乃菊の初恋
無駄遣いをせずに貯金をして、不意に旅に出る癖があった国也。
そんな国也が中学3年生の時、一人で鎌倉方面へ行った。
その帰り道、神奈川県の駅のホームで、一人電車を待っていた。
「おじさん、どこ行くの?」
隣のベンチで母親と座っていた4、5才くらいの可愛い女の子が、話しかけてきた。
「おじさんじゃなくて、お兄さんでしょ」
お母さんが正しい。
「お兄ちゃんは、死んじゃったでしょ」
そうなのか、と思う国也。
「おじさん、家出?」
違う。
女の子は、トコトコと歩いて国也の前を通り過ぎ、近くにあった飲み物の自動販売機の前に立つ。
「ごめんなさいね、あの子が失礼なことを言って・・・」
「いいえ、あの子から見れば、僕もおじさんかも・・・」
「でも、あの子が知らない人に話しかけるなんて、初めてなんです」
そうなんだと思い、女の子を見る国也。
「のぎちゃん、こっちへ来なさい」
母親に呼ばれて、戻りかける女の子。
「おじさん、写真撮ってあげる・・・」
女の子は、国也の前で止まり、そう言うと、持っていた使い捨てカメラを構えて、国也の写真を撮る。
「すみません。この子、売店で急にそのカメラが欲しいって言い出して、写真が撮りたくなったんですね」
「じゃあ、君も撮ってあげるよ」
国也は、自分のカメラで女の子を撮る。
「ありがとう。おじさん、お礼にこれあげる」
女の子は、ポケットから飴玉を出し、国也に渡す。
「おじさん、好きなタイプだから、また会おうね」
可愛い笑顔を見せながら言う女の子。国也は、小さな女の子と話しているとは思えないほど、胸がドキドキした。
「またどこかで会ったら、写真をあげるね」
そんな偶然はないだろうと思いながらも、国也は、そう答えた。
「じゃあ、忘れないように、おまじない・・・」
女の子は、母親のところへ戻る前に、ベンチに座る国也に近づき、唇を尖らせる。
国也は、女の子が何をする気なんだろうと、顔を見ていると、女の子は、そのままペタっと唇を合わせ、キスをした。
「のぎちゃん、こっちへ来なさい。ごめんなさい、あなたのことが気にいったみたいで・・・」
母親は、女の子の手を引き、自分の隣へ座らせる。
国也は、頭が真っ白になったまま、ただカメラをバッグにしまう。
「私、おじさんと結婚する」
女の子は、母親に嬉しそうな顔をして話す。
「気にしないでくださいね」
母親は、そう言うが、国也は、キスと結婚という言葉に動揺していた。
ませた女の子だ、と簡単には片付けられないほど、胸がキュンとなる経験が初めてだった国也。顔が赤くなっているのが、自分でもわかった。
やがて、電車がホームに着き、国也は乗り込んだ。女の子とその母親は、同じ電車には、乗らないみたいだ。きっと、特急電車だからだろう。
女の子が、ジッと国也の顔を見ている。
「いつか、また会おうね」
思わず国也は、女の子にそう言って手を振る。女の子は、立ち上がって同じように手を振りだした。
扉が閉まり、電車がゆっくり動き出した。すると女の子は、母親に抱きつき顔を伏せる。国也が手を振っているのを見て、母親が女の子を起こし、手を振らせる。泣いているのだろうか・・・。
国也は、その姿が見えなくなるまで、窓に顔を近づけ、手を振る女の子を見ていた。
「可愛い子だったな。あんなに小さい子なのに、ホントにドキドキしちゃった・・・」
国也は、指定席に座り、何気なく唇をなめた。すると、飴玉の味なのか、ずいぶん甘かった。そして、ほんの少しかもしれないが、女の子に恋心を抱いたような気がした国也。
「いかん、とんでもない!あの子は、幼児だ、忘れよう・・・」
国也は、あえて忘れようと車窓から外の景色を眺めた・・・。
「おかあさん、また会いたい・・・」
「のぎちゃんが思い続ければ、きっとまた会えるわよ・・・」
ホームのベンチで涙を流す女の子を、母親は、頭を撫でて慰めていた・・・。




