明晰夢
霧が晴れると、目の前に大きな岩が現れた。
「起きるんだ、乃菊・・・」
誰かの呼ぶ声に気がつき、乃菊は眼を開ける。
「誰・・・?」
目の前を先程までの霧が集まって出来たような塊が、ヒコーキ雲のように長くなり、空中を泳ぐように通り過ぎて行く。
「こんなところで、ゆっくりしていられないぞ」
その霧の塊は、よく見ると大蛇のようで、それが、乃菊に呼びかけているのだ。
「私、今度は、本当に死んじゃったみたい。もう動けないし、心臓も動いてないみたいだから・・・」
岩を枕にして寄りかかってまま、動かない乃菊。磔台からここに来ていることが、その証だと思っている。
「きっと、またあの大男が迎えに来るんだわ・・・」
あの時よりも、死の実感があるように思えるのだ。
「お前は、随分変わってしまったな。少し前までは、悪人や幽霊にも怯まなかったのに・・・」
「おじさんにもまた会えたし、少しでも幸せだったから・・・」
乃菊の周りを、飛び回る霧の大蛇。
「いいのか、お前が諦めてしまえば、あの女が死ぬことになるんだぞ」
乃菊は、何のことかと思う。
「あの女が死ぬって・・・?」
霧の大蛇が、大きな岩の前を横切る。
「夕衣さん!」
鏡のようになった大きな岩に、磔にされた乃菊と、その足元で蹲る夕衣の姿が映る。
「このままだと・・・」
夕衣に向かって、ナイフを持った女が近づいて行く。
「夕衣さん、危ない!」
ズン!
夕衣の胸にナイフが刺さる。
「夕衣さん!」
夕衣は、致命傷を負い、そのまま床に倒れる。磔台の乃菊は、気を失っていて、それに気づかないでいる。
「嫌っ!夕衣さんが死んじゃう」
岩に映る光景を見ている乃菊は、何もすることが出来ない。
「の、ぎ、く、ちゃ、ん・・・」
夕衣が磔になっている乃菊に向かって、最後の力を振り絞り、手を伸ばす。
「たす、け、られ、な、くて、ご、め・・・」
夕衣の手がパタンと床に落ち、血を吐いて息絶える。
「駄目ッ!駄目だってば、そんなの!」
岩に映る夕衣の姿を見て、乃菊は涙を流す。
「どうしたらいいの、どうしたら夕衣さんを助けられるの?」
乃菊は、必死になって霧の大蛇に問いかける。霧の大蛇は、なおも空中を飛び回る。
「それは、お前次第なんだ。生きようと思えば、生きられる。助けようと思えば、助けられるんだ。お前は、夢の世界を彷徨っている。その夢を、自分の思うような筋書きに変えてしまえばいいんだ」
「本当なの?夢なんて知らないうちに、見てしまうんじゃないの?」
乃菊は、霧の大蛇を目で追う。
「明晰夢だ。お前の願いを現実にすればいい、今すぐに・・・」
そんなことが出来るのかと、半信半疑のまま、乃菊は目を閉じる。
「お前は、面白い女だ・・・。私の子孫の中で、一番、あの方に似ている・・・」
霧の大蛇の呟きを、乃菊は聞いていない・・・。
これは、ほんの一瞬の夢なのか・・・。




