだ。
「遠慮するな・・・」
現実、空腹だったきくは、遠慮なく食べた。食べていると涙が流れてた。
「誰かと生き別れになったのかい?」
この僧侶は、何もかもお見通しのようである。
「太兵衛様・・・」
僧侶が手を合わせて、目を閉じる。
「そなたには、憑きものがいるようだ。悪いものではなく、そなたを守ってくれるものでもある。しかし、今の荒れた世では、生き別れになった者と再び会うことは困難だろう。しかし、そなたの思いが強ければ、後世必ず散り散りになった縁も、いつか巡り合うであろう・・・」
きくは、膝をついて涙を流す。
「私は、どうすれば良いのでしょう・・・」
僧侶が、きくの手を握る。
「そなたは、京に行き、修行をして、そなたに憑いているものと共に、人の悪縁を切り、そなたの良縁が成就するまで、受け継いで行く、その始祖となるがいい。そうすれば、そなたの想いは、消えることなく子孫によって成し遂げられるだろう」
きくは、その言葉を信じることにした。そして僧侶と共に、京へ向かった・・・。
「国也様・・・」
「気がついたかな?」
乃菊は、声の主を捜す。
「あ、あなたは・・・」
見覚えのある顔だった。以前、浜名での事故で入院した時、同じ病院で世話になった、母親のような看護師だった。
「あなた、テレビに出て、歌も歌ってるんだってね」
乃菊は、上半身を起こす。
「無理しないで。まだ傷は塞がってないのよ」
「あの時は、ありがとうございました。おかげで夕衣さんが・・・」
乃菊は、言葉を止める。看護師には、関係のない話だから・・・。
「もう、随分テレビには、出ていません」
「そうね。あれからまた酷い事故にあったのよね。それでまたこんな所へ来るような大怪我をして。だけど、ちゃんとこうして生きているんだから、守ってくれてる人が、心の中にいるんだね」
乃菊は、看護師の顔を見る。誰かに似てる・・・?
「でも、あなたに何かあったら、悲しむ人がいっぱいいるんだから、もっと身体を大事にしなさい、きくさん・・・」
また母親のように怒られた乃菊。それでも嬉しかった。
「お仲間を呼んで来るわね」
「仲間って?」
「今日も心配して、大人少女のメンバーの人たちが来てるわよ」
「知ってるんですか?大人少女・・・」
「実は、原豊から通ってるから、土曜日、いつも見てたの・・・」
そう言って看護師は出て行く。
「きくさん・・・」
乃菊は、笑顔になる・・・。




