20.揺れる心。
ミーンミンミンミーン。
歓迎会から数カ月。
季節は夏。
セミが鳴く午前10時頃。
山手の避暑地と言えど、真夏の気温は高い。
「おぃ、新太郎、お前大丈夫か?」
ヨレヨレと動く新太郎を見て大河が声をかける。
「あぁ、はい。」
受け答えはするものの、新太郎は意識朦朧としている様に見える。
しゃがんで作業していた新太郎が立ち上がると、フラッと倒れそうになる。
「はぁ・・・大丈夫・・・じゃないな。」
大河はため息交じりに、新太郎を支えた。
「とりあえずプレハブに戻ろう。」
「す、すいません。」
新太郎は、大河に支えられながら、何とかプレハブに戻った。
「し、新太郎!大丈夫か!?」
山さんが騒ぎながら新太郎に近づくと、奥から凛も駆け寄ってきた。
「すいません。ちょっと大丈夫じゃ無さそうで。」
意識が遠のきそうになりながらも、新太郎は申し訳無さそうにする。
「凛ちゃん!氷を袋に詰めてくれ!
新太郎を冷やさないと!」
「は、はい!」
山さんは、新太郎を仮眠室で寝かせ、氷で頭や脇を冷やす。
その後ろで凛が心配そうに見ている。
「山さん、新太郎くん大丈夫ですか?
救急車呼びますか?」
「いや、多分大丈夫だろう。落ち着いた様だ。」
大体、新入りは夏になるとこうなる。
山さんは、慣れた様子で新太郎を見つめていた。
「あ〜、良かった。じゃぁ、俺は畑に戻りますね。」
「あぁ、大河、ありがとう。」
新太郎が落ち着いたのを見届けると、大河は畑に戻っていった。
「凛ちゃん、新太郎はとりあえず昼休みが終わるまではここで寝かせてやろう。
後で車で寮まで送るから、新太郎の事頼めるか?」
「看病ですか?」
「あぁ。一応ついててやってほしい。」
「・・・分かりました。」
凛は不安そうに新太郎を見つめた。
これまでは、こうなると山さんの奥さんが看病していた。
凛は不思議に思いながらも、新太郎を看病する事を承諾した。
「ありがとう。」
山さんは新太郎を心配しながらも、ニヤけている様な、何かを企んでいる様な、そんな顔をしていた。
「山さん、一ついいですか?」
凛は、山さんの目を真っ直ぐ見つめる。
「な、なんだ?」
山さんは、真っ直ぐ見つめてくる凛から視線をずらす。
「何かやましい事考えてます?」
「な、なんの事だ?あは、あはは。」
山さんは気不味そうにしている。
「はぁ・・・まぁ、いいですけど。
山さんの期待通りにはなりませんからね。」
凛は山さんを睨む。
「いや〜・・・とりあえず、新太郎を頼む。」
山さんは、誤魔化す様に社長室に入っていった。
「まったく・・・お兄ちゃん。」
凛は小さく呟くと、新太郎を心配そうに見つめた。
「じゃぁ、新太郎の事、頼む。」
山さんは、新太郎を寮のベッドに寝かせると、満足気な顔をしてプレハブへ帰っていった。
「あの顔。分かりやす過ぎだよ。」
凛は、山さんに呆れながらも、ベッドの横に座ると、新太郎を見つめた。
しばらくすると、新太郎は何か寝言を言い出した。
「凛・・・凛。」
夢を見ているのだろうか。
苦しそうに、悲しそうに、凛の名前を呼んでいる。
凛は、思わず、新太郎の手を握った。
「ここにいるよ。」
凛が新太郎の手を握ると、新太郎は落ち着いた様子で、静かに寝息をたて始めた。
「悪夢は終わったみたいね。」
凛は、手を握ったまま、新太郎のお腹の辺りに頭を置いた。
「懐かしいな。」
布団越しに、新太郎の温もり、匂いを感じる。
凛は知らぬ間に眠っていた。
「う、う〜ん。」
窓からオレンジ色の光が差し込んでいる。
新太郎は目を覚ました。
微睡みの中、手に温もりを感じる。
お腹の辺りが重い。
新太郎は体を起こした。
「凛さん?」
自分の手を握り、眠る凛を見て、新太郎は驚いている。
「あ、おはよ。」
凛は微笑んだ。
「お、俺、倒れたんだっけ?」
「うん。山さんに看病頼まれたんだけど、寝ちゃった。」
凛は少し照れくさそうに体を起こした。
「凛さん、その、手。」
「あっ!ご、ごめん。」
凛は握っていた新太郎の手を離した。
「あ、いや、ありがとう。」
新太郎は照れくさそうにしている。
「そ、その、新太郎くんがうなされてて、つい。」
「俺、うなされてたんだ。
昔の夢を見た。」
「うなされるくらいの事が?」
「うん。」
「そっか。」
凛はもう一度手を握った。
「もう少し寝たら?」
凛は、新太郎を見つめる。
「ありがとう、でも。」
新太郎は、優しく凛の手を振りほどいた。
「ごめん、嫌だったよね。」
凛は少し悲しそうにする。
「いや、違う。逆なんだ。」
「逆?」
「俺の昔の話、聞いてくれる?」
「う、うん。」
新太郎は、凛が光とやってきてからの事を話し始めた。
「俺、俺達の子を産んで欲しいって思ったんだ。
貧しい人生になって、凛と子供に苦労かけるかもしれない。それでも、一緒に3人で生きていきたい。そう思ったのに・・・あの時、恐がらないで、もっとちゃんと話せてたら、今でも凛と一緒にいられたかもしれない。
・・・何より、凛の事、傷つけないで済んだかもしれない。
ずっと、ずっと後悔してる。」
「グスン。」
凛は号泣している。
「凛さん、泣きすぎじゃない?」
新太郎は、凛が目の前で大泣きしているのを見て、涙が流れなかった。
「俺の分まで泣かれた気分だよ。」
新太郎は、悲しげに笑った。
「だって〜。うぇ〜ん。」
「あはははっ。泣きすぎだろ。」
新太郎は真面目な顔で凛を見つめる。
「・・・だからさ、俺は、凛の事を、凛だけをずっと好きでいるって決めてるんだ。
前にも口から出てしまったんだけど、凛さん、名前一緒だし、顔は違うけど、仕草とか雰囲気が凛に凄くにててさ、惹かれてしまうんだ。
だから、さっき手を振りほどいた。
凛さんは素敵だし、凛より美人だけど、これ以上近づく事はできないから。
凛さんがそう言うつもり無くてもさ、気をつけてくれるとありがたい。」
「ごめん、ごめん。分かったよ。
そうか〜、私の方が美人なんだ〜。」
どこか不満気な凛を新太郎は不思議そうに見つめた。
「じゃぁ、そろそろ晩御飯作るね!」
「えっ?いいの?」
「うん、山さんに頼まれたから!」
「ありがたい。お願いします。」




