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妹に婚約者を奪われた姉ですが、獣人皇帝からの溺愛が待っていました  作者:


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18


「正直に言おう。私はお前を、お前の屋敷に帰したくない」


 借り物のタウンハウスに到着するなり、アレクセイはきっぱりと告げた。


「これは下心があってのものではない。お前を、あの父親や妹のいる家に帰したくないんだ。……正直なところ、そろそろお前自身に危害が加わってもおかしくないと私は踏んでいてな」


 だから、とアレクセイは続ける。


「私の元に来い。危害は加えない。それは必ず約束する」


 迷いは――なかった。あまりに真剣に言われるものだからナタリアは頷くことしかできなかった。

 それに、ナタリアとてアレクセイと同じ考えだったのだ。今日に限っては両親とも、妹とも、もう顔を合わせたくはなかった。もしかするとセルゲイの家の使いが謝罪に来ている可能性だってある。けれどナタリアはもう、誰にも会いたくはなかったのだ。


「……よかった。お前の屋敷にはこちらから使いを出しておく。それから服だな……これは少し時間がかかるだろうが、今日中には必ず手配させよう」


 安堵したようにアレクセイは告げ、改めてナタリアを抱きしめた。

 抱きしめるのに、もう前置きすることもしなくなった。だけれどナタリアは悪い気はしなかった。アレクセイの広い背中に手を回し、抱擁を黙って受け入れた。



 タウンハウスの使用人たちは、驚きつつもナタリアを歓迎してくれた。

 それから屋敷内を簡単に案内され、アレクセイと共に夕食に舌鼓を打っているうちに、ナタリアの衣装一式が無事に届けられた。

 採寸をしたわけではないので大体なんですが、と申し訳なさそうにする使いに、ナタリアはただひたすらに頭を下げることしかできなかった。







 湯浴みも終えてあとは眠るだけ。

 アレクセイとはもちろん寝室は別々。一人ベッドに横になり、――ナタリアは、眠れずにいた。


 考えることが山ほどあったからだ。

 アレクセイとの婚約はどうなる? 

 もしアレクセイのあれが全て戯言――そうでなくても頓挫してしまったのなら、これからの私はどうなってしまうのだろう。


 悩みはナタリアの目を冴えさせた。

 仕方なし彼女は、少し気分転換に屋敷の中を歩くことにした。

 本当は夜風に当たりたかった。だが昼間のことを思い出し、バルコニーに出るのは躊躇われのだ。

 

 部屋の扉を開けて、あ、とナタリアは思わず声を上げた。

 アレクセイが、ナタリアの部屋の扉近くで、ゆらゆら尻尾を揺らしながら、壁に寄りかかる形で立っていたからだ。


「……こ、……こんばんは……?」

「…………一応言っておくが、夜這いではないからな。……まぁなんだ。お前が休めているか気になってな。とはいえ侍女を呼び出してまで確認するのもどうかと思い、ここで立っていたんだが……」


 少しバツの悪そうな顔でアレクセイは捲し立てる。


「その、なんだ……ナタリア、きちんと休めているか?」

「……、……休めてない、です……」

「……まぁそうだろうな。でなければこうして部屋から出てくることもないだろうからな」


 ふむ、と神妙な面持ちでアレクセイが腕を組む。


「力になれることはあるか?」


 ある、というより、はっきりさせたい、のほうが正しいだろう。

 だからナタリアは、ゆっくりと首を縦に振った。


「……少しでいいんです。だから、お話しできませんか?」

「いくらでも付き合おう。それなら食堂にでも……」

「……あまり他の人の耳には入れたくないんです。あの、ですから、私の部屋で……」.

 

 夜。自分の屋敷ではないとはいえ、殿方を自室に招くこと。

 その意味を知らないほどナタリアも子供ではない。だけれど、アレクセイであれば、きっと、自分を無碍にすることはないはずだ。

 それに賭けたナタリアは、自室の扉を自ら開いた。


 アレクセイは驚いたような顔をしたが、それ以上言及することはなかった。黙ったまま、ナタリアと共に部屋へ入ったのだった。






 入室したアレクセイは、けれど扉の近くから動こうとはしなかった。

 彼なりの誠意なのかもしれない。だからナタリアも、それに従って、扉の前で立って話すことになった。

 時刻は深夜。早くケリをつけないと、アレクセイの睡眠時間まで削ることになってしまう。

 ナタリアは一度大きく深呼吸をして、改めてアレクセイの方を向く。


「……単刀直入に聞きます。……アレクセイ様。私と結婚したい、というのは、……本当に、本気のお言葉ですか……?」


 アレクセイの真っ赤な目が、一度だけ大きく見開いた。

 そしてそれきり彼は黙り込んでしまう。

 

「……」


 ――やはりあれはただの戯言だったのだろうか。


 ナタリアの胸に、大きな不安が渦巻いていく。

 早くなにか答えてほしい。でなければこのまま泣いてしまいそうだ。しばらく沈黙が流れ、我慢できなくなったナタリアが口を開きかけた、そのときだった。

 アレクセイが、ナタリアの脇で跪いた。いつのまにか握り拳になっていた彼女の手を取る。包み込むように大切に握り、――意を決したように、口を開いた。


「――本気だとも。戯れで言っているのではない。私は、お前を妻として迎え入れたいと思っている」


 アレクセイの目は本気だ。

 だけれどそれでも、ナタリアの中には疑念が残る。

 彼は散々、ナタリアを冗談めかして翻弄するようなことがあったのだ。だからこそ本気と捉えて良いのかがわからない。

 契約書じみた文書を交わすこともできない今、口答での話をどの程度信じていいのか、ナタリアはもうわからなかったのだ。


「……本当に信じていいんですか?」

「本当だ。どうしたら信じてくれる?」

「……それは……」

「……信じられないという気持ちは理解できる。だがナタリア、……もしこのまま言葉を重ねても信じられないというのであれば、私は、実力行使に出るしかなくなってしまう」


 実力行使。

 手を握ったままアレクセイが立ち上がった。

 穴が開きそうな勢いで、赤い目がじっとナタリアを見下ろす。


「――アレクセイ、様……」


 そしてナタリアに呼ばれたのがトリガーになったのだろう。

 アレクセイは無言のまま、ナタリアを抱きしめた。


「……っ……」


 昼間は、ただただ嬉しくて、ひたすらにアレクセイの熱を享受していた。

 だが今は違う。不安で焦がれる胸。アレクセイの体温は、あるいは今のナタリアにとっては毒のようですらあった。


「……これは困ったな、ナタリア」


 低い声でアレクセイが囁く。

 先ほどの、どこか切実さを孕んだものとは違う。どこか獣らしい、獰猛な色をまとったものだ。

 怖い、とはナタリアは思わなかった。少なくとも、昼間、セルゲイに感じたような恐怖はなかった。

 だがそれでも、本能が告げていた。私はアレクセイ様の内に宿る『何か』に火をつけてしまったのでは、と。


「アレクセイ様っ……待ってください……っ」

「……そう思うならその顔をやめろ」


 どんな顔ですか。無意識のうちにアレクセイのほうを見上げ、ナタリアは後悔する。

 男の顔をしていたから。皇帝の仮面を捨て去った、一人の男の顔が、そこにあったからだ。


「やめろと言うその顔、……それがどれだけ私を煽っていると思う。お前のそういう顔は見たくないはずだったんだがな……、……なぜだろう。今は、そそられて堪らない」


 鼠獣人特有の長く太い尻尾を巻きつけて、さらには両腕で強く掻き抱きかれ、ナタリアは身動きが取れない。それをいいことに、アレクセイはひたらすらにナタリアの顔に口づけを繰り返す。額、瞼、頬、こめかみ。唇は絶対に奪おうとしないのは、彼なりのプライドなのかもしれなかった。


「一週間限定。約束は果たすつもりだった、……手放す気だったんだがな」


 腰を抱いていた手の力が強くなる。

 アレクセイの思いを、そのまま、表しているようだった。


「皇后の座が重いのなら私も皇帝を退こう。言ったであろう、私の後釜などいくらでもいると」


 あまりに近い距離で囁かれ、ナタリアは恥ずかしさのあまり目を閉じる。

 だがそんなこと許さない、とでも言うように、アレクセイはさらに熱っぽく囁いた。


「その顔もいけないな。言っただろう、私は、人間のそのういう顔が好みだと」


 慌ててナタリアは目を開ける。

 だが開けて後悔した。アレクセイの、吸い込まれそうな赤い瞳が、じっとりと熱を帯びていたからだ。


「アレクセイ様、もうわかりましたからっ……」

「わかっていない。お前を責めるつもりはないが、言葉を重ねるだけではだめだった。なればこそ、言葉と、動作も伴って伝えるべきなのだろう?」


 アレクセイは止まるところを知らない。


「――私と共に来い。苦労はさせん。お前の元婚約者のように、お前を愚弄することはないと誓ってみせる」


 アレクセイの唇は、相変わらずナタリアの顔に点々と口づけの雨を降らせる。瞳と同じで唇も熱くて、ナタリはもう、深く考えることができなくなっていた。


「言ってみろ。お前はどうしたい? お前の望みなら全て叶えてみせよう」

「っ……私には過分すぎるお言葉で……」

「……、……伝わっていないようだな。……純血の人間はこういうときなんと言うんだったか」


 しばらく逡巡して、あぁ、と納得がいったようにアレクセイが呟いた。


「愛しているよ、か」

「あっ――……」

「愛しているよ、ナタリア。だから私のものになれ。なに、私はお前の元婚約者とは違って一途だと思うんだがな」


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