20
「ええ……?」
その翌日のこと。
朝食を終えたナタリアは、控えめかつ驚愕の声を漏らした。
「言ったであろう。諸々の用意は任せろと。だがそれはそれとしてお前の好みも聞いておきたかったんだ。どれが好みだ。言ってみろ」
ナタリアの前にずらりと並ぶのは、王室御用達のデザイナー、職人による豪華絢爛なドレス達。背後にはダラダラと冷や汗を流す、商人の老齢の女性が立っていた。
「夜会は明日だからな。少しでも早く選び、お前用に調整する必要があると思ってな」
「……確かにそれはそうかもしれませんが……」
とはいえ起き抜けの頭ではどれも素敵に見えてしまう。
公爵令嬢である自分ですらまとったことのないような超一級品のドレス達。どれも素敵だ。目移りしてしまう。
「……アレクセイ様はどう思われますか?」
「どれでも似合うんじゃないか?」
腕を組みながら、アレクセイは真剣な面持ちで告げる。言葉に嘘はないようだ。
「うう……そう仰られると……さらに迷うと言いますか……」
「実際そうだろう。きっとどれでも似合うはずだ」
「……勿体無いお言葉で……」
悶々と悩むナタリアに、やがて商人の女性の方が、控えめに声をかけてきた。
「……あのぉ……僭越ながら申し上げますとぉ……パートナーの髪や目の色のドレスが主流でしてぇ……」
ナタリアもさすがにそれぐらいは知っている。
アレクセイ様の色……とちらりと見上げると、アレクセイも同じことを考えていたらしい。ばっちり目があった。
「そうなると白か赤のドレスになるのか?」
「……そうなるでしょうね……」
「どちらでも似合うだろうが、私としては白が好みだな」
長い尻尾をゆらゆらさせながらアレクセイは言う。
「……白ですか……? 理由をお聞きしても?」
「赤だと、私の色というよりは自分の目の色に合わせたように見えかねないからな」
ほら、とアレクセイはナタリアの目を見つめて、自身の目を細めた。
「だったら白のほうが良いだろう? 私の妻だというのが一目でわかる」
「……ずるいですよ。そういうことを仰られると白以外は選べないじゃないですか」
「私はどちらでも構わんよ。どの色を選ぼうが、お前は私の妻だと周囲に教え込ませる必要はあるからな」
なぁ? とアレクセイが小首を傾げた。
「他の男に目移りする暇があると思うなよ? もちろん元婚約者のあいつにも、だ」
ゆらゆら揺れていた尻尾がナタリアの足に絡みつく。ドレスを選ばなければいけないのに、ナタリアの意識はもうアレクセイだけに向いている。
「……あのぉ……すみません……結局どちらになさいますか……?」
気まずそうに商人の女に声をかけられて――そこでようやく、ナタリアは自分の本分を思い出したのだった。
*
「思うんだがな」
商人も帰り、他にもアクセサリーや髪型の打ち合わせなどに奔走し、気づけばあっという間に夜になっていた。
二人で夕食のテーブルを囲みながら、アレクセイがやおらナイフを置いた。
「私は純血の人間の苦痛に歪む顔が好きだ。いやまぁ、なんだ、苦痛を感じていなくても、それに近しい顔に興奮を覚えるというか。お前の困り顔は特にそそられるもので……」
「……あの……」
突然どうしたのだろうか。それこそナタリアが困り顔で問えば、アレクセイは話を戻すように仰々しい咳払いをした。
「……その……遠いご先祖様の恨みを晴らしているような……いや、これも娯楽のひとつというだけの話で……。本当に人間を忌み嫌っているわけではないのだが……」
いつも断定するような口調のアレクセイが、珍しく口籠る。
珍しい、と思いながら、ナタリアは次の言葉をじっと待った。
「……ただそれを抜きしても……お前の妹と元婚約者。あいつらはその、……馬鹿なんだろうな。考えなしと言ってもいいもしれない」
「……馬鹿……」
「いや、気を悪くしたら申し訳ないんだが……馬鹿だろうあいつらは。元婚約者もなかなかのものだが、お前の妹。あそこまで私に愚弄され、それでも私に媚びへつらう姿は、馬鹿か考えなしか自意識過剰のどれかだろうよ」
どう答えるべきかわからず、ナタリアは押し黙る。そしてアレクセイはそれを肯定と取ったのだろう。少し間を置いてから、話を続けた。
「……ナタリア。私の住む国はここからずっと遠くにある。ここを発ってしまえば、しばらくは妹とも元婚約者とも顔を合わせることはなくなるだろう」
「……」
「そこで私は思うんだがな。明日の夜会。お前の一家全員と元婚約者も出席するはずだろう? お前は見たいと思わないか?」
アレクセイは笑ってはいなかった。
ただ、本当に、あくまでナタリアの意思を尊重するといった体で――
「――お前を愚弄した奴ら。あやつらがお前に直接手を下されたとき――一体どんな顔をするのか」




