#23 グラビアアイドルのるいちゃん
とある日の午後9時。
昼間は賑やかな雑色商店街も、さすがにこの時間帯は静かになる。
黒いスモークガラスで黒塗りのワンボックスカー、車種はヴェルファイヤか。その車から男性とマスク姿の少し小柄な女性が降りて来て、そのまま、こもれび整体院にお忍びで来院した。
女性はグラビアアイドル笠間るい、20歳。男性はそのマネージャー。
看板犬のモフモフちゃんは一瞬頭を上げたが、また寝た。
通常だと、こもれび整体院は9時に閉店するが、急用ができた知り合いの整体師に頼まれて、店に来てもらうことになった。
施術を受けた後、羽田空港近くのホテルに泊まり、翌朝奄美大島にグラビア撮影に行くらしい。
知り合いの整体師からは、詳細が知らされず、全身調整と気になる症状の施術を依頼された。
この時間は受付の真由美さんが帰宅しているので、野崎が来院から担当して挨拶した。
「いらっしゃいませ。どうぞ。
お待ちしてました。」
「今日は、急なお願いで、すみません。
明日から奄美大島で撮影がありまして、万全の体制でのぞみたいと思ってまして。。。
野崎先生、笠間をよろしくお願いします。」
男性マネージャーは深々と頭を下げ、横に並んだ笠間も同時に頭を下げた。
野崎は入り口のドアに「closed」のプレートを掛けた。
野崎は店内に戻って来た。
「さて、改めてまして、野崎と申します。
笠間さん、これから全身調整していきますが、何か気になっているところはありますか?」
「あっ、ええと〜。よろしくお願いします!
気になるところは、首肩がコルんです。
最近、スマホの機種変更したら、大きくて重たくて、腕も疲れちゃって。。。」
「分かりました。
最近のはバッテリー容量の関係で、まあまあ重たいですよね〜。」
「首肩、腕を重点的にやっていきましょう。
では、こちらの小上がりに横になってください。」
パーカーにスエット姿のるいちゃんは、マスクを外し軽快に上がると、スッと横になった。
「ちょっと首肩を触らせてくださいね。」
と言い、手拭いを掛けた肩井穴あたりと首を触診した。
「まあまあ筋肉が張ってますね〜。
でも、大丈夫です。ゆっくりほぐしていきますよ〜。」
「お願いします。」
と、るいちゃんはつぶやいた。
ノーメイクで健康的な表情は、どこかで見た気もするが思い出せなかった。
「お仕事はグラビア撮影で、水着になったりするんですよね〜。」
「私服みたいなのとか、体操着とかもあるけど、ほぼ水着ですね〜。」
「ということは、発表や発売時期の関係で、冬はないだろうけど、春先の寒い日に水着で撮影とかもあるんですか?」
「そうなんですよ!
ちょっと寒い曇りの日に、プールとか砂浜でとか普通にあるんですよ。」
「それは、なかなか大変ですね〜。
そのちょっと過酷な環境でほぼ笑顔でいる訳ですよね。もうプロフェッショナルの世界です!」
「ありがとうございます。
写真撮影もあるんですけど、同時にDVD用の動画撮影もあるんで、表情をいろいろ変化させないといけないし、リアクションというか、自然な感じにさせないといけないし、俳優さんと変わらないですね。」
「そう言えば、テレビのドラマや映画で主役をやっているような有名な女優さんが、売れる前に出てた水着着姿の動画を見たことがあります。
さすがに、自然な表情でしたけど、いろいろご苦労もあるんですね〜。」
「そうですね。
水着になってたり、舞台をやってたり、戦隊シリーズに出てたり、スゴイ世界です。
私なんか、まだまだですけどね。」
「いやいやいや〜、分からないですよ!
何がきっかけで売れるか分からないから、続けていれば、チャンスがあるかもです!」
「そう言っていただけると、やる気が出ます!
先生、うまいですね〜。
あと、お仕事はファンの方が集まる撮影会もあるんですよ。」
「昔、カメラ雑誌で少し見たことがあるんですけど、まだやってるんですね〜。」
「こちらもまた、水着がほとんどなんです。
だけど、ファンの方に直接会えるのが嬉しいです!
楽しそうな感じだったり、反応を見れるのがいいですね。」
「SNSとかは、されているんですか?」
「アカウントはあるんですよ。写真とか載せるだけで、コメントは読めるんだけど、DMは事務所から禁止されているんです。」
「ほうほう。
ファンの方は、写真とか情報を見れるから、いいですね〜。」
「ネットは実態がよく分からなくて。。。
それより、撮影会とかの方がライブ感があって楽しいです!」
「それじゃあ〜、SNSより舞台とか歌手とか向いているかもですね〜。」
「そうそう、多くの女優さんは腹巻きを使っていると聞いたことがあります。
お肌の具合は、胃腸の腸とリンクしているんですよ。だから、納豆を毎日食べたり、食事も大切です。
お年ごろなんで、ダイエットとかも興味あるかな?」
「それは、もうよく調べたりしますよ。」
「ですよね〜!
「食事は普通に栄養素をバランス良く食べて、やはり運動です。体を動かす習慣を作ることが重要です。お散歩でも、水泳でも、いいですよ。
とある女優さんは子育ても忙しく、ジムにも行けず、毎日ラジオ体操をしているそうです。あれは全身の筋肉を動かすので、オレもおすすめします。」
「それと、睡眠が何気に重要です。7時間以上は寝てください。
睡眠中に脳の奥にある下垂体から出る成長ホルモンが細胞を成長させて再生を助けたり、筋肉を維持・増やしたり、そして、脂肪を分解して燃焼させます。
るいちゃんのお仕事にも関係するお肌の弾力性を保って、若さを維持します。
成長ホルモンはペプチドと呼ばれるアミノ酸が数個結合したタンパク質なんで、その材料となる玉子やお豆腐、お肉、お魚も食べましょう。」
「最近の若者はスタイルを気にして、食べる量が少なく、低栄養や栄養失調になったりする方がいます。
特に脳細胞が低栄養状態になると、ウツ病になりやすくなったりします。メンタル的にも症状が現れますので、注意が必要です。」
「私、ロケで行った先の料理が好きなんです。奄美大島の鶏飯と油そうめんを楽しみにしてますよ。」
「食事面は大丈夫そうですね。
それと、気にされてた首肩のコリについては、いわゆる、スマホ首です。
ストレートネックとも言いますけど、正常な頚椎は生理湾曲しているんですが、悪い姿勢を長く続けると頚椎が真っ直ぐになってきます。
症状は頭痛やめまいとかが出てきますよ。」
「私の場合、そこまでいってないです。
対策というか、治し方はあるんですか?」
「スマホを使用する時は、下を向かないように目線の高さまで上げて使用すること、それから長時間の連続使用は避けて、たまに空や天井を見上げて、逆の動きをすることも重要ですね。」
「ちょっと猫背気味になってるのも、気になるんです。」
「それは胸椎が影響してますので、姿勢を正して、一日に何度か深呼吸をしてください。
息を吸い込みにくい場合は、舌を上顎にべったり付けて、少し舌に力を入れて深呼吸してみてくださいね。そうすると、横隔膜が動きやすくなります。これは武道でやる秘伝なんですよ。
それから、うつ伏せで寝ることも効果的です。肺は構造的に背中側に広がってますので、効率よく呼吸できます。特に、息を吐き出しやすくなります。
これらを組み合わせてやってみてくださいね。」
るいちゃんは小上がりから降りて、立ち上がって、微笑んだ。
「先生、いろいろありがとうございます!」
「あっ、思い出した!
コンビニのマンガ雑誌の表紙の子だ!」
「ふふっ、知っていただいて、良かったです!」
るいちゃんは笑っていた。
「ご活躍、応援してますよ!」
マネージャーさんが会計している間、るいちゃんはモフモフちゃんの頭から背中を楽しそうに撫でていた。
帰りの準備が整うと、
「ありがとうございました〜!」
と元気な挨拶で、るいちゃんとマネージャーさんが店を出て行った。




