#31 カフェの夏生さん その3
東京大田区の雑色商店街も、9月の中ごろになると、真夏のピークは過ぎて少し涼しくなってきた。
野崎はこもれび整体院の空いている時間に、また夏生さんのカフェに来ていた。
コーヒーを注文していたが、焼き菓子のフィナンシェが添えられて来た。
「試作でよかったら、召し上がってくださいね。」
「ありがとうございます。
いただきます。」
と言い、野崎はフィナンシェを摘んだ。
「いい香りがしますね〜。
もしかして、発酵のエシレバターですか?」
「あら、さすがね〜。」
「前に患者さんからデパートの有名なフィナンシェをいただいたことがあるんですよ。」
「私も、そこのお店のが好きで、真似してみました。」
野崎は一口食べた。
「ああ〜、でも、こっちの方がアーモンドの香りがして、好きですね〜。」
「嬉しいわ。
アーモンドプードルを少し長めに煎ったのよ。」
「どおりで!
コーヒーと合いますね〜。
ところで、こないだの五運六気のお話しの続きを聴かせてください。途中なんで、モヤモヤして。。。」
「そうね。
この前は、六気の「君火」と「相火」あたりまで、説明したかな?」
「そうです。そうです。」
「じゃあ、次は主気と客気だね。」
「今日もお願いします。」
と言い、野崎は神妙な顔付きになった。
「主気は、一年を通じて基本的に決まっている季節的な気の流れのことです。
六気が次のように、一定の順番で巡ります。
厥陰風木 → 少陰君火 → 少陽相火 → 太陰湿土 → 陽明燥金 → 太陽寒水
ですね。
これが一年を6つの時期に分けて巡ります。
で、一年を6つの期間に分けるんだけど、それぞれを「一歩」と呼びますよ。」
「まあ、独特な呼び方ですね。」
「まあ、そうだね。
六気 ・ 六つの期間 = 一年、ですね。
まとめると、次のようになります。
初之気 厥陰風木
二之気 少陰君火
三之気 少陽相火
四之気 太陰湿土
五之気 陽明燥金
終之気 太陽寒水
ただし、実際の五運六気では太陽の運行による二十四節気を基準とした期間として考えるため、単純な「1月・2月」のような区切りではないんですよ。
これは四柱推命でも同じだね。」
「主気は、6つの時期で巡るよ、ということですね。
客気とは、何なんですか?」
「主気が「毎年の基本的な季節の流れ」だとすると、客気は、その年・その季節に「外からやってくる気」で、その年に特別に配置される六気のことなんです。
つまり、ですね。
主気=定位置
客気=その年ごとに変化する配置
と考えると分かりやすいですよ。
この主気と客気を重ねることで、「今年のこの時期は、通常の季節の気に対して、どんな気が重なっているのか?」を分析するんです。」
「主気の流れは変わらないけど、客気は毎年、変わるから、その年の傾向が出るよ、ということですね。」
「そう言うことです。」
「ここらへんから、五運六気が面白くなりますよ。
客気には、特に重要な二つがあります。
「司天」と「在泉」です。」
「陰陽ぽいイメージですね〜。」
「簡単にいうと、
司天=その年の「上半期・上半分・天側」を主に支配する気
在泉=その年の「下半期・下半分・地側」を主に支配する気
というイメージです。
ただし、単純な「上半期・下半期」という意味だけではなく、六気の三陰三陽の配置・相対関係の中で理解する必要がありますよ。
例えば、ですね。
「司天」 「在泉」
厥陰風木 少陽相火
少陰君火 陽明燥金
太陰湿土 太陽寒水
少陽相火 厥陰風木
陽明燥金 少陰君火
太陽寒水 太陰湿土
これらのように、司天と在泉は一定の対応関係を持ちます。」
「陰陽で、対というかペアになっているんですね。」
「中国の古典は、天地の気が人間に影響すると考えます。
なので、司天は上からの影響、在泉は下からの影響というイメージなんです。」
「さらに面白いのが、両者は単純に「別々の気」ではなく、六気の循環の中で表裏のように対応していることです。
例えば、
厥陰風木が司天 → 少陽相火が在泉
の場合は、逆に、
少陽相火が司天 → 厥陰風木が在泉
となりますよ。
このため、司天・在泉を見ることで、その年にどのような気候の偏りが起こりやすいか、人体にはどんな影響が出やすいと古典で考えられていたかを読み解くことができまるんです。」
「ここらへんが知りたかったところなんですよ。患者さんの中で、気象病みたいな方が、ちょこちょこいるんでね。。。」
「気象予報のような精度はないけど、ざっくりとした傾向は予測出来るので、参考にはなりますよ。」
「五運六気では、主気+客気+司天+在泉+五運を総合的に組み合わせて、その年の気候変化を考えますよ。
なので、司天・在泉だけを見るというよりも、「今年は何が司天で、何が在泉なのか?」そして、「その組み合わせで、どんな気が強くなりやすいのか?」
と考えるのが基本ですね。」
「いろいろな組み合わせで、総合的に判断するんですね。」
「また、五運六気では、気候が一方向に暴走し続けるとは考えません。
ある気が強くなると、それに対して別の気が働き、バランスを戻そうとします。
それが、「勝」、「復」という考え方ですね。
例えばですね〜。
ある気が過剰になるとします。それを抑える別の気が働くと、気候変化が起こる。
というように循環を考えますよ。
これは五行の相剋の考え方ともつながっていますね。」
「さて、野崎先生にとって、ここから、中国医学としての重要な部分を説明します。」
「お願いします。」
「五運六気では、「外界の気候変化が人体の臓腑・経絡・気血水に影響する。」と考えますよ。
例えば、ですね〜。
風が強い・風木が強い場合は、肝・胆系との関連を考える。
暑熱・火が強い場合は、心・小腸などとの関連を考える。
湿が強い場合は、脾・胃との関連を考える。
燥が強い場合は、肺・大腸との関連を考える。
寒が強い場合は、腎・膀胱との関連を考える。
というように、五行と臓腑の対応関係を使って人体への影響を考察します。」
「これはもう、完全に五行ですね。
風 → 木 → 肝・胆
暑 → 火 → 心・小腸
湿 → 土 → 脾・胃
燥 → 金 → 肺・大腸
寒 → 水 → 腎・膀胱
で、五臓に影響する、ということですよね。」
「これは、もう専門なんで問題ないですね。」
「そろそろ、まとめますね。
五運六気の背景には、中国医学の重要な思想である「天人相応」があります。
これは簡単に言えば、人間は自然界から切り離された存在ではなく、天地の変化と人体の変化は相応しているという考え方なんです。
つまり、天候・季節の変化が、自然界の五運六気に影響します。すると、人体の気血・臓腑にも影響して、生理的変化となります。結果的に、疾病になるわけです。
まあ、理論的ですよね。」
「ですね。
ところで、現在の2026年9月は五運六気で、どんな感じなんですか?」
夏生さんは、本棚から『万年暦』という本を取り出して、ページをめくり始めた。
「今年の9月ね〜。」
と言いながら、目的のページを探した。
「2026年は、五運としては丙午で「水運太過」なんだね。
まあ、一年全体の基調は、水の気が強い年だね。
また、地支の「午」は、君火に対応するんで、熱や火のイメージの年でもあるね。
六気としては、
司天(上半年)=少陰君火
在泉(下半年)=陽明燥金
となっているね。」
9月は、おおむね五之気の陽明燥金だね。」
「水と火や熱のイメージと9月は乾燥するかも、という感じですかね〜。」
「まあ、そんなところだね。
夏はまあまあ暑かったし、8月のお盆あたりから雨が多かったね〜。
ただ、9月の乾燥は、まだちょっと分からないですね。
まあ、あくまでも、イメージなんで、参考程度で、いいんですよ。」
「今日も、いろいろ教えていただいて、ありがとうございました!
フィナンシェも、ご馳走様でした。
美味しかったです!」
野崎は挨拶して、こもれび整体院に戻って行った。




