#34 ディーラーの竹山さん
秋のお彼岸の頃になると、夏の厳しい暑さは弱まり、朝晩は少し冷んやりする気候になってきた。
雑色商店街のはずれにある、こもれび整体院にも冷えからくる腰痛や膝関節痛の患者さんが、だんだん多くなってきた。
そんな患者さんの一人で、常連客で慢性腰痛の竹山さんが来院して、マットに横になっていた。
「竹山さん、こんにちは。
また、腰痛が出てきましたか〜?」
整体師の野崎は話し掛けた。
「何か、じんわり痛くてな。
またお世話になるよ。」
竹山さんは、国産自動車メーカーのディーラーで営業所の所長をしている。長年、営業職をしていたが、今では管理職だ。
側臥位になってもらい、野崎は股関節まわりからほぐし始めた。
「まあまあ硬いですね〜。
ちょっと膝を持ち上げますよ。」
そう言ってから、持ち上げた膝のあたりに野崎は自分の大腿部を下からかませて、押圧しながら股関節を動かした。こうすると、股関節の大臀筋、中臀筋、梨状筋などが緩みやすくなる。
このように体勢を変えてから、またしつこく股関節まわりをほぐした。
「ところで、やはりまだ、流行りの車はSUVですか?」
「相変わらず、人気だね〜。
最近は、線状降水帯とかゲリラ豪雨とか多くてな。
そうなると比較的車高が高いSUVは、安心感があるし、まあ最近のクラウンやセンチュリーなんかもSUVぽいしな。」
「オレは車だと、2ドアのクーペが好きなんですよ〜。」
「オレもスポーツカーは好きだな。
フェアレディZとかハチロクとか、スープラとか。」
「いいですね〜。」
乗り物好きの野崎にとっては、大好物な話題だ。
「ホンダのプレリュードも新しいのが出たな。
クーペは、2ドアの固定式ルーフで、セダンより低く、流麗なルーフライン、そして、後席が狭い、あるいは2人乗りのスポーティーまたは高級志向というイメージだよな。」
「そうです。そうです。」
「そうなんだけど、「クーペ=必ず2ドア」という定義は歴史的には絶対ではないんだよ。
時代によって意味がかなり変化していてな。特に20世紀初頭には、現在とは異なるボディ形状にも「クーペ」という名前が使われていたんだ。」
「そもそも、クーペという言葉について、フランス語の coupé は、動詞 couper(切る)に由来しするんだよ。
18世紀の馬車で、通常の大型客車を短く「切った」ような2人乗りの車体を「coupé」と呼んだのが起源なんだ。」
「馬車とは、また古くからですね〜。
そういえば、自動車が普及する前は、馬車と共存していた時代があったんですよね。」
「そうなんだけど、まだ自動車がまだ存在しなかった1700年代、ヨーロッパでは貴族や富裕層がさまざまな馬車を使っていてな。
その中に「berline」と呼ばれる大型の密閉型馬車があったんだ。
これを短縮して、
Berline → 短縮 → Coupé
としたのがクーペの原型なんだよ。
イメージとしては、皇居のパレード用の馬車だな。」
「ああ、あれですね〜。
昔の映像で見たことがあります。」
「大型馬車ほど多くの人を乗せる必要がない人にとっては、小型、軽量、扱いやすい、見た目がエレガント、2人程度で移動できる、というクーペ型馬車は非常に合理的だったんだな。」
「まあ、面白いのは、当時からすでにクーペには、実用性を多少犠牲にして、個人のための快適性やスタイルを重視する、という性格があったことだね。
これは現代のクーペにもそのまま残っている。」
「今のガソリン自動車の発明は、カール・ベンツさんの1886年ですよね。」
「おっ、詳しいな。
ちなみに、自動車が普及し始めると、馬車のボディ形式がそのまま自動車へ移植されたんだ。
つまり、セダン、リムジン、ロードスター、ツーリング、クーペは馬車時代の名前が自動車の車体名称になっていったんだ。」
「そういえば、最初の大量生産自動車といわれるフォードのタイプTも馬車っぽいフォルムですね〜。」
「愛知県のトヨタ博物館にあるやつだな。角ばってるな。
フォードのタイプTは1908年に発売なんだけど、この時代はまだ「クーペ=現在のようなスポーツカー」という意味ではないんだよ。」
「この時代は、むしろ、小型の密閉型乗用車、という意味合いが強かった。
それから、1900年代初頭は、自動車のボディタイプが非常に混沌としていた。
そこで1916年に、アメリカのSociety of Automobile Engineers(SAE)というところがボディタイプの分類を整理し、クーペについても定義を提示した。
「車内から運転する完全密閉型で、2~3人程度が乗る車」という定義なんだけど、2ドアでなくも良くで、4ドアでもOKだったんだ。」
「いつから、今の2ドアスポーツカーのイメージが出来たんですか?」
「それは、今から100年くらい前の1920~30年代なんだ。
当時、フォードは別として、現在のようにメーカーが車を完成品として大量生産する方式がまだ十分に確立していなかった。」
「特に高級車では、自動車メーカーが、 エンジン+シャシーを供給して、コーチビルダーというところが好みのボディを製作、という方式が一般的だった。
つまり富裕層は、「このエンジンのシャシーを買って、このボディ工房に持っていき、このデザインのクーペを作ってくれ」
、という注文ができたわけだ。
ロールス・ロイスなどでは、20世紀前半にこうしたオーダーメイドの2ドアボディが数多く作られたんだよ。」
「昔のファントムですね〜。」
「そうだな。
で、それから、1930年代になるとクーペ史上でも特に重要な時代に入るんだ。
この頃、
アール・デコ + 流線形デザイン
が自動車に取り入れられ始めた。
それで、車体は、車高を低くする、フロントを長くする、キャビンを後ろへ移動する、フェンダーを流線型にする、リアを滑らかに絞る、という方向へ進化した。
これによって、
「クーペ=流麗なシルエット」
という現在まで続くイメージが形成されたんだ。」
「アート、芸術と合わさったんですね!
なんか、しびれます!」
「代表的なのが、1930年代のフランス製高級車だな。
例えば、Talbot-Lago T150-C SSのような車は、まさに「走る芸術品」と呼べる存在だった。」
「ちょっとごめんなさい。
少しだけ、検索させてください。」
「もちろん。」
野崎は、そばにあったスマホで画像検索した。
「おっ、なかなかの流線形ですね〜。
フェンダーの形は、超高級車のパガーニ
みたいですね。」
「まあ、デザインが引き継がれるているな。
ちなみに、パガーニのエンジンはメルセデス・ベンツAMG製だな。
この時代のクーペは、単なる交通手段ではなく、「富裕層が自分の美意識を表現するための工芸品」でもあったんだ。」
「1930年代~40年代には、クーペの性格がもう一つ変わるんだ。
それまでのクーペは、小型・高級・個人向けだったけど、そこに、「スポーツ性」が加わってくる。
ヨーロッパでは、Alfa Romeo、Bugatti(ルパン三世が乗ってる車)、Aston Martin(007でジェームズ・ボンドがよく乗っている車)、Bentley(整体の大先生が乗っていた車)、BMW(007でジェームズ・ボンドがたまに乗る車)、Mercedes-Benzなどが、軽量で高性能な2ドア車を作るようになった。」
「さらに「Berlinetta」という言葉も登場する。
これはイタリア語で「小さなベルリーヌ」という意味で、1930年代に登場し、1950年代にはフェラーリなどによってスポーツクーペを指す言葉として広まった。」
「うっすらどこかで見たことがあります。」
「第二次世界大戦も終わって、1950年代になると、ヨーロッパでクーペとスポーツカーの関係がさらに強くなる。
ここで重要なのが、Ferrari、Porsche、Jaguar、Mercedes-Benz、Aston Martin、Alfa Romeoなどだな。
例えばフェラーリでは、250 GT Berlinettaのようなモデルが登場する。
「2ドアで美しい」だけではなく、レース技術を公道車に落とし込んだ高性能クーペ、というカテゴリーが成立したな。」
「この頃から、
セダン=実用
クーペ=趣味・スポーツ・高級
という現代に近いイメージが形成されてきたんだ。」
「セダンは昔のクラウンとか、おじさんの車というイメージでした。」
「それから、クーペ史で最も重要な時代の一つが1960年代なんだ。
ヨーロッパでは、アメリカとは違った方向へ進んで、代表的なのが、
GT(Grand Tourer / Gran Turismo)
だな。
GTは、高速道路を長距離走っても快適で、しかも速い、という車。」
「ゲームのタイトルのやつですね〜。」
「典型的なGTクーペは、例えば、
Aston Martin DB5
Ferrari 250 GT
Mercedes-Benz 280 SL
あたりだな。
日本でも1960年代から日本でもモータリゼーションが急速に進み、トヨタ2000GT やセリカ。
日産だと、フェアレディ、スカイラインGT-R、シルビア。
マツダはファミリア・クーペ、サバンナRX-7などが出てきたな。」
「ここらへんは、おなじみの車ばかりですね〜。」
「ここで面白いのは、2000年代になると、「4ドアクーペ」が登場するんだよ。
代表的なのが、
Mercedes-Benz CLS
だな。
2000年代に登場したCLSは、4枚のドアを持ちながら、低いルーフと流麗なサイドシルエットを持っている。」
「さらに、2010年代は「クーペっぽい車」が増えて、SUVまでクーペ化するんだ。
いわゆる、SUVクーペというやつだな。
例えば、BMW X6
Mercedes-Benz GLE Coupé
Porsche Cayenne Coupé
Audi Q8
などだな。」
「スタイリッシュに魅せるには、クーペが必要になるんですかね?」
「そうかもしれんな。
まあ、ルーフのデザイン形状に、アールデコの影響が現在まで続いているのがスゴイな。」
「施術は終わりましたので、ゆっくり立ち上がってみてください。」
「おお、楽になったよ。
いつもありがとな。
「こちらこそ、大好きな自動車の歴史が知れて楽しかったです。
ありがとうございます!」
竹山さんは会計を済ませると、いつものようにモフモフちゃんの頭を軽く撫でて、帰って行った。




