#33 精神科医の柴田先生
とある日の午後、こもれび整体院の野崎は、漢方薬局の上野先生に紹介してもらい、精神科に来ていた。
とは言っても、自身に自覚症状があるわけではない。精神医療について、レクチャーを受けるためだ。
昭和の時代、整体の大先生はその整体技術以外に、「潜在意識教育」について、本を出されていた。症状の改善には心理的アプローチも重視していた。
その影響でお弟子さんや孫弟子さんに当たる方々も、会話で心理学的な手法を使ったりする。
野崎にとっては、未知の分野だったので、上野先生に相談したところ、精神科医の柴田弥生先生を紹介してもらって、来院したわけである。
「初めまして、野崎と申します。
よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。
柴田です。
薬局の上野先生から、お話しは伺っています。」
上品な口調で応えてくれた。
「早速だけど、具体的にどんなご用件かしら?」
「ミルトン・エリクソンさんやその関連について知りたいんです。本を読んでみたけど、正直よく分からなくて。。。」
「それはよく分かります。
彼は天才肌みたいなところがあって、著作物も症例の話しが多くて、あまり体系的に理論立てしてないんです。
つかみ所がないというか。。。」
「そうです!
そんな感じで、分かったような、分からないような感覚なんです。」
「何となく状況が分かって来ました。
まずは、彼の生い立ちから説明しましょう。ここから入れば、把握しやすと思います。」
「よろしくお願いします。」
「ミルトン・エリクソンさんは、1900年代を代表する心理学者であり、治療家でもあった方です。
彼は1901年12月5日、アメリカのネバダ州で生まれました。17歳のときにウイルス性のポリオ(急性灰白髄炎)に感染し、重い麻痺を経験します。
この体験が彼に大きな影響を与えました。17歳の高校生の時です。
医師が両親に「今夜がもたない」と話すのを聞き、ベッドの位置を変えるよう母に頼んだとされます。
動けないまま、体の感覚だけを頼りに過ごすうち、動かそうと「想像」するだけで筋肉にかすかな反応が起きることに気づきました。これを「観念運動」と呼びます。
さらに、幼い妹が立ち上がり歩くようになる過程を観察し、自分の動作を一から学び直しました。1922年には、カヌーで川を約1000マイル下る旅もしています。
ここから「人の内側にはまだ使われていない能力がある」、「他者を細かく観察すれば多くが読み取れる」という姿勢が育ちました。
なお、1950年代に後遺症(ポスト・ポリオ症候群)が再発し、晩年は車椅子で診療しました。
長い療養生活の中で、彼は自分の身体の感覚や、人間の知覚、周囲の人々の言葉・表情・動作を細かく観察するようになりました。
後に彼は、こうした経験を心理療法に活かしていきます。」
「10代の多感な時期に、苦労されてたんですね〜。」
「エリクソンさんの人生経験が彼の観察力や治療観に影響したと考えられています。
その後、医学を学び、精神科医として活動しました。1950年代以降はアリゾナ州フェニックスを拠点に、催眠療法、心理療法、家族療法などに取り組みました。
また、アメリカ臨床催眠学会(American Society for Clinical Hypnosis)の初代会長を務めています。
それでは、エリクソンの心理療法の基本思想を説明していきますね。
エリクソンの考え方を理解するには、次の4つが重要です。
第一に、「人は一人ひとり違う」
すべての人に同じ治療法を当てはめるのではなく、その人の性格、経験、価値観、困りごとに合わせて方法を変える。
あたり前ではあるんだけど、重要です。
第二に、「無意識には活用できる力がある」
人は自分で意識していることだけでなく、経験、記憶、習慣、直感などからも学び、行動を変える可能性があると考えました。
いろいろ思考して判断するんだけど、無意識からの影響は強かったり、します。
第三に、「相手の体験を利用する」
患者さんの興味、言葉、過去の経験、現在の感覚などを、治療の手がかりとして活用する。
これは第二の無意識の活用と似ていて、
いろいろ思考するけど、過去の経験からの影響があったりします。
第四に、「小さな変化を大切にする」
大きな問題を一度に解決しようとせず、実行できる小さな変化や、すでに持っている資質や環境に注目する。
これらはエリクソンの治療観をまとめたものです。実際の臨床では、患者の状況に応じて、これらを柔軟に組み合わせていました。」
「おそらく、患者さんのお話しをよく聴いて、更に身振りや手振り、表情とかもよく観察して、それに合わせた治療法だったのでしょうね。」
「どの精神科医も、もちろん同様にされているんだけど、そのレベルが天才的に高く、麻痺の経験もあり繊細だったのかもしれないです。」
「あと、エリクソンさんと言えば、催眠療法は避けて通れません。
「催眠(hypnosis)」とは、注意が特定の対象に向きやすくなり、暗示やイメージ、体験への反応が変化しやすくなる状態・過程を指します。
エリクソンさんは、催眠を単に「相手を眠らせて命令する技術」とは考えませんでした。
彼の方法では、相手との協力関係を重視し、本人の経験や目的に合わせて言葉を使います。
催眠を普通に誘導する場合もあれば、通常の会話の中で変化を促すこともあったそうです。
「催眠もよく分かんないんですよ〜。 何か、うさんくさいというか。」
野崎は、いつものように、バカっぽく発言した。
「振り子を使ったりする、あの古典的な催眠のイメージとは違って、エリクソンさんのアプローチは催眠者が指示する相手(精神科医など)との協力を重視します。
直接的な命令が中心ではなく、間接的な言葉や物語も用いる洗練された方法なのです。
振り子を使った形式的な催眠誘導というより、重視会話や体験そのものも活用します。
また、一定の方法を使うのではなく、個人に合わせて柔軟に変えます。」
「あっ、少し分かってきました。
会話も中で、自然に催眠誘導するわけですね。
これを患者さん個別にするには、かなりの技術と経験がいりそうですね。」
「代表的な技法を説明しましょう。
第一に、「間接暗示(Indirect Suggestion)」
相手に「こうしなさい」と直接命令するのではなく、自然な会話の中に変化のきっかけを組み込む方法です。
例えば、リラックスを促す場面で、
「ゆっくり息を吐くと、肩の力が少し抜けることに気づくかもしれません。」
という言葉を使うイメージです。
これは、相手に選択の余地を残しながら、身体感覚に注意を向けてもらう例です。実際の催眠療法では、訓練を受けた専門家が状況に応じて用います。
第二に、「物語・比喩(Metaphor)」
エリクソンさんは、物語やたとえ話を治療に活用しました。
例えば、失敗を恐れて行動できない人に対して、
「植物も毎日、目に見えて成長するわけではありません。けれど、土の中では少しずつ変化が起きています。」
という話をすることで、焦りや自己評価について考えるきっかけを作ることができます。
ただし、これはエリクソンの発想に近い説明用の例であり、彼が実際に語った言葉ではありません。
第三に、「利用アプローチ(Utilization)」
相手がすでに持っているものを、治療に役立つ資源として使う考え方です。
例えば、
・人の話をよく聞く性格
・趣味への強い集中力
・過去に困難を乗り越えた経験
・独特な考え方や行動パターン
などを、本人の変化につながる手がかりとして活用します。
「欠点を無理に消す」のではなく、「今あるものを別の形で役立てられないか」と考える点が特徴です。
「手法の枠組みが整理出来て、少し分かってきました。
患者さんの個性を利用してというか、活かして、誘導する感じですね。」
「まあ、そうですね。
とても間口が広い、柔軟な対応をするわけです。」
「関連するエピソードをご紹介しましょう。
かなり重い患者さんで、意味の分からない事を30分だか、1時間だかベラベラ話し続ける方がいたそうです。
医療スタッフは会話も出来ず、対応にかなり困っていました。
エリクソンさんは、その意味不明の話しを全て書き留めて、数日かけて暗記したそうです。
エリクソンさんが対面して、患者さんがまた意味不明の話しをし始めました。話し終えると、今度はエリクソンさんがその意味不明の話しをし始めました。
話しを終えると、患者さんは、
「お前は、話しが分かるやつだ!」
と話されて、ようやく信頼関係が築けました。そこから少しずつ治療が始まった
そうです。」
「うわっ、何か治療というより、深い愛情というか、人間愛みたいです!」
「なかなか出来ることではないですね。
おそらく、青年期の絶望的なポリオの麻痺体験や様々な治療経験が困難な患者さんにも対応出来るようになったのでしょう。」
「柴田先生、詳しい説明ありがとうございます!
少し整理出来て助かりました。」
「どういたしまして。
次回は、エリクソンさんの後の世代で、現在の心理療法につながるお話しをしますので、もう一度お越しください。」
「また来ます!
ありがとうございました!」
野崎はこもれび整体院に戻って行った。




