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妹に婚約者を奪われた姉ですが、獣人皇帝からの溺愛が待っていました  作者:


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14


 馬車に乗る時は、決まってナタリアとアレクセイは隣り合って座っていた。

 だがそれとて距離はあった。近すぎず遠すぎず。お互いの身分と立ち位置を弁えた位置だった。

 それなのに――、


「お前が嫌でなければ、すぐにでも抱きしめてしまいたい。もっと触れ合いたい」


 アレクセイが、甘い声で囁いてくるではないか。


「無理強いはしない。それは私の好むところではないからな」

「あ、アレクセイ様は……ひ、人の苦しむ顔を見るのがお好きなのでは……? それでしたら無理にでもしたほうがお好きな顔が見れるかと……っ」

「……それは確かにそうだな。だがどうしてだろうな? 今、別にお前のそういう顔を見たい気分ではないんだ」


 アレクセイは、本当に不可解だ、とでも言うような神妙な面持ちだ。


「……いやしかし……初めて会った際、お前の泣き顔にそそられたのも事実で……」

「……あの……?」

「……物は試しとも言うしな」

「え、っ……きゃ、っ……!?」


 腕を強く引かれて、抗う間もなくアレクセイに抱きしめられてしまう。

 それと同時にゆらゆら揺れる鼠の尻尾がナタリアの足に巻きつく。全身をがんじがらめされるような抱きしめられ方だった。


「……む」


 自分から強引に抱きしめておいて、アレクセイのほうが先に不可解な声を漏らした。


「無理強いはしないつもりだったんだがな。お前を見ているとつい手が出てしまった。……どれ、嫌な顔をしているのか?」


 アレクセイの腕の中。ナタリアは自分を抱く男の顔を見れない。強引な触れ合いのはずなのに、嫌な気持ちがしなかったから。これまで味わったことのない、痺れるような甘い痛みが胸を貫いていたからだ。


「こちらを向いてはくれないか」

「わ、私、今はアレクセイ様好みのお顔ではなくて……っ……」

「……好みの顔じゃないほうが嬉しいんだがな」


 思ってもいなかった言葉を耳元で囁かれ、ナタリアは、無意識に顔を上げる。

 真っ赤な目と目が合う。ナタリアの指に光る、ルビーと同じ色の、真っ赤な目が――、


「……なるほど?」

「……なるほど……?」

「いやな、実は飽き飽きしていたんだよ」

「……飽き飽き?」

「お前と交換した指輪を眺めながら、お前のことを思い出すのを。どうせなら指輪(こんなもの)ではなく、もっと近くで見たいと」


 ――聞くべきではなかった。耳を塞ぐべきだったとナタリアは悶絶する。

 相手のことを思いながら指輪を眺める。それはナタリアにも覚えがあった。全く同じことをしていたからだ。

 そしてアレクセイも同じだったなんて――率直に嬉しく感じてしまった。


「顔のほうも真っ赤なだけじゃないか。つまらんな」

「つ、つまらないなら離してください……! 第一どんな顔を望んでいたんですか……!」

「どんな顔……? どんなものだろうな、笑っていてほしかったのかもしれない」

「……っ……」

「私にこうされるのは嫌か?」

「そういうわけでは……! けれど今こうする理由などないはずですよ……!」

「あるとも。私がこうしたいからしている。立派な理由だろう」


 ナタリアが本気で拒絶していないのを察したらしい。アレクセイは腕の力を緩めることなく、鼠を檻に閉じ込めるが如く、離そうとはしなかった。

 

「……な、……なんでそんな……だ、抱きしめたい具体的な理由は……。見つめ合うだけなら抱きしめる必要なんて……っ」

「……、……こうしているほうがお前を近くで見れるし、感じれるだろう?」


 だからこそナタリアはもう、諦めるしかなかった。惹かれ始めてる、なんかじゃない。自分はきっと、この、鼠の皇帝を好きになってしまったのだと。


 認めてしまえば、後はそのほうが楽だった。

 強張っていた体の力が抜けていく。これまで散々抱き寄せられておいて、初めてアレクセイに体を預けようと思った。


「……アレクセイ様のお体、温かいですね。……それに胸もすごくドキドキしてる……」


 しなだれかかったアレクセイの体は思いのほか熱かった。鼓動だってナタリアに負けないぐらい早鐘を打っている。


「……鼠は人間より体温も高いし鼓動も早いんだよ」


 声も少し上擦っている気がしたが――ナタリアはあえて指摘することなく、そのまま体を預けることにした。







「……そういえば昨日は大丈夫だったか」


 しばらく黙ったままでいたが、ふいにアレクセイが小さな声で尋ねてきた。

 昨日は珍しく誰の迎えもなかった。嫌な予感を感じながらも、さしものアレクセイも屋敷の中までは足を踏み入れることはできなかった。

 結果――あのザマだったわけだが。


「……少し面倒でしたけど……でも鼠が急に走ってきたおかげでどうにかなって……、……もしかしてあの鼠もアレクセイ様が……?」

「なんだ、あやつら、ちゃんと仕事はしたようだな」

「仕事……?」

「いつだったか……お前を待つ間に庭で鼠を見かけてな。そのときに言っておいたんだよ。屋敷内で普段と違う怒号が聞こえたらそこに向かって走れ、と」

「そ、そんなことまできるんですか……」

「難しい指示はさすがに無理だが、その程度であれば可能だ」


 どうにかして礼の品でも届けさせないとな、とアレクセイは付け加える。


「……それでだ。これからどうする?」

「へっ、……ご予定の予定は……?」

「ない。街を見回るのも飽きたしな。なにも考えていない。どこか見所でもあるなら教えてはくれないか」


 ――見所、とナタリアは胸内で反芻させる。


「け、景色の見える小高い丘とか……?」

「……小高い丘……」


 珍しく言葉をおうむ返ししたアレクセイは――そのまま大声で笑いだした。


「わっ、笑うことではありませんよ! う、上から見ることでわかる、街の動線や作りとかもあるでしょうしっ……!」

「ふ、ふふ、……いや、すまないな。元が鼠だからだろうか、屋根以上の高さのあるところに行こうという発想がなかったんだよ」


 ぷりぷりと怒るナタリアを宥めるように、アレクセイが彼女の頬をゆったりと撫でた。


「怒るな。お前と一緒ならどこでも楽しいだろうよ」


 甘く優しいい声で囁かれてしまえば、膨らんでいた怒りもすぐに萎んでしまう。

 ナタリアはか細い声で、はい、とだけ返事をするので精一杯だった。

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