眼の前には・・・
「奇跡です。私も経験がありません。死亡宣告の後に生き返るなんて、本当に奇跡です」
医師も看護師も、驚くばかりである。
とりあえず、必要な機器は残して、人工呼吸器は、取り外された。
「のぎちゃん・・・」
「菊野ちゃん・・・」
「乃菊ちゃん・・・」
メンバーのみんなが声をかける。
乃菊の眼がゆっくりと開き、天井を見つめてから、横を見た。そこには、国也がいた。
「おじさん・・・」
「乃菊ちゃん・・・」
国也の顔をジッと見つめる乃菊。
「やっぱり、おじさんだったんだ・・・」
「ん・・・?」
「キスして・・・」
「えっ・・・」
周りに人がいる中で言われた国也は、ポッと顔を赤くした。
「みんながいるよ・・・」
「欧米式の挨拶だよ、みんなも見てないし・・・」
国也が周りを見ると、みんなは、回れ右をするように背を向ける。
「国也さん・・・」
みおんが国也の背中をつつく。国也は、乃菊の顔を見た。もとより国也も乃菊に抱きついて、キスがしたいくらいだった。
「乃菊ちゃん、生きていてくれてありがとう・・・」
国也は、動けない乃菊に近寄って、唇にそっとキスをした。柔らかくて暖かい唇だった。
「スキャンダル・・・」
乃菊らしい返事だ。国也は、ニコリと笑う。
「あの二人は、恋人同士だったんですか?」
看護師が、隣にいた真阿子に、小声で聞く。
「ただの身内です」
笑顔で答える真阿子。
「私、生きてるんだよね」
「当たり前だよ。君は、乃菊ちゃんなんだ、死ぬわけがない」
国也は、乃菊の手を握って答える。
「のぎちゃん、お帰り」
「みおん・・・」
親友のみおんの顔を、久しぶりに見ることが出来た。
乃菊は、みんなの顔を見る。
「ジュリア・・・」
いつも元気なジュリアも、今は泣いている。
「真阿子・・・」
「また一緒に歌おう・・・」
涙を流しながら真阿子が言う。
「亜美・・・」
「私、信じてたんだよ。私ののぎちゃんは、きっと元気になるって・・・」
亜美は、国也の横に来て、手を握りながら言う。
「ありがとう・・・」
乃菊がニコリと笑う。
「雲ネエ、早く雲ネエの料理が食べたい・・・」
「退院したら、毎日食べさせてあげるよ」
「心配かけてごめんなさい・・・」
「何を言ってるのよ、私も元気になるって信じてたから、心配なんてしてないよ」
国也の反対側でずっと手を握っていた雲江。いつもは気丈な雲江も、涙を流している。
「とりあえずまた様子を見ますので、患者さんを休ませてください」
一度、医師や看護師を残して、全員外へ出た。
「また5人で歌えるね」
みおんが田沢に言う。
「まだ先かもしれないけど、乃菊ちゃんなら必ず戻って来てくれるよ」
田沢もホッとしている。
乃菊の状態を診察した医師は、別室で国也と雲江の二人と面談をした。
「先生、乃菊ちゃんは、もう大丈夫なんですか?」
「意識は戻りましたが、身体の方の機能は、数か月のリハビリでも自由に動かすことは出来ないでしょう。しかし、希望を持って行きましょう。私も彼女の回復が楽しみです」
医師との面談を済ませた国也は、メンバーのところへ報告に行き、雲江だけが一人病室へ戻った。
「雲ネエ、白髪増えちゃったね・・・。私のせいだね・・・」
「何言ってるんだい、こんなの最初からだよ。それより、乃菊ちゃんが元気になったら、一緒にあちこち旅行に行きたいよ」
「うん、行こ行こ!」
雲江が乃菊の手を握る。
「乃菊ちゃん、もし、うちのバカ息子が、乃菊ちゃんにプロポーズしたら、どうする?」
急に小声で話す雲江。
「えっ、おじさんが、私に!」
乃菊は、雲江の質問に、ドキッとする。
「あの子は、あれでも中学生の頃までは、結構もてていたんだよ。だけど、中学を卒業する頃から急に、何がきっかけなのかは知らないけど、全く女の子と付き合わなくなったんだよ。それが、乃菊ちゃんと浜名で出会ってから、やっと女の子と付き合えるようになったんだよ」
「そうなんだ・・・」
乃菊は、胸元の掛け布団を握る。
「国也が初めて女性として付き合えたのが、乃菊ちゃんだと思うんだよね。乃菊ちゃんが事故に遭って、毎日ここへ来て、乃菊ちゃんの顔を見て、涙を流して・・・」
「おじさん、泣いてたんだ・・・」
「乃菊ちゃんと一緒にいたいって思ったんだよ。だから、プロポーズするかもしれないよ」
乃菊は、考えていた。
「雲ネエ、おじさんが中学を卒業する頃、どこかへ旅行に行かなかった?」
「どうだったかなあ・・・。そうだ、鎌倉の土産を買って来たのが、その頃だったと思う。それに、その後だよ、国也が女の子を避けるようになったのは・・・」
「・・・」
「どうして乃菊ちゃんが、そんなことがわかるの?」
「実はね、その時、おじさんと会ったの・・・」
「国也と乃菊ちゃんが会ったの?・・・どこで?」
「鎌倉の近くの駅のホームで・・・」
雲江がキョトンとする。
「おじさんが、女の子を避けた原因が、私だったら嬉しいな・・・」
「どうして?」
「私が、おじさんにキスをしたの」
「えっ、国也にキスしたの?でも、その頃だったら、乃菊ちゃんは・・・。え、いくつだったの?」
「4才。それに、その時、おじさんと結婚するって、お母さんに言ったんだ、私・・・」
「まあ、それじゃあ国也は、4才の乃菊ちゃんに口説かれて、今まで女の子と付き合わなかったってこと?乃菊ちゃん、本気だったの?」
まだ信じられない雲江である。
「私は、なぜか一瞬でおじさんに恋をして、将来必ず出会って結ばれるんだって、ずっと思っていて、私も彼氏を一度も作らなかったんだ・・・」
「乃菊ちゃんも変わってるね。あの子もそうだけど・・・。じゃあ、最初から二人は、知り合いだったんだ」
「違うよ。おじさんは、4才の私に出会ってたこと、忘れてたもん」
「まあ、他の女の子を遠ざけたのに、肝心な乃菊ちゃんのことを忘れてたんだ、あのバカ息子は・・・。早く言ってやりなさいよ」
「んんん、もう思い出したと思う。意識が戻る前に、話してくれたような気がするから・・・」
「あ、ああ、そうだよ。手を握りながらブツブツ言ってたのは、その時の話だったんだ。思い出したから、乃菊ちゃんに聞いて欲しくて話してたんだ」
「やっぱり思い出してくれたんだ・・・」
乃菊は、眼を閉じる。
「じゃあ、結婚する?」
乃菊の顔が曇る。
「ずっとそのつもりだったんだけど、私の身体がこんなだから、初めからおじさんに苦労をかける結婚なんて、可哀そうで出来ない・・・。だから、もっといい人見つけて欲しい・・・」
「乃菊ちゃん、それ、本心じゃないよね。国也は、乃菊ちゃんがこんなだから、一緒になりたいんだよ。苦労なんてこれっぽっちも思ってないんだから」
「でも・・・」
「焦らなくてもいいよ。乃菊ちゃんは、とにかく元気になるように頑張ればいいんだから。そしたらきっと・・・」
雲江が乃菊の手を強く握る。




