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妹に婚約者を奪われた姉ですが、獣人皇帝からの溺愛が待っていました  作者:


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17


 ――セルゲイ様には処罰が下るんだろうか。



 心配のような、不安のような気持ちを抱きながらアレクセイの馬車に乗り込んだナタリアは、けれどすぐにそれらの考えも霧散してしまった。

 馬車の扉が閉まるなり、なんの前置きもなしにアレクセイに抱きしめられたからだ。


「っ、アレクセイ様……!?」

「……不愉快だ。お前からあいつの匂いがする」


 すんすん、と頭から耳の裏、首筋とアレクセイの鼻先が掠める。吐息のくすぐったさと、これまでになかった少し強引なやり方。戸惑いと、それを上回る気恥ずかしさからなにやらで、ナタリアは思わずアレクセイをぐいぐいと押しのける。


「……む……、……いや、すまない……ついカッとなってしまってな」


 特に抵抗するでもなく、するりとアレクセイの腕が解かれる。

 それにホッとしたような、がっかりしたような。不思議な気持ちのまま、ナタリアはおずおずとアレクセイを見つめた。


「……アレクセイ様、……その、助けていただいて本当にありがとうございました。あのままだと本当に……一体何をされたか……」

「構わん、……というより、私のほうこそお前から目を離すべきではなかった。……怪しい馬車が後をつけているとの報告が入ってな。それを聞いているうちにこのザマだったわけだ」

「……もしかしてあの、内密のお話がそれで……?」


 ナタリアが拐われるきっかけになった、あの、アレクセイが唯一目を離した瞬間。

 ナタリアの言葉に、そうだ、とアレクセイが短く肯定する。


「これは私の護衛の落ち度だが、お前が馬車に乗り込むのを見ていた奴がいたんだ。そのとき無理にでも助ければよかったものを……まぁそのまま馬車を追い、結果すぐに助けだせたというわけだ」

「……あの隠し部屋がわかったのは……」

「それはあの馬鹿にも言った通りだよ。お前がいなくなったのに気づいたとき、たまたま(あいつ)が通りがかってな。私も鼻が効くほうではあるが、やはり本物には敵わない。肉を引き換えに手伝ってもらったんだ」


 なお、件のドブネズミは、現在護衛とともに移動しているらしい。セルゲイのタウンハウスより、市場のほうが良い匂いに溢れ、美味しいご飯にありつけると結論づけたらしかった。


 一連の説明を終えて、アレクセイは力が抜けたようにずるずるとだらしない姿勢になった。

 いつだって皇帝然とした姿勢を保っていたアレクセイ。その珍しい様子に、ナタリアは目を白黒させる。


「あぁ、でも、……よかった……本当に……、お前が拐われたと聞いた時は本当に血の気が引いた」


 ナタリアのほうは見ずに、アレクセイはどこか遠くを眺めながら告げた。それから大きなため息をひとつ吐いて、だらしなかった姿勢を元に戻す。


「……ナタリア、抱きしめても構わないだろうか。やはりお前からあの男の臭いがするのは腹が立つ」

「……抱きしめてしまったら、不快な匂いがもっと濃く感じられるのでは?」

「だから私の匂いで上書きする」


 あ、と思ったときには腕が引かれ、アレクセイの胸の中に収まっていた。

 そのまま、アレクセイが本当に匂いを移すように、ナタリアの肩口に、自身の額を擦り始める。長い髪が頬に当たったのがくすぐったくて、ナタリアは思わず笑い声を漏らした。


「ふ、ふふ、アレクセイ様、くすぐったいですよ」


 なおもアレクセイは止めない。

 くすぐったさに、ナタリアの目には次第に涙が浮かぶ。あぁ、涙まで、と自覚したところで、不意にナタリアの笑い声が止まった。


 ――くすぐったくて笑っていたはずなのに。

 どうしてだろう。涙がぽろぽろと溢れ出した。


 やがて涙は嗚咽とともに溢れ出す。

 アレクセイはもう額を擦ることはやめて、いつのまにかナタリアの背中をゆっくりと撫でていた。


「……本当に乱暴なことはされていないだろうな?」


 ――されていません。本当に大丈夫です。

 声にしたいのに、口から漏れるのは嗚咽ばかりだ。だからナタリアは必死になって、首を縦に振る。


「本当にすまなかった、……目を離すべきではなかった」

「あ、……アレクセイ様はなにも悪くなくてっ……すぐに助けに来てくれましたし……っ……!」


 ――そうとも。アレクセイの到着が早かったおかげで、乱暴なことはなにもされずに済んだ。

 それなのに、今更になって体の震えが止まらなかった。ナタリアの体からは力が抜けていく。彼女を抱く、アレクセイの腕の力ばかりが強くなっていく。


「でも、……でも……っ……怖かったです、アレクセイ様……!」


 怖かった。セルゲイ様のあの様子、あのまま本当に純潔を奪われてもおかしくはなかった。

 それに――仮にも元婚約者で、付き合いの長い彼に、あんな一面があったなんて。もう誰になんと言われようが、セルゲイとの関係を修復するのは無理なのだとナタリアは実感していた。


 ――怖かった。本当に怖かった、でももう、それ以上のことはなにも言えなかった。

 アレクセイはなにも言わず、ただじっとナタリアのことを抱きしめ続けた。そうして、アレクセイの泊まるタウンハウスに到着する頃――ようやく、ナタリアは泣き止んだのだった。

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