13
その翌日。しれっとした顔で、アレクセイはいつものようにナタリアを迎えに来た。
「おはようナタリア。今日も美しく……、……おや、これはこれは。お父様までご一緒とは」
ナタリアと共に連れ立ったのは、父であるデニスだ。「どうしても陛下に話さなければいけないことがある」と一緒に顔を出すと言って聞かなかったのだ。
デニスの顔を見るなり、アレクセイは、にや、と嫌な笑みを浮かべた。
宣戦布告とも取れそうな、けれど同時に、勝者が浮かべるような強い笑みだった。
「おはようございます、陛下。……たいへん不躾な話かつ単刀直入に申し上げるのですが……娘を連れ回すのはもうおやめになってはくれませんか」
「なぜ?」
「……娘はまだ未婚の身。あらぬ噂が立てば婚約者との関係に傷が……」
「婚約者? つい先日、婚約破棄したばかりだろう?」
「っ……陛下までそんなことを……! あんなのただの子供の戯れで……!」
「戯れ?」
はっ、と小馬鹿にするようにアレクセイが嘲笑する。
それからナタリアの手を引き、いつものように尻尾を絡めながら腕の中に閉じ込めてしまった。
「ア、アレクセイ様……」
言いかけたナタリアを制止するように、アレクセイが彼女を一瞥する。その瞬間だけ目つきが柔らかくなり、それからまた、人を嘲笑するための嫌な顔になった。
「お前は知らんだろうがな、あの夜会は私のために開かれたものだったんだよ」
「……!? そんなはずは、私たちにはそんな知らせはっ……」
「ないだろうな。だがこれは事実でな。疑うようなら国王に直々に聞いてみろ。同じことを言われるはずだ」
「まさか、」
「お前の娘と、あの愚かな男は、私が主賓の夜会をめちゃくちゃにしてしまった――泥を塗ったとでも言っておこうか? それをまぁよくも『戯れ』だなんて易い言葉で片付けようと思ったな」
デニスの顔が赤くなったり青くなったりと忙しい。
きっと真実探っているのだ。その証拠に、背後に控えていた家令に、手短に指示を出す。
「っしかし! それが真実だとして! ナタリアを連れ回す理由にはなりません!」
「であれば、理由があれば問題ないと?」
「あ、っあるのですか! 理由が!」
「書簡にも書いただろう? 気に入った、と。それじゃあいけないのか?」
これでは堂々巡りだ。
ナタリアを抱くアレクセイの手の力ばかりが強まっていく。
「ナ、ナタリア! お前はどうなんだ! お前の意思は! 陛下に嫌々連れまわされているだけではないのか!」
突然、デニスの怒号がナタリアに向けられた。
びくりとナタリアの肩が跳ねる。だがそれだけで済んだのは、ひとえにアレクセイが側にいたからだ。
どう答えるべきなのか。おずおずとアレクセイを見上げる。
アレクセイも同じことを考えていたのだろう。ナタリアを見下ろしていた。初めて見る、どこか怯えを滲ませた顔だった。
――どうしてこの人がそんな顔をするのだろう。
場違いだと思いながらも不思議に感じた。
まるで私から拒絶の言葉が出てくることに怯えているような。そんな様子だった。
「……私は……、」
体に回された手の力が緩くなる。
それがまるで、アレクセイがナタリアを手放すことを覚悟したような動きに思えて、胸が少し痛むような気がした。
――私は、この人と一緒にいて、嫌な思いをしとことはあっただろうか? たった数日しか共にしていないし、この人のことはまだなにも知らないも同然だ。けれど――
「……嫌々、連れまわされているわけではありません……!」
ぴく、とアレクセイの手が跳ねた。
きっとそれはナタリアにしか伝わっていない。そんな微小なな動きだった。
「確かに少し強引なところもありましたが……でも、……でも! お父様やお母様のように私を蔑ろにすることはありませんでした……!」
――叫んで、ナタリアは思う。
最初は変な提案だと思っていた。エミリーとセルゲイ様の鼻を明かせたらそれで良いと提案に乗ったのだ。
でも今は違う。
確かにアレクセイ様は強引なところがある。それは否定しない。
けれど、強引でありながらもどこか自分を気遣うその姿に――私は、きっともう、惹かれ始めているのだと。
これでよかったのだろうか。
言った矢先不安になり、ちらりとアレクセイを盗み見る。
アレクセイは驚いたような顔をしていたが、ナタリアの視線に気づきすぐに破顔した。
「……ということらしい。ナタリアの同意も得られたのであればなんの問題もないな」
デニスの言葉を待たずにアレクセイはナタリアを馬車へ連れ込んだ。ナタリアも、もう、振り返るようなことはしなかった。
*
「……正直に言えば、お前は嫌々私に付き合っているのではないかと少しばかり思っていたんだよ」
「へっ……」
馬車に乗り込むなり、アレクセイがぽつりと呟いた。彼らしくない、どこか静かな声色だった。
「まぁなんだ。私の好みはとても純血の人間に受け入れられるようなものではないからな。婚約破棄ときはその場の流れで受け入れただけで、本当のところ嫌ではないかと思っていたんだよ」
「……アレクセイ様でもそういったことを考えたりするんですね?」
「失礼な。これぐらいのことは考えるさ」
それでだ、とアレクセイはそのまま言葉を続ける。
「昨日の私との婚約の話。少しは考えてくれたか?」
馬車の窓枠に肘をつき、足を組み、皇帝然と聞いてきた。
「考え……ました。……でも……アレクセイ様がどうして私と結婚すると『面白い』なのか、理由がわからなくて……」
「理由か」
「アレクセイ様が仰っているように、……例えばですが、種族の違う者同士結婚して、……それを私が嫌がっている様子を見ることを『面白い』と指しているのか、とか……」
「まさか。そんなわけないだろう。余興として、たまに、どうでもいい人間の苦痛そうな顔を見る分には楽しいだろう。だが毎日共にする妻の嫌そうな顔など誰が望むものか」
「なっ……」
――妻! この人は今確かに、妻と言った……!?
妃も妻も孕む意味は同じだ。だけれど、「妻」と言われると、一気に男女としての仲を意識してしまう。
戸惑うナタリアをよそに、アレクセイは何故だか姿勢を正す。それから神妙な面持ちになり、ふーむ、となにかを考えだした。
「……私もな、自分から提案しておいて、なぜ『面白い』と思ったのかよくわからないんだよ」
「……えっ」
「ただ……指輪を交換したときだったかな。あのときのお前の顔が忘れられなくて……あの嬉しそうな顔が今後も間近で見れるのなら、それは『面白い』と思ったんだ」
アレクセイは至って真面目だ。
揶揄っている気配など微塵もない。
だからこそナタリアは困惑する。色恋に疎いナタリアでもわかる、――アレクセイの言わんとすること。それはつまり、私のことを好――、
「それにだ。なぜだろうな? お前が父親に啖呵を切ったのを聞いてから――お前のことを抱きしめたくてならないんだ」
とうとうナタリアは返事ができなくなってしまう。アレクセイからの言葉を理解し切る前に、ひゅ、と喉が無様に鳴った。
「ナタリア。お前に触れたいんだ。私に許可をくれないか?」




