#29 カフェの夏生さん その2
東京大田区の雑色商店街の真夏は近くに緑地も少なく、まあまあ暑い。近くに多摩川緑地もあるが、ちょっと遠い。
こもれび整体院の患者さんは、こんな陽気で客足が少なかった。整体師の野崎は特に気にすることもなくマイペースなので、受付の真由美さんにちょっと出掛けることを伝えた。
看板犬のモフモフちゃんは涼しいところで寝ていた。
野崎はUV加工のラッシュガードを着て、行きつけのカフェへ向かった。
「夏生さん、こんにちは〜。」
「いらっしゃいませ〜。」
カフェの店主の夏生は、にこやかに微笑みながら挨拶した。
野崎はカウンターの席に座ると、コーヒーとミルクのジェラートを注文した。
夏生はここのところ、ジェラート作りに入れ込んでいるようで、ジェラート界・ソフトクリーム界のフェラーリとも呼ばれるイタリアのカルピジャーニ社のジェラートマシンを購入した。
普通のアイスクリームとは違って、ミルクのジェラートは脂質が少なく、もっちりしている。
早速、注文の品が届いたので、野崎はジェラートから食べた。
「いや〜、もう最高です!
暑いと、美味さが倍増しますね!」
夏生さんは、ややドヤ顔で微笑んだ。
「あとから、コーヒーを飲むと、カフェラテみたいな味になって、両方引き立てますね〜。」
野崎は怪しげな食レポをすると、食べるのに集中した。
食べ終わったあたりで、夏生さんが声を掛けてきた。
「いつもありがとうございます。
今日は、「五運六気学説」のお話しをしましょうかね〜。」
「五運ということは、いつもの陰陽五行、関連ですよね?」
「まあ、そうだね。
昔の中国は基本こればっか、だからね〜。(苦笑)
五運六気学説は、古代中国の気候変動の法則とそれが人体に及ぼす影響を研究する理論なんですよ。
五運と六気の二つの部分から構成されてます。
五運とは、 木 、 火 、 土 、 金 、 水の気の運行を指してます。
昔は、太陽系の惑星運行が気候に影響を与える、と考えてたんだね。
ここらへんは、西洋占星術と似てるね。」
「六気とは、風・寒・暑・湿・燥・火の6種類で、大気の気候変化を表します。中国は広いから、その土地の気候に特徴があるんだね。
この6種類はマッサージ専門学校の東洋医学の授業で出てきてるかな?」
「やりましたよ。
詳しくはやらなかったけど。」
「じゃあ、さらっとだったんだね〜。
まあ、まとめてみますよ。
五運とは、「一年の気候を五行の運行から見る。」
六気とは、「一年の気候を六種類の気から見る。」
ということですね。」
「五運は、木 → 火 → 土 → 金 → 水、という五行の働きが、天干と結びついて一年の気候に影響すると考えますよ。
天干とは、十干のことで、で、「甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸」ですね。
天干には、次のようにそれぞれ五行が割り当てられます。
天干 五行 五運
甲・己 土 土運
乙・庚 金 金運
丙・辛 水 水運
丁・壬 木 木運
戊・癸 火 火運
こんな感じにね。」
「登場しましたね。
陰陽五行が。」
「ここで重要なのが、「その年の天干によって、その年の運が決まる」という考え方ですね。
例えば、
甲年 → 土運
乙年 → 金運
丙年 → 水運
丁年 → 木運
戊年 → 火運
という具合ですね。」
「五運では、さらに、その運が強いか弱いかを考えますよ。
これが、「太過」と「不及」です。
非常に大雑把にいうと、
太過=その五行の気が強く出る
不及=その五行の気が弱く出る
ということです。
例えば、木運であれば、
木運太過 → 木の気が過剰
木運不及 → 木の気が不足
としてますね。
そして、五行の相生・相剋関係によって、別の気候にも影響が及ぶと考えます。」
「まあ、単純に強弱をつけたんですね。ここは、陰陽を感じます。」
「あと、五運の「運」は、単なる五行ではない、ということです。
ここは五運六気を理解する上で、かなり重要ですよ。
普通の五行論では、「木・火・土・金・水」という五つの性質・カテゴリーとして五行を扱いますね。
一方、五運では「運」という字が示すように、五行の気が時間の中で運行・変化する、という動的な側面を重視します。
従って、五運は、「時間軸を持った五行論」、と考えると理解しやすいです。」
「こないだの四柱推命のところで習った「命」に対する「運」みたいに、ダイナミックなんですね。」
「五運はこのくらいにして、六気を説明しますね。
六気は、
風
熱
火
湿
燥
寒
の六つです。
ただし、ここで少し注意が必要なんです。
六気は単純に「風が吹く」「暑い」「湿度が高い」といった気象現象だけを意味するものではありません。」
「古代中国医学では、これらを自然界に現れる六種類の気候・環境的作用として捉えますよ。
そして、六気には、それぞれ三陰三陽が対応します。
三陰三陽+六気
厥陰風木
少陰君火
太陰湿土
少陽相火
陽明燥金
太陽寒水
ここが非常に重要です。
つまり、
厥陰=風
少陰=熱(君火)
太陰=湿
少陽=火(相火)
陽明=燥
太陽=寒
という対応関係があります。」
「これは、ツボの十二正経
手の太陰・肺経
手の陽明・大腸経
足の陽明・胃経
足の太陰・脾経
手の少陰・心経
手の太陽・小腸経
足の太陽・膀胱経
足の少陰・腎経
手の厥陰・心包経
手の少陽・三焦経
足の少陽・胆経
足の厥陰・肝経
と同じですね。
というか、おそらく、五運六気をベースにして、十二正経を作ったんでしょうね。」
「まあ、そうだね。
だいたい、彼らはシステマチックに作るからね。」
「六気では火が二種類に分けられます。
「君火」と「相火」だね。
君火は君主の火、中心的な火を意味します。
人体では、心の陽気や生命活動の根本的な温熱と関連づけられます。
自然界では、明るさや正常な温暖化の働きに近いものです。」
「相火は、君火を補佐する火です。
人体では、腎・命門の火、三焦などの機能と関連づけて考えられます。
より動的で、活動を推進する熱とされますよ。
このように、六気は五行の五分類に対して、火だけが「君火」と「相火」に分かれ、六つになります。
君火
相火
という二種類の火があります。
つまり、
少陰君火
少陽相火
です。
これによって六気は、
風・君火・湿・相火・燥・寒
という形になります。」
「これは六気を、むりくり五行に当てはめた感、がありますね〜。」
「まあ、そんな感じがしますよね。
熱は、ほぼほぼ火だから、メインとサブを作って、君火と相火にしちゃえ、みたいなね。」
「古代中国の彼らの思考パターンが馴染んで来ましたね。
例えば、「運」の捉え方は、ラッキーの意味よりも、運動・運転・運行、ピアノやギターでの運指とかの方がベースになってますね。
今日のところは、このくらいにして、次回、五運六気の残りの部分を説明しますね。」
「いつも丁寧にありがとうございます!
ジェラートとコーヒーも美味しかったです!
また来ます!」
と挨拶して、野崎は猛暑の雑色の街に出て行った。




