#28 社内SEの賢吾さん
東京大田区にある京浜急行線の雑色は各駅停車の電車が止まる。上りホームでその電車に乗車して、一駅目の京急蒲田駅で快速特急に乗り換えると品川駅に到着する。
品川駅は、東海道新幹線やJR各線が止まる巨大ターミナルだ。その駅の港南口には、品川インターシティと品川グランドコモンズのオフィスタワーが立ち並ぶ。
そのオフィスタワーの中に山内賢吾が勤める会社が入っていた。東証スタンダード市場に株式上場していて、業界内では有名な企業だ。
賢吾が朝、所属している情報システム部に到着すると、PCを起動して、メールのチェックを始めた。
社内SE-System Engineer-をしている賢吾のところには、ほぼ毎日、何かしらのトラブルのメールや電話が入ってくる。
営業部からトラブルの連絡が入っていたので、早速、営業部に向かった。
電話やメッセージのやり取りより、時間がゆるす限り現場・現物を見るのが結局、問題解決に早い。
「失礼します。
情報システム部の山内です。
ネットにつながらないパソコンはどこですか?」
営業部のフロアで尋ねた。
「ああ、こちらです。」
と近くにいた社員が案内してくれた。
賢吾がパソコンを操作して、ブラウザを起動しても、googleの検索画面が表示されない。ネットに、やはりつながってない。
ここから、問題の切り分け作業に入る。
そこで、必要となるのがコンピュータの知識と経験だ。
パソコンやスマートフォンのインターネット通信は、「OSI参照モデル-Open Systems Interconnection-」の7階層によるレイヤー構造になっている。例えるならば、7階建てビルのような構成だ。
7層 「アプリケーション層」 HTTPを使用したブラウザやメールのアプリ
6層 「プレゼンテーション層」 SMTP、FTP、Telnetなどデータの表現形式
5層 「セッション層」 NetBIOSなどの接続制御と管理を担当
4層 「トランスポート層」 ユーザー間のデータ通信の制御
3層 「ネットワーク層」 IP-Internet Protocol-アドレス管理やルーティングなどデータを送る相手を決め最適な経路で送信します
2層 「データリンク層」 PPP、Ethernetなどで通信区間のデータ送受信をします
1層 「物理層」 LANケーブルやWiFi接続機器、コネクターなどです
トラブルの切り分けは、1層目のphysical layer、物理層から点検して行くのが定石だ。ダメなら2層目、3層目と上がって原因を切り分けて行く。
そう言えば、近年、音楽を聴く手段は、iTunesやSpotify、Amazon musicなどの音楽配信で聴くのが主流になってきた。
それと区別するために、CDをphysical CDと表現することを大物ミュージシャンが語っていた。
賢吾はパソコンに接続しているLANケーブルを抜き差しした。そして、その接続先であるL2スイッチと呼ばれるネットワーク機器の接続も確認した。
コネクターのランプも点滅しているからリンクアップ状態は問題無さそうだ。
となると、2層目のデータリンク層となるか、L2スイッチの設定が変更されていることは考えにくい。
そうなると、3層目のネットワーク層のチェックとなる。
賢吾は、windowsのコマンドプロンプトを開くと、ipconfigを実行して、IPアドレスを確認した。
デタラメなIPアドレスが設定されていた。。。
アサインした正しいIPアドレスを設定して、パソコンを再起動した。
ログインして、Googleの検索画面が表示された。これで問題ないだろう。
近くにいた社員に、ネットに正常につながったことを伝えて、賢吾は情報システム部の自席に戻った。
賢吾のメインの仕事は、自社サーバーの管理だ。
そのサーバーで、ERP-Enterprise Resource Planning -と呼ばれる基幹業務を一元管理するシステムを運用している。
ERPシステムは、会計、生産、人事、物流、営業など部門別システムを一つにまとめて、データの重複入力をなくす。
また、部門間のデータが瞬時に連携されるので、経営者は正確な会社の状況をタイムリーに把握し、迅速な意思決定を行える。
そのサービスを提供している会社は、SAP、Oracle、Microsoft、日本ではオービックなどが知られている。
大手企業はもれなく、このような基幹業務システムを使用している。
最近、大手冷凍食品メーカーや大手飲料メーカーがサイバー攻撃されて話題となった。
賢吾の会社も対策が検討されていた。具体的には、サーバーやネットワーク機器を納入しているITベンダーやシステム構築会社であるSIerに意見を求めている。
サイバー攻撃されると、顧客情報や社内のデータが漏えいする場合がある。会社の売り上げや信用にも影響する。
サイバー攻撃対策の他にも、データフォルダ管理からメールサーバー、データのバックアップの確認と仕事は山積みになっていた。
そして、先程のようなパソコンのトラブルシューティングである。
入社5年目の賢吾にとっては、ストレスから来る胃の痛みが続く日々であった。
胃痛の他にも、長時間座っていることから腰痛や脚のしびれも発症している。
さすがに、このままではマズイと思いスマホでアクセスがいい整体院を検索して予約した。
夕方、賢吾はいつもより早めに業務を切り上げると、JR品川駅の広いコンコースの目に付く広告ディスプレイを無視して足早に歩き、京急品川駅に向かった。
雑色駅で下車し、こもれび整体院に入って、ギョッとした。
受付が妙に肉感的なナース姿で、明るく挨拶してきた。
賢吾は一瞬、コスプレの風俗店かと思ったが、気を取り直して話した。
「先ほど、予約しました内山賢吾です。」
「内山様ですね。
お待ちしておりました。
こちらにお掛けになってお待ちください。」
看板犬のモフモフちゃんは、眠そうにやり取りを見ていた。
賢吾は椅子に腰掛けてスマホをいじっていると、奥から野崎が現れた。
「初めまして。
整体師の野崎と申します。
よろしくお願いします。」
「内山です。
こちらこそ、よろしくお願いします。」
「内山さん、今日はどうされました?」
「腰痛と脚のしびれがありまして。。。」
「いつ頃からですか?」
「腰痛は2週間前あたりから、じわじわと。脚のしびれは2日前からです。」
「分かりました。
どんなお仕事をされているんですか?」
「SEをしてます。
社内向けのシステムなんですけど。」
「承知しました。
こちらに、靴を脱いで上がって、横向きに寝てください。」
野崎は脚にバスタオルを掛けると、施術を始めた。
「腰の辺りを触りますよ。」
賢吾は、無言でうなずいた。
「腰の筋肉と股関節まわりの筋肉が、だいぶ硬くなってますね〜。
具体的に、腰部は腸肋筋、最長筋、多裂筋、腰方形筋、股関節周囲は、大臀筋、中臀筋、梨状筋です。
これらの筋肉が筋緊張して、柔軟性が少なくなっています。」
「自分でも押されると、硬く感じます。」
「正常な筋肉は、赤ちゃんの筋肉のように、柔らかくて弾力があるんですよ。」
「僕の筋肉は、真逆ですね。特に肩とか。。。」
「まあ、一日中、パソコンやスマホをやってると、どうしても硬くなってきます。
それでも、休憩時間に軽くストレッチとか運動するだけでも、対策になるんですよ。」
「肩がバキバキにならないように、仕事中でも、ちょっとやってみます。」
野崎は手根部を使い腰部の膀胱経・腎兪穴あたりと股関節周囲の筋肉や胆経・環跳穴あたりを丁寧にほぐした。
「それから、脚のしびれの原因は、おそらく坐骨神経痛です。よく、バスの運転手さんや長距離トラックドライバーさんがなる症状で、腰椎椎間板ヘルニアや腰部脊柱管狭窄症もありえるけど、山内さんの場合は梨状筋症候群と思われます。」
「脚のしびれの原因は、股関節にある梨状筋が硬くなり、そこに通る坐骨神経が圧迫されているからです。」
「先生、治るんですか?」
「全然、大丈夫ですよ。まだまだ若いし、治ります。
マッサージして、かなり筋肉が柔らかくなってきましたし、ちょっと、仰向けになって、脚の屈伸運動をしますよ。」
野崎は自分の前腕を膝裏に当て、右手でかかとを持って賢吾の右股関節と膝関節を屈曲・伸展した。
「しびれの具合はどうですか?」
「まだちょっとあるけど、だいぶ良くなりました。」
「後はセルフケアで、お相撲さんがよくやる四股の運動を、朝晩10回ずつやってください。
深めにしゃがむと効果的です。」
「分かりました。」
「股関節の筋肉が正常になってくれば、腰痛も治ってきます。
また、股関節は肩関節と連動しやすいので、肩の運動も合わせて、やってみてください。
運動はラジオ体操の動きで大丈夫です。
日常的にお忙しそうなので、それだけは時間を確保して、予防としてお願いします。
今日の施術は、お終いです。
お疲れ様です。
お大事になさってください。」
賢吾は受付で会計を済ませると、近寄って来たモフモフちゃんの頭を優しく撫でて、お店を足早に出て行った。




