夕衣の危機
乃菊が磔台で処刑の準備をされている頃、夕衣は、花田呉服店を訪れていた。
「じゃあおじさん、帰りますので」
叔父に店を引き継いでもらい、三嶋のところに嫁いだ夕衣。久しぶりに古巣へ挨拶に来ていたのだ。
「気をつけて帰りなさい・・・」
叔父に見送られて外へ出た夕衣の携帯電話が鳴った。
「はい、今から帰るところです」
夫の三嶋雄平からだった。
「そうか。それで、さっきダイコクさんから電話があって、君には、言わないように頼まれたんだけど、内緒には出来ないから言うけど、乃菊ちゃんが誘拐されたそうだよ」
「えっ、本当ですか?犯人は、わかってるんですか?」
「詳しいことはわからないんだけれど、君にも気をつけるように言ってたんだ、どうしてだろう?」
「ダイコクさんが、そう言ったんですか?」
「とにかく、すぐに帰って来なさい」
「は、はい・・・」
とりあえず返事をして電話を切った夕衣だが、気になってすぐに国也へ電話をした。
「乃菊ちゃんが誘拐されたって、本当ですか?」
「ご主人から聞いたんですね。そうなんだけど、犯人の目星がついてるんで、必ず助け出しますから、心配しないでください」
とは言え、気が気でない夕衣である。
「もしかして、私にも関係があるなら、木頭ですか?」
「夕衣さんは、浜名にいるんでしょ。すぐに帰って、ご主人と一緒にいてください」
「ダイコクさん、浜名に来るんですね。やっぱり、木頭なんですね」
「危険だから、夕衣さんは、関わらないでください。乃菊ちゃんは、僕が必ず助け出しますから」
「わかりました。・・・お願いします」
電話を切った夕衣。駅に向かって歩く予定だったが、手を上げて、タクシーを止めた。
国也は、自宅へ戻ってから浜名へ向かっていた。
「国也、これを持って行きなさい」
雲江が国也に渡したのは、国也の持っていた翡翠の勾玉と石のついたペンダントだった。
「こっちは何?」
「このペンダントは、乃菊ちゃんのだよ。何かあったら机の引き出しの中から、持って来て欲しいって言ってたんだ。これを見て驚いたよ。乃菊ちゃんが持ってたんだ、乃菊ちゃんが・・・」
涙を流した雲江。
「どういうこと?」
「この二つは、元々一緒のところにあったものなんだよ。その一つを乃菊ちゃんが持っているってことは・・・。とにかく、これは、乃菊ちゃんを守ってくれるし、二つが揃えば、悪縁鬼も退治できるかもしれない。さあ、早く行きなさい」
「あ、ああ」
国也は、助手席に置いてある勾玉と石のペンダントを見る。
「必ず、助けるから・・・」
しかし国也は、夕衣のことも気になっていた。
キトウ呉服店の前に、タクシーが停まった。
降りて来たのは、夕衣である。
ビルを見上げる夕衣。玄関は、シャッターが下りていて、窓にはカーテンが掛っていて、中の様子はわからない。
開いている出入り口がないかと、裏側にも回って行く。
「開いてる・・・」
裏口のノブを回すと、扉が開いた。
1、2階は、店舗だったところ。夕暮だが、カーテンの隙間から少し光が入り、おおよそ中の様子が見える。乃菊の姿はなく、夕衣は、階段を上がる。
2階も同じような状況で、3階へと進む。
3階は、倉庫だったところだ。夕衣が階段からすぐの扉を開けると、部屋の隅に明りが確認できた。
「乃菊ちゃん?」
その明りのところに、誰かがうな垂れて立っているように見えた。夕衣は、少しずつ近づいて行く。
「乃菊ちゃん!」
夕衣は、壁の十字架に磔にされている乃菊の姿にがく然とする。
「乃菊、ちゃん・・・」
乃菊のところまで行き、釘の打たれた手に優しく触れる。
「なんて酷いことを・・・」
うな垂れた顔には、青あざがいくつもあり、口から胸元へ血が流れた跡がある。いつも笑顔で接してくれていた乃菊の悲惨な姿に、思わず涙を流す夕衣。
「早く助けなきゃ・・・」
夕衣は、慌てて携帯電話を取り出し、電話をかける。
「あ、ダイコクさん、乃菊ちゃんがいました」
「どこですか?」
「キトウ呉・・・」
人の気配に振り向く夕衣。
「うっ!」
夕衣は、携帯電話を落とし、お腹を押さえて膝をつく。
「あなたは・・・」
お腹を押さえた両手の間から、血が流れ出る。夕衣は、苦痛に顔を歪める。
「ようこそ、夕衣さん・・・」
男の持つナイフの刃先からも、夕衣の血液が滴り落ちる・・・。




