彷徨う魂
野も山もぼんやりと見えるだけで、草木も触れることが出来ない影のように存在する。
乃菊は、その中を一人歩いている。
「おじさん、どこなの?私を一人にしないで・・・」
涙が頬を伝って行く。
「早く私を見つけて・・・」
影のような世界を彷徨い歩く乃菊。霧のような空間の中から、黒い影が近づいて来る。
「誰ですか?」
太い金属で出来たような長い槍を持つ大男が、乃菊の前に現れた。
「ここは、どこですか?私、おじさんのところへ帰りたいんです」
「お前は、もう死んでいるんだ。ここは、死人が花安天と泥悔天に振り分けられる別世天だ」
「言っていることがわかりません。とにかく私は、おじさんと幸せになりたいんです。だから、元のところへ行く道を教えてください」
大男が呆れた顔をする。
「死んだお前が行くのは、花安天か泥悔天のどちらかだと言ってるだろ」
「そっちこそわかってないよね。私、死んでないんだもん!」
「やれやれ・・・」
大男が長くて太い槍を、乃菊に向かって突いた。
「キャッ!」
槍は、なんと、乃菊の腹に突き刺さり、そのまま貫通した。
「どうだ、痛くないだろう。それが死んでいる証拠だ」
乃菊は、槍が突き刺さったまましゃがみ込んだ。
「いや、いや!私、死んでない!死んでないもん!こんなの夢だわ・・・」
「往生際の悪い女だ・・・」
大男が槍を抜く。乃菊は、お腹を押さえてみるが、痛みをまったく感じない。
「こんなの夢に決まってる。私、カンテンにもデカイテンにも絶対に行かないから!」
「・・・」
乃菊は、立ち上がって男から離れて行く。
「死んでないもん!」
あてもなく歩く乃菊。どこまでも歩く・・・。
「あっ、何か見える」
乃菊は、走ってその何かに近づく。
「出口だ!」
そこにあったのは、5メートルほどある大きな扉だ。
「やっと見つけたな・・・」
乃菊が振り返ると、さっきの大男だった。
「この扉は、元の世界へ戻る扉ですか?」
大男は、ニヤリと笑う。
「お前が開ける扉だが、その先は、花安天か泥悔天のどちらかだ」
「そんなところへ行かないって言ってるでしょ!」
乃菊は、大男に向かって叫ぶ。
「そうはいかない。私は、お前にその扉を開けさせるのが役目なんだ」
「絶対開けないもん!他へ行く!」
「駄目だ!」
大男が近づいてくる。
「来るな!開けないってば!脅したって無駄だからね!」
乃菊は、扉に張り付く。
「諦めろ。お前は、もう死んでるんだ」
「嫌だって言ってるでしょ!絶対開けないから・・・」
「仕方がない・・・」
大男が、乃菊に向かって、また槍を突いた。
「痛くないんだから、無駄だよお・・・」
「・・・」
大男は、無言で槍を押して来る。
「えっ?いや、やめて!」
槍は、乃菊を貫通したまま、槍の先で扉を押している。
ギギーッ!
「嫌だって言ってるでしょ!怒らせないでよ!」
「怒っているのは、私の方だ!さっさと扉の向こうへ行くんだ!」
大男は、太い腕で槍を押す。少しずつ扉が開いて来る。
「嫌だああああっ!」
乃菊は、両手で自分に突き刺さっている槍を持ち、力を込める。
「お前のような女が、私の力に敵うはずがない。諦めろ!」
乃菊は、さらに力を込める。
「な、何だお前は・・・」
乃菊は、突き刺さった槍を引き抜く。
「ま、まさか・・・」
乃菊の眼は、ワニの眼のように瞳が細くなり、大男を睨む。
「死ぬもんか!」
「う、うわああああっ!」
乃菊は、槍ごと大男を振り飛ばす。
「絶対に死なないから・・・」
乃菊は、また走って行く。
「おじさん、私を呼んで!絶対に帰るから・・・」
乃菊は、涙を流しながらひたすら走って行く・・・。




