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妹に婚約者を奪われた姉ですが、獣人皇帝からの溺愛が待っていました  作者:


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 扉一枚隔てた向こう側。

 喧騒を耳にしながら、ナタリアは落ち着かずどこかソワソワしていた。


 もう間もなく、国王直々にナタリアとアレクセイの婚約の発表が行われる。合図が出たら二人で入場、といった手筈になっていた。


 アレクセイとエカテリーナ曰く、根回しは全て済んでいる。だからこそナタリアは好き勝手引っ掻き回して構わない、とのことだったが――私は一体どうしたいのだろうという疑問が、ナタリアの中を渦巻いていた。


「ナタリア、少しいいか」


 そんな疑問を打ち消すように、頭上からアレクセイの声がかかる。ハッとなって見上げれば、アレクセイその人が、なにかを手にしていた。


「これは私手ずから付けたくてな。侍女たちにも渡していなかったんだよ」


 そう言ったアレクセイの手の中には真っ赤なルビーのブローチがひとつ。これまでナタリアが見た中でも一番大きく、そして冴え冴えとした赤いルビーだった。

 扉の両端に立つ衛兵からも感嘆の声が漏れる。アレクセイの持つルビーは、一生に一度お目にかかれるかという超一級品だった。


 ――まるでアレクセイ様の目のようだ。


 ナタリアはブローチに思わず見惚れてしまう。アレクセイはどこか満足そうな様子で、そのブローチを、ナタリアの左胸に付けてしまった。


「これは私の家系に代々伝わるものなんだよ。私たちと同じ目の色をしたルビー。妻になる女に贈れ、と受け継がれているものだ」

「……そんなものを、私が……」

「なんだ? 今になってやっぱりアレクセイ様は嫌だなんて言うつもりか? その願いは聞いてやれんぞ。私はもうお前を手放す気は毛頭ないからな」

「……そうではなくて……本当に、アレクセイ様の妻として認めていただけるのだな、と思って……」


 心臓の上につけられたブローチ。重くないと言えば嘘になる。でもこの重さごと、アレクセイの想いの深さを表しているようだった。

 つけられたブローチをそっと撫でる。撫でた指にはもちろん、アレクセイと交換した指輪も光っていた。


「……ありがとうございます、アレクセイ様」

「礼には及ばん。むしろ礼を言うのはこちらのほうだ。まさかこの私が伴侶を見つけるとはな。国に帰った時の兄弟の反応が楽しみだ」


 と、喧騒で溢れかえっていた扉の向こう側が静かになる。国王によるナタリアとアレクセイの婚約発表が行われているのだろう。


「さてナタリア。そろそろ時間だろう」


 ほら、とアレクセイが腕を差し出した。

 エスコートのされ方。もちろん知ってはいるし、元婚約者(セルゲイ)に代わり、父親にエスコートされたことは何度かあった。けれどこうして、意中の殿方にされるのは初めてのことだ。だからナタリアは戸惑ってしまう。


「どうした? このやり方は不満か。ならば横抱きにでもするか? 私は一向に構わんのだが」

「! それはいけませんよ……!」

「そうか? 意表がつけて良いと思ったのだがな」


 ナタリアは慌ててアレクセイの腕に、手を回す。アレクセイならやりかねなない、そう判断したのだ。


「初めてなんです、父親以外の方にこうしてエスコートされるのは」

「……元婚約者は相当お前のことをないがしろにしていたんだな」

「……もう全て今さらですよ」


 そう、全て今さらなのだ。

 全て丸く収まった。ナタリアは愛する伴侶と共になることができた。今までのことはもう、全て今さらなのだ。


 そしてナタリアは、たとえば物語にあるような、苛烈な虐待を受けていたわけではない。

 食事を抜きにされることなどなかった。ドレスが破かれることも。使用人のような扱いを受けたこともない。


 だからもう、目を瞑るべき、なのだろう。

 でも――、


「アレクセイ様。たとえば……どういう風に言えば、ギャフン、になるんでしょう?」

「たとえばもなにも。お前が思ったように言えば良いだけだろう」

「……でも、難しくはありませんか? 思ったように、言う、だなんて……」


 そうか? とアレクセイは首を傾げる。


「罵詈雑言でも良いと思うし……、……もしくは、相手の意表をつくことを言ってのけるのも良いだろう」

「……意表……?」

「あぁ。少し調べたさせたんだがな、お前の妹、あれは仮病を使っているのではないか?」

「えっ……」


 ふうむ、とアレクセイが顎に手をかける。あまりに白々しい動作だった。


「職権濫用と罵ってもらって構わぬのだが……お前の屋敷への医者の出入りと、薬の流れを調べさせたんだ。だがな、医者の出入りはあれど、これといって目立った処方がなかった。それこそ、特定の、重篤な病を想起させるようなものはなにも、な」


 ――言われて、ナタリアも思う。

 エミリーは体が弱いとずっと言われてきた。だからこそ、そういうものだと思い込んできた。

 けれど今の彼女は、――少なくともここ数年は夜会を欠席したことはなかった。むしろ、ナタリアより肌艶が良いと評判なぐらいで――、


「お前の妹、なんらかの理由で仮病と偽っていたとしてもなにも不思議ではない。そして、その妹につきっきりだったお前の元婚約者。近くにいるからこそ、妹が元気なのは馬鹿なあやつとてわかるはずだ」


 だからこそ思うんだがな。アレクセイは続ける。


「あの二人はお前を愚弄するために罠に嵌めたのだろう。婚約破棄、だなんて茶番がすぎる罠に」

「……」

「まぁ私の話を信じるも信じまいもお前次第だ。お前の妹が本当に病を患っている可能性もあるし、元婚約者と本当に、心から愛し合っている可能性だってあるからな」


 と、そのとき、合図が出た。

 アレクセイとナタリアが、良し、とひとつ頷けば、扉はすぐに開かれる。

 衛兵たちが扉のノブに手をかけた。

 そのときだった。ナタリアが、アレクセイの袖を掴んだのは。


「……アレクセイ様」

「どうした」

「私の願いを聞いてはくれませんか?」


 思ってもなかった提案だったのだろう。

 アレクセイは目を丸くして、けれどすぐに頷いた。


「もちろんだとも。言ってみろ。お前の望むものなら、なんだって叶えてみせようじゃないか」

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