蘇る記憶・・・後編
忙しく動いていた看護師が出て行くと、病室は、静まり返る。
また乃菊の瞼がピクリと動いたように見えた。しかし、それに気づく者は、誰もいない・・・。
「菊野さん、すぐに帰りなさい。お母さんが危篤だそうよ」
担任の言葉に、崩れ落ちる乃菊。
「乃菊ちゃん大丈夫?」
クラスメートの塩多真佐代が寄り添う。
「タクシーを呼んだから、一緒に行きましょ」
担任は、乃菊を立たせる。
「大丈夫です、一人で帰れます」
乃菊は、担任とタクシーに乗り、ホテルを出た。駅で担任が新幹線の切符を買い、乃菊に渡す。
「菊野さん大丈夫?一緒に行こうか?」
「大丈夫です、先生は、まだ旅行があるからホテルへ行ってください」
「大阪までは、指定だからね。ちゃんと帰れるわね」
「はい・・・」
気丈に答える乃菊だが、それでも担任は、心配だった。
乃菊は、担任が見送る中、改札を通り、一人ホームへ向かう。
病室を漂う乃菊の記憶。それを感じる者は、ここにはいないが・・・。
「少し遅くなっちゃったな。でもたくさん写真撮ったからいいや・・・」
国也は、ホームで新幹線を待っていた。
「あっ、来た!」
国也は、カメラを構え、新幹線を撮ろうとする。
「何だかCMみたいだ。一緒に撮ろう」
新幹線がスピードを落としてホームに入る姿と、それを待つ一人の女学生。
BGMが流れていれば、そのままコマーシャルに使えそうである。
「よし、いい写真が撮れた」
国也は、城の写真も撮るが、ちょっとした撮り鉄でもある。
扉が開き、乗り込む国也。自動扉が開き、指定席車の通路を進む。向こう側から女学生が来る。
「ここだ」
指定席券の座席ナンバーを確認して座ろうとする国也。
「すみません。私が奥です」
向こう側から歩いて来ていた女学生が、ちょうど隣の席だった。
「あ、どうぞ・・・」
バッグを二つ棚に乗せる女学生。国也は、カバンを膝の上に乗せ、カメラは、手に持ったまま座る。
「カメラマンですか?」
隣に座った女学生が、国也に聞く。
「趣味でお城を撮って来ただけだよ」
国也は、女学生の顔を横目で見る。髪が長くて制服姿も素敵な可愛い女の子だ。おじさんが隣に座らなくて良かった、と思う国也である。
「私もお城を見て来たよ」
「君もお城が好きなの?」
「まさか、修学旅行だよ」
それが、どうして一人なんだ?国也は、不思議に思うが、あえて聞かなかった。
「途中で帰らなきゃいけなくなっちゃたんだ・・・」
女学生は、窓の外を見る。悲しげな表情をしている・・・。
「そうか、残念だね。写真撮ってあげようか?」
「撮ってどうするの?」
女学生が睨む。
「いや、決して変なことに使うわけじゃないよ」
「変なことって?」
そんなとこを突っ込むなよ、と思う国也。
「だから、変なことじゃなくて、少なくなった旅の記念に・・・」
「記念・・・?」
女学生が、不審そうに国也を見る。
「ごめん、余計なことだったね、気にしないで・・・」
国也は、シートを少し倒して、横を向いて寝るふりをする。
「おじさん、撮ってくれる?」
おじさん!?・・・誰のことだ!俺は、まだ25だぞ!と思う国也は、返事をしない。
「じゃ、貸して」
女学生は、強引にカメラを取り上げ、シャッターを押してしまう。
「撮ってあげたから、私も撮って!」
勝手な女学生だ、と思う国也だが、渡されたカメラを女学生に向けて構える。
「綺麗に撮ってね」
ピースをする可愛くて綺麗な女学生を撮る。
「もう1枚」
またシャッターを押す国也。
「じゃあ、いつかまた会ったら写真ちょうだい、おじさん」
おじさんじゃない!
「そうだね、縁があって、また会ったら渡すよ。あ、そうだ・・・」
国也は、財布から少しシワの入った名刺を渡す。
「電話でも手紙でも、言ってくれれば、写真送るから・・・」
「とか言って、交際の申し込み?」
ば、馬鹿な!いくらなんでも中学生相手に・・・。
「それは、あと10年経ってから考えるよ」
そう言って苦笑いする国也。女学生は、名刺をカバンに入れると、目を閉じて静かになる。
それっきり二人は、大阪まで話すこともなく並んで座っていた。
女学生は、乃菊だった。
国也のアルバムの最後のページで、ピースをして写っているのは、新幹線で隣に座った中学生の乃菊だったのだ。
病室の乃菊の瞼が、また動いた・・・。




