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拳聖ケルナの結婚  作者: 小兎


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第7話 拳聖令嬢、戦場で愛を叫ぶ



戦場は、もはや防衛線などという生易しいものではなかった。


大地は裂け、木々は薙ぎ倒され、無数の魔物の死骸が荒野を埋め尽くしている。


その中心。


二つの災害が暴れていた。


「――ふんッ!!」


ナグルの大剣が唸る。


漆黒の斬撃が大気ごと切り裂き、突進してきた巨大オークの群れをまとめて両断した。


ドォン!!


肉片と鮮血が爆ぜる。


さらに間髪入れず、背後から飛びかかった魔狼を振り向きざまに叩き斬る。


速い。


重い。


そして、容赦がない。


その剣筋には、一片の迷いも存在しなかった。


腐っても『剣聖』。


性格は終わっていても、頭の回転が恋愛方面だけ壊滅していても、剣だけは間違いなく大陸最強格だった。


「……クソッ!!」


ナグルは舌打ちする。


「むしゃくしゃする!!」


ズガァァン!!


八つ当たり気味に振るわれた一撃が、大型魔獣をまとめて吹き飛ばした。


「全部俺が悪いのは分かってんだよチクショウ!!」


完全に情緒が終わっている。


周囲の騎士たちは、遠巻きにしながら青ざめていた。


「ナグル様、今日いつもより殺意高くない!?」


「近寄るな!! 巻き込まれるぞ!!」


そんな中。


不意に。


背後から“それ”はやって来た。


ゴォォォォッ――!!


空気が裂ける。


大気そのものが圧縮される轟音。


剣聖であるナグルの反応速度をもってしても、一瞬遅れた。


「――この、大馬鹿者の単細胞剣聖ォォォォォッ!!!」


次の瞬間。


ドォォォォォン!!!


衝撃波が戦場を吹き飛ばした。


ナグルのすぐ隣にいた魔物の群れが、一瞬で“消失”する。


肉片すら残らない。


ただ地面だけが巨大なクレーターとなって抉れていた。


「…………は?」


土煙の向こうから現れたのは。


金髪を暴風になびかせ、銀色の手甲を輝かせた一人の令嬢。


ドレスの裾は大胆に裂かれ、空色の瞳には怒りの炎が燃えている。


ケルナ・フォン・アストレア。


王国最強の拳聖令嬢であった。


「け、ケルナ……!? なんでお前が……!」


ナグルが目を見開く。


ケルナは鬼のような形相で叫び返した。


「決まっていますでしょう!!」


ドゴォン!!


飛びかかってきた魔獣の頭部が、正拳突きで爆散する。


「あなたみたいな死に急ぎの大馬鹿者を!!」


さらに回し蹴り。


大型個体が遥か彼方へ吹き飛んだ。


「地獄の底から引きずり戻すためですわァァァ!!」


「怖ぇよ愛が重ぇよ!!」


「黙りなさい!!」


そのまま二人は背中合わせになる。


まるで昔からそうであったように。


息を合わせるでもなく。


自然に。


互いの死角を埋める位置へ。


押し寄せる魔物の群れを、二人は会話しながら“掃除”し始めた。


「うるせぇ!! 俺は別に死ぬ気なんか――」


ザシュ!!


ナグルの斬撃が魔狼の群れを消し飛ばす。


「ただ昨日の俺がダサすぎて!! 動いてねぇと死にそうだっただけだ!!」


「それを世間では八つ当たりと言うんですのよ!!」


ケルナの拳圧でオーガの上半身が消滅した。


「だいたい!! あなたがはっきりしないから、こんなややこしい事態になったんでしょうが!!」


「あぁ!? 俺だって、いつかちゃんと言おうと思ってたんだよ!!」


「その『いつか』が遅すぎるんですのよ、この万年遅刻剣聖!!」


二人の怒鳴り合いが激化するにつれ。


周囲の魔物たちが、明らかに怯え始めていた。


「ギ、ギギ……」


「グルル……」


後退りする魔物。


逃げようとする個体まで出始める。


もはやどちらが魔物か分からない。


そこへ。


ズシン――。


巨大な影が立ち上がった。


『グルァァァァァァァァッ!!!』


地響き。


咆哮。


A級災害指定個体アースドラゴン


山のような巨体が大地を踏み締め、怒り狂ったように吠えた。


その威圧感に、周囲の騎士たちが顔を青くする。


「ア、アースドラゴンだ……!」


「終わった……!」


しかし。


今のケルナにとって、それは単なる雑音でしかなかった。


「――うるさい!!」


空色の瞳が吊り上がる。


「さっきからギャアギャアと!! 黙ってらっしゃい、このトカゲェェェ!!」


地面が爆ぜた。


拳聖令嬢、跳躍。


常識外れの脚力で空へ舞い上がる。


そのまま重力を無視した速度で、アースドラゴンの眉間へ突撃。


銀色の手甲が、眩く輝く。


「――――ッ!!!」


渾身。


全霊。


怒り百二十%。


拳聖ケルナのストレートが、ドラゴンの顔面へ叩き込まれた。


ボォォォォォォン!!!!


巨頭が地面へめり込む。


大地が陥没。


衝撃波が周囲の魔物をまとめて吹き飛ばした。


「ギャアアア!?」


「余波で死ぬゥ!?」


騎士たちが悲鳴を上げる。


そして。


ケルナは、そのままドラゴンの頭を踏みつけた。


完全制圧。


アースドラゴン、わずか一撃で沈黙。


拳聖怖い。


ケルナは肩で息をしながら、振り返る。


空色の瞳には、怒りと――涙が浮かんでいた。


「そもそも!!」


彼女は叫ぶ。


「あなたがさっさとプロポーズしてこないのが悪いんでしょう!?!?」


「…………え?」


ナグルが固まった。


戦場も固まった。


騎士たちも固まった。


「わたくしが!!」


ケルナの声が震える。


「どれだけ待っていたと思っているんですの……!!」


風が吹く。


金髪が揺れる。


涙が零れた。


「世間に『行き遅れ』だの!! 『鉄の処女』だの好き勝手言われても!!」


ドゴォン!!


踏みつけられたアースドラゴンが地面へさらに埋まる。


「お父様の持ってくる見合いを物理で粉砕して退けてきたのが!!」


さらにめり込むドラゴン。


「どれだけ大変だったか分かっていますの!?!?」


『きゅぅ……』


アースドラゴンが弱々しく鳴いた。


完全に被害者である。


だが誰も気にしていない。


ケルナの涙は止まらなかった。


「全部!!」


拳を握り締める。


「全部……あなたじゃなきゃ嫌だったからなのに……!!」


戦場に、拳聖令嬢の絶叫が響き渡る。


騎士たちは誰も動けなかった。


魔物たちですら沈黙していた。


その中心で。


ナグルだけが、呆然と立ち尽くしていた。


胸の奥が熱い。


痛い。


苦しい。


嬉しい。


いろんな感情が、一気に溢れてくる。


目の前には、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、それでも真っ直ぐ自分を睨みつけるケルナ。


――ああ。


ナグルはようやく理解した。


自分は、この女に。


ずっと昔から、どうしようもなく恋をしていたのだと。

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