拉致
「信号で停まらないかな・・・」
加納が呟く。
「のぎちゃん、あんな体で何処に行くのかしら・・・?」
助手席の亜美が、タクシーを目で追いながら言う。
「ひょっとして、さっきの男に関係があるのかも・・・」
運転しながら、加納が考える。
「さっきの男って?」
「君が来る前に、菊野さんの病室を訪れた男がいたんだ」
「どうしてそんな大事なことを、今頃言うんですか!」
亜美の声が、大きくなった。
「君が疑うから・・・」
二人が言いあっている間に、1台が右折して、タクシーとの間を走る車が、残り1台となった。
「よしっ、信号が赤になった!」
タクシーが赤信号でスピードを落とし、停まろうとする。
「停まったら、すぐに降ります」
「あっ!」
タクシーは、赤信号で停まったのだが、その後ろを走る車が、スピードを落とさず、そのままタクシーに追突してしまった。
「のぎちゃん!」
タクシーは、そのまま押し出され、交差点の先の電柱に突っ込んで停まった。
「あれは?」
加納が信号の手前で停まると、追突して交差点の先に停まった車の中から、目だし帽を被った男が出てきて、タクシーに向かって走って行く。
「行こう!」
亜美と加納が車から降りる。近くに民家が数件あり、音を聞いた住人が、集まって来る。
「のぎちゃん!」
目だし帽の男は、後部座席の扉を開けると、事故の衝撃で、意識が朦朧としている乃菊の腕を掴んで、引っ張り出す。
「何をするんですか!」
亜美が叫んだ。そして、目だし帽の男が、乃菊を抱えて車に戻ろうとするその前に立ちはだる。
「キャッ!」
目だし帽の男は、遠慮なく亜美を張り倒す。
「今堂さん!」
亜美を気遣いながら、加納が男を背後から抱える。
「菊野さんを放せ!」
目だし帽の男は、乃菊を落とし、加納の腕をとる。
「危ない!」
車から降りて来たもう一人の男が、いや、体格から見て女のようだ。その女が、持っていたナイフで、加納の背中を刺す。
「痛っ!」
怯んだ加納の隙をついて、腕をとっていた目だし帽の男が、加納を投げ飛ばす。
「誰か、助けてください!」
亜美が叫ぶと、目だし帽の男は、また乃菊を抱える。
「亜美・・・」
乃菊の目が、一瞬亜美の姿を確認した。
「のぎちゃん!」
尻餅をついていた亜美が起き上る。しかし、目だし帽の二人は、乃菊を車に押し込み、すぐに車を急発進させ、猛スピードで走り去る。
「だ、大丈夫ですか?」
タクシーの運転手が、首を押さえながら、亜美たちのところへやって来る。
「警察を呼んでください。誘拐です!」
加納が叫ぶ。
「は、はい」
運転手は、タクシーに乗り込み、連絡する。
「大丈夫ですか?」
亜美が、涙を流しながら、加納に声をかけた。
「ちょっと痛いけど、深い傷じゃないから、大丈夫だよ」
亜美は、血が出ている加納の背中の傷を、ポケットから出したハンカチで押さえる。
「のぎちゃんが・・・」
思わぬ出来事に、恐怖で震える亜美。
「今堂さん、国也さんに知らせて!」
加納に促されて、亜美は、国也に電話をする。
「おじさん、のぎちゃんが・・・」
動揺して話せない亜美に代わって、加納が電話に出て説明した。
「どうしよう、のぎちゃんが殺されちゃう・・・」
「大丈夫だよ、必ず助かるよ」
怪我をしている加納の方が、亜美を気遣って肩を抱いている。
「大人少女の今堂亜美じゃないか?」
野次馬の一人が、亜美の顔を確認して話している。
「そうみたいね、あの病院に、乃菊ちゃんが入院してるから、見舞いに来てたのかも・・・」
野次馬の会話が、加納にも聞こえ、亜美の顔を隠すように下へ向ける。
「救急車も呼びましたから・・・」
タクシーの運転手が、また二人のところへやって来る。
「ありがとうございます」
運転手は親切だが、野次馬たちは、小さな交差点の反対側から、ただ眺めているだけだった。
「のぎちゃん・・・」
「大丈夫だから・・・」
亜美の眼から流れる涙は、加納の言葉にも止まることがなかった・・・。




