#35 精神科医の柴田先生 その2
雑色商店街にある、こもれび整体院の野崎は、黄色いきびもちを持って、精神科医の柴田先生のところに来ていた。
きびもちを柴田先生に渡すと、
「商店街の和菓子屋さんのね〜。
私、ここのきびもち好きなのよ〜。
ありがとうございます。」
と言って上品に微笑んでいた。
「いえいえ、こちらこそありがとうございます!
専門的なお話しが聴けて、助かってます。特に、精神医療や心理学は分からないことが多くて。。。」
「まあ、縁がない方も多いからね〜。でも、うつ病とか、まあまあいるかな。」
「整体の大先生は、お亡くなりになる前の昭和50年ころに、
『これからの日本は精神疾患の患者が増える』
ということを予言されてたんですよ。」
「その頃、増加したことは間違いないですね。
1970年は約25万人
1980年は約33万人
1990年代は約50〜55万人
2020年は約50万人
と推移していて、現在もだいたい横ばいなんです。」
「1970年から倍増していて、高止まりしているんですね。」
「疾患は、うつ病、統合失調症、認知症、躁うつ病(双極性障害)とかあるんです。
統合失調症はクロザピンとか、いい薬もあるんだけど、うつ病と認知症の患者さんが多いからね〜。」
「高齢者の方は認知症の患者さんが多いです。
また、若者が無理なダイエットをして低栄養からうつ病になる、という話しを読んだことがあります。」
「ところで、前回はミルトン・エリクソンさんについて教えていただきました。それで、エリクソンさん以降の展開を教えてください。」
「そうそう、途中だったわね。
彼の影響は他の心理療法家にも大きくて、リチャード・バンドラーさんとジョン・グリンダーさんが、NLP(Neuro-Linguistic Programming / 神経言語プログラミング)を作ります。」
「本屋さんでNLP心理学みたいな本を見たことがあります。」
「それです。それです。
今は関連本がたくさんありますよね。
ビジネス書や教育関連とか。
そもそもNLPの源流は三本柱で構成されてます。」
「その三本柱とは、パールズのゲシュタルト療法、サティアの家族療法、そしてエリクソンのミルトン・モデルなんです。
それぞれを説明していきますよ。」
「よろしくお願いします。」
「まずは、ゲシュタルト療法からね。
ゲシュタルトとはドイツ語で、心理学的には「ひとまとまりの全体像」という意味です。
フリッツ・パールズさんのゲシュタルト療法から、NLP創始者の二人は「人が今この瞬間に何を体験しているか」という視点を強く学びました。
例えば、
「あなたは今、身体のどこにその緊張を感じていますか?」
というように、過去の原因を分析するだけではなく、〈現在の体験〉に注意を向けます。
ここから、NLPの「現在の状態を観察する」という発想につながります。」
「次は家族療法ですね。
バージニア・サティアさんは家族療法の先駆者なんです。
特に重要視したのが、相手との関係、言葉と身体の一致、非言語コミュニケーション、自己評価、家族内のコミュニケーションパターンなどです。
NLPではここから、
「言葉だけではなく、姿勢・声・表情・呼吸などもコミュニケーションとして観察する」
という考え方が発展していきました。」
「表情とか非言語コミュニケーションは、前回のエリクソンさんのお話しと共通してますね。」
「NLPの神経言語の神経に着目したのでしょう。
次に3つ目のミルトン・モデルですね。最も重要なので詳しく説明しますよ。」
「ミルトン・モデル(Milton Model)は、ミルトン・H・エリクソンさんの催眠・心理療法なんだけど、ポイントは、相手に「こうしなさい」と強く命令するのではなく、曖昧さ・比喩・前提などを利用して、相手自身の体験や想像を引き出すことなんです。」
「ミルトン・モデルの基本としては、大きく見ると、次のような言語パターンがあります。
1. 〈意味をあえて曖昧にする〉
例えば、
「あなたは、もっと楽になれるかもしれません。」
「何について」「いつ」「どうやって」が具体的ではありません。
聞いた人(患者さん)は、自分自身の状況に合わせて意味を補い、想像したりします。
2. 〈前提を利用する〉
例えば、
「リラックスすると、何が一番変わるでしょう?」
この質問には、
「あなたはリラックスできる」
という前提が含まれています。
これを前提(presupposition)と呼びます。
3. 〈選択肢を提示する〉
例えば、
「今すぐリラックスしてもいいですし、少し時間をかけてリラックスしてもいいでしょう。」
一見すると選択肢がありますが、どちらにも「リラックスする」という共通部分があります。
NLPでは、こうしたものをdouble bind(二重拘束)などのパターンとして扱います。
4. 〈比喩・物語を使う〉
エリクソンさんは物語を非常に重視しました。
例えば、
「昔、ある人が新しいことを始めたとき、最初は自分がどれだけ変化しているのか分かりませんでした。でも、ある日振り返ってみると……」
こうした物語を聞くと、聞き手は自分の経験と結びつけて考えることがあります。
5. 〈「あなた」という人間そのものではなく、体験に焦点を当てる〉
例えば、
「緊張している」
という状態を、
「緊張という感覚に気づいている」
と表現すると、本人と「緊張」を少し切り離して観察できます。
これは心理療法でも応用される考え方です。」
「バンドラーさんとグリンダーさんはエリクソンさんの技法を整理したんですね!スゴいです!」
「バンドラーさんは元々数学者だったそうで、論理的に整理したんですね。
それではミルトン・モデルの代表的なパターンを説明します。」
「例えば「埋め込み命令」について。
これはミルトン・モデルを説明するときによく出てくるものです。
普通なら、
「リラックスしてください。」
と直接言います。
一方、埋め込み命令では、
「人によっては、リラックスしてから話を始めることがあります。」
のように、文章の中に「リラックスして」という表現を入れます。
ただし、これを聞いただけで相手が必ず催眠状態になるわけではありません。ここは非常に重要です。」
「催眠状態とは具体的にどんな状態なんですか〜?」
野崎はバカっぽく質問した。
「〈催眠状態〉とは、簡単にいうと、意識が眠っている状態ではなく、「注意が狭く深くなり、暗示やイメージに意識を向けやすくなっている状態」なんです。
具体的には、こんな状態です
たとえば、映画を見ていて夢中になっているとき、
・周囲の音があまり気にならない
・時間が短く感じたり長く感じたりする
・映像や音に感情が強く動かされる
・「自分がここにいる」という感覚が少し薄くなる
・想像した場面が、実際に起きているように感じられる
ことがありますね。」
「あります。
没入感というか。のめり込んでる状態ですね。」
「催眠では、こうした自然に起こる集中状態を意図的に強めると考えると分かりやすいです。
催眠中でも、普通は意識を失っていません。
むしろ、
① 注意が絞られる
↓
② 周囲への注意が弱くなる
↓
③ 催眠者の言葉や自分のイメージに注意が向く
↓
④ イメージや暗示を「体験」として感じやすくなる
という変化が起こります。
例えば、ですね。
「右手がだんだん重くなっていきます」
と言われたとき、単に「重くなると聞いた」と理解するだけでなく、実際に「本当に重くなってきた」ような感覚が生じることがあります。
これが催眠の面白いところなんです。
「眠っている」とは違います。
ここはかなり重要です。
なので、催眠=「意識を失わせること」ではありません。
日常にも似た状態がありますよ。
実は催眠に近い現象は珍しくありません。
例えば、
車を運転していて、気がついたら目的地近くまで来ていた。
「ちゃんと運転していたのに、途中の景色をあまり覚えていない」
という経験です。
これは一般に自動化された注意や没入として説明できます。催眠そのものではありませんが、「注意が狭く集中する」という点で似ています。」
「つまり、催眠状態とはイメージや暗示を「体験」として感じやすくなる状態なんですね。」
「そうです。
エリクソンは、〈その人の注意・感覚・記憶・イメージの使い方を変化させる方法〉
として催眠を扱いました。
例えば、ですね。
「今、手のひらの温度に気づいてもいいです。
その温度が少し変化していることに気づくかもしれません。」
というように、本人の注意を自然に内側へ向けていくわけです。
この「注意が内側に向かい、イメージや感覚が強くなる」という部分が、催眠状態を理解する核心です。」
「ああ、なんとなく分かって来ました。
多分、整体の大先生や整体指導者は催眠状態を使って、患者さん無意識層にアプローチして、考え方や病に対する意識を変えようとしていたのかも。」
「そうかも知れないわね。
エリクソンの特徴を一言でいうと、
〈相手の無意識が、自分自身に合った意味を見つけられるように話す〉
というスタイルです。
例えば、普通の指示をする場合、
「目を閉じて、肩の力を抜いて、リラックスしてください。」
に対して、
ミルトン・モデル的な表現だと、
「目を閉じてもいいですし、しばらく開けていても構いません。そして、あなたにとって自然なペースで、少しずつ楽になっていくことに気づくかもしれません。」
と言います。
後者では、
・目を閉じるかどうか → 相手が選べる
・どのくらいリラックスするか → 相手次第
・いつ変化するか → 相手次第
・何を感じるか → 相手自身が決める
となります。
これがミルトン・モデルの重要な特徴ですね。」
「ちょっと違うかも知れませんが、最近内科医の先生が書いた本を読んだんです。
その先生は、〈内科疾患の8割の原因はストレスや思い込み〉と書いていました。
精神的なことや心理的なことが、身体に大きく影響する場合がありますよね。東洋医学の心身一如みたいな。」
「普通にありますよ。
心身症とか心療内科にも関わる疾患だね。胃潰瘍、十二指腸潰瘍、気管支喘息、緊張型頭痛、アトピー性皮膚炎、円形脱毛症、本態性高血圧症、動悸など、たくさんあります。」
「傾向としては、真面目な人に多い感じです。
責任感が強く、無理を重ねてストレスを無意識にため込んでしまう人によくみられそうです。」
「そうなんだよ。
ついつい考え混んで、しまうんだよね。」
「今日は、催眠療法とか、いろいろありがとうございました!
また来ます!」
野崎はスッキリした表情で、こもれび整体院に戻って行った。




