止まる鼓動
「もう少し優しく扱ってよ・・・」
大男に引きずられる乃菊は、声を出して言いたかったが、その力もなかった。
「私、本当に死んじゃったのかな?・・・そんなことない!ちゃんと今の状況を理解してるんだから、きっとこの変な世界から抜けだせるわ」
「無理だね」
乃菊は驚いた。思っただけなのに、大男に心を読まれている。
「目も見えるし、息だってしてるし、心臓だって動いてるし・・・」
「ふん、気のせいだよ」
いちいち返すな、と思う乃菊。
「ちゃんと生きてるんだから・・・」
「まだそんなことを考えているのか、スイッチを切ってわからせてやるよ」
大男は、空いている左手で、指をパチンと鳴らす。
「えっ!」
乃菊の視界が真っ暗になる。そしてやっと動かした右手で胸を触るが、その手に鼓動が伝わって来ない。息をしていないことも感じられた。
「この男に殺されたんだ・・・」
「違うだろ!もう死んでいるって言ったじゃないか!」
乃菊は、考えることもやめた・・・。
国也は、自分の部屋に行き、また自分のアルバムを引っ張り出して探した。
「やっぱり・・・」
自分のアルバムにも、あの可愛らしい乃菊の写真が貼ってあった。
「なぜ思い出せなかったんだろう・・・。今ならはっきりわかるのに・・・」
最上の言うとおりにならなかったのは、自分が乃菊との本当の最初の出会いを、まだ思い出していなかったからなのだろう・・・。
この記憶を乃菊に伝えれば、甦ってくれるかもしれない。国也は、急いで部屋を出た。
国也は、乃菊の写真を持って、病院にやって来た。
「国也さん!」
廊下でみおんに出合った。
「今、花を入れ替えて来たんです」
枯れかかった花を紙袋に入れて持っているみおん。仕事の合間に何度も訪れている。
「ありがとう。乃菊も喜ぶよ」
「それは?」
国也の持っているものに気づくみおん。
「乃菊が4、5才の頃の写真なんだ」
「えっ、ホント!見せてください」
国也は、写真をみおんに渡す。二人は、廊下のベンチに座って写真を見る。
「可愛い!ホントにのぎちゃんだね、面影がある」
みおんは、自然と乃菊のことになると涙を流す。
「でも、どうしてこれを・・・?」
「僕が撮ったんだよ、これ・・・」
「えっ、じゃあ、この頃にもう出会ってたってことですか?国也さんとのぎちゃん」
国也は頷く。みおんは驚き、改めて写真を見る。
「会ったのは、ほんの少しの時間だけなんだ。駅のホームで乃菊ちゃんに話しかけられて、お互いの写真を撮り合いっこしたんだ」
懐かしそうに話をする国也。それを嬉しそうにみおんが見つめる。
「今日までこの写真のことをずっと忘れていたんだ。この子が乃菊ちゃんだったなんて思いもしなかったんだ」
「なぜ、思い出したんですか?」
「この写真くらいの女の子に会って、おもちゃのカメラで写す真似をされて、飴玉をもらったんだ。それで思い出して、家でアルバムを探して・・・」
「そうだったんだ・・・」
「その時、お母さんが、知らない人に話しかけるのは初めてだって言ってて、すごくドキドキしちゃって、写真を撮ったら飴玉くれたんだ。そうだ、乃菊ちゃんが、好きなタイプだからまた会おうねって、言ってたんだ・・・」
国也は、嬉しそうに話す。
「あっつ!」
みおんが急に声を上げる。
「どうしたの?」
「国也さん、私、たいへんなことを思い出しちゃった!」
みおんは、自分もびっくりして、国也の肩を叩く。
「何なの?」
「国也さん、ひょっとしてのぎちゃんの初恋の人かも・・・」
「そんな・・・」
国也には、みおんの言うことが突拍子もないことで、とても信じられなかった。
「うそじゃないのよ、確かに言ってたもん」
そうだそうだと、一人で納得するみおん。
「どういうこと?」
みおんは、国也の方に向き直って話し出す。
「デビューした頃、収録の帰りだったと思うけど、二人で喫茶店に入って話をしたんです。その時、話の流れで、私が聞いたの・・・」
国也もみおんの顔を見て話を聞く。
「のぎちゃんは、好きな人はいなかったのって聞いたんです。そしたら4才の時に出会った人が、最初で最後だったって・・・。普通、4才が初恋だなんて滅多にないから、のぎちゃん変わってるなって思ったんだ・・・」
「それが僕だってこと・・・?」
「その時、年の差を計算して、国也さんじゃないのって言ったら、すごく否定したから、実は図星で、恥ずかしかったんだよ。さっき国也さんも言ってたけど、のぎちゃんも4才の時に出会った人が、すごく好きなタイプだったって言ってたもん」
国也は、下を向く。
「だから、いつも僕が乃菊ちゃんのことを忘れてるって、怒ってたんだ。僕が本屋で出会ったのが初めてだと思っていたから、喧嘩するといつも・・・。そうだ、それじゃあ、あの時、4才の時に出会った人と結婚するって言ってたのは、僕のことだったのか。そんなに遠くにはいないのに、気づいてくれないって・・・。ずっと思い出してほしかったんだ。それなのに僕は・・・」
「じゃあ、早く知らせてあげなきゃ、思い出したって・・・」
「そうだね・・・」
国也は、もう涙で前が見えなくなっていた。
「行こう、国也さん!」
みおんが国也の腕を掴んで立たせた。国也は涙を拭き、みおんとともに病室へ向かう。
「あっ!」
みおんが声を上げる。廊下を走って来た医師と看護師が、乃菊の病室へ入って行く。
「どうしたんだろう・・・?」
二人は、顔を見合って、同じように走って乃菊の病室へ入って行く・・・。




