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行くぜっ!こもれび整体院  作者: 山崎奈緒


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36/38

#36 パン会社の平林さん

 こもれび整体院がある雑色商店街にはパン屋さんがある。他にも雑色駅すぐそばの大型スーパーでも焼きたてパンやピザを買える。そのピザは安くてまあまあ美味しい。

 整体師の野崎は惣菜パンが大好きだ。サンドイッチやコロッケパンなどもいいが、今日は朝からカレーパンの口になっていた。


 パン屋さんの揚げたてのカレーパンも美味しいが、コンビニで売っているカレーパンは昔からある味で食べると、ほっとする。

 しかし、この日は妙に患者さんが多く、買いに行けなかった。


 野崎は腰痛で来院した高齢の平林さんを施術していた。

 膝裏の靱帯と下腿の筋肉が硬くなっていた。原因はおそらく、ここら辺かも知れない。

 「ところで、平林さんはどんなお仕事をされてたんですか?」


 「僕は矢ヶ崎というパン会社に勤めてたんだよ。

 もう定年退職したけど。」

 「ああ、あの!

 パン祭りの会社ですね〜。

 参加者としては、多分日本最大の祭りですよね〜。」


 「最近は春だけじゃなく、秋にもやってるな。

 会社としては毎年売り上げ高を上げるため、イベントが多くなるんだよ。夏もなんかやってたような。

 春のパン祭りの白いお皿は、女房が集めててな。なかなか割れないから、たまる一方だったよ。」


 「オレも毎年、集めてますよ。

 ロイブとダブソフ作戦で。

 ロイヤルブラッドとダブルソフトを集中して購入して、お皿と交換に必要な30点を効率的に達成するんです。

 確かに、あのフランス製のお皿は硬くて割れないです。(苦笑)

 前にネットで見たんですけど、累計の枚数が5億5000万枚らしいです。年間でも2000万枚くらいだから、ものスゴい数です。」


 「僕が入社した頃は、まだそれほど大きな会社じゃなかったけど、今は全国各地にパン工場があるから、とにかく横浜の工場を皮切りに転勤が多かったよ。

 入社してからは、工場をドンドン造る時期で、今では海外にも関連工場があるんだよ。」

 「確かに、どこのスーパーやコンビニに行っても商品があるから、あちこちに工場があるんですね〜。

 最近は災害があると、すぐにトラックで菓子パンを配りに行くイメージです。」


 「ああ、アレな。

 元々、創業者はクリスチャンだったんだよ。今の社長はその息子でな。

 創業者は普通のクリスチャンだけど、息子はさらに信仰の篤いクリスチャンで、奉仕の精神だな。

 また幹部にクリスチャンに改宗する人も出てきて。。。

 僕は阪神淡路の震災の時に大阪の工場に勤めていて、本社から指令が出るから工場の幹部も総出でパンを作って、トラックで運んだよ。」


 「そうだったんですね。

 パンだと、数日保存できるから助かりますよね。」

 「そうそう!

 創業者は矢ヶ崎ではなくて、飯田って言うんだよ。

 創業したのは千葉県の市川で、終戦後すぐのころだったんだ。

 その頃は小麦粉が配給制でな、普通の家ではパンを焼けないから、小麦粉をパン製造所に持って行って焼いてもらってたんだ。

 そんな委託加工の事業からスタートしたんだよ。」


 「配給制とは、また時代ですね〜。」

 「それから、会社組織にする時に、叔母さんだかの名義を借りるんだ。それが矢ヶ崎なんだよ。」

 「創業者の名前じゃないところが面白いです!」

 「まあ、なんかあったんだろうな。

 今の本社は神田のあたりにあるけど、面接は市川に行ったな〜。」

 平林さんは懐かしそうに、つぶやいた。


 「で、会社を創(つく)ってからは、パンだけじゃなく、和菓子や洋菓子も早い時期から作り始めるんだ。」

 「それで、パン屋さんでありながら、お団子、大福やケーキ、シュークリーム、まるごとバナナとかあるんですね〜。

 まだまだ、お菓子が少ない時代だったから売れたんでしょうね〜。」


 「そういえば、昔はクリスマスケーキも今みたいに予約が多く無くてな。

 売れ残ったケーキで家の冷蔵庫は、パンパンだったな。(苦笑)」

 「オレの実家もクリスマスケーキは矢ヶ崎でしたよ〜。

 上に乗っかっていたチョコレートのプレートや砂糖で出来た煙突付きの小さい家が懐かしいです。」

 「昔は生クリームがまだ少なくて、バタークリームとかだったよ。

 今では企業グループ内に洋菓子メーカーや冷凍パン生地メーカーとかいろいろあって、製パン業界のトップとして、大きな会社になったよ。」


 「それでは、ちょっとうつ伏せでお願いします。」

 野崎は平林さんの背中をほぐし始めた。

 「背中もまあまあ張ってますね。

 ところで、今日は朝から妙にカレーパンを食べたいんですよ。」

 「うちの会社のカレーパンは、確か1979年に発売して、もう定番の惣菜パンだな。」


 「昔からどこでも売っていて、カレーパンというと、まず思い浮かべます。

 特別スゴく美味しいわけではないんですけど、たまに無性に食べたくなる味なんですよね〜。」

 「そもそも日本でカレーを食べ始めたのは明治時代の海軍や陸軍なんだよ。それから、普通の市民にも普及して、完全に国民食の代表だよな。」


 「それで、現在のようなカレーパンが登場したのは、一般に1920年代〜1930年代ごろとされていて、もう100年くらい歴史があるんだ。

 おそらく開発した人は、トンカツや天ぷら、ドーナツを参考にして作ったんだろうな。

 元祖としてよく名前が挙がるのが、東京・森下のパン店カトレアだな。

 ここのカレーパンは普通にシンプルな味で、こういうのが長く愛される秘訣かもな。」


 今度は、仰向けになってもらい、首の斜角筋や後頭下筋群をほぐし始めた。

 少しストレスがあるのだろうか、後頭骨の下にある分界項線(ぶんかいこうせん)は、やや厚ぼったくなっていた。

 深くリラックスしてもらいたかったので、もう話し掛けなかった。


 「平林さん、お疲れさまでした。

 ゆっくり立ち上がってみてください。」

 平林さんは壁の手すりを使って、ゆっくり立ち上がった。

 「腰の具合はいかがですか?」

 「楽になったよ。

 膝も上がりやすくなったし、足も軽くなった。

 先生、ありがとうございます。」


 「いえいえ、お大事になさってください。」

 平林さんは床にいたモフモフちゃんの頭を撫でると会計を済ませて、帰って行った。

 野崎は平林さんの歩行を観察しながら見送ると、財布を持ち、近所のコンビニへカレーパンを買いに走った。


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