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行くぜっ!こもれび整体院  作者: 山崎奈緒


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18/20

#18 白馬岳の山ガール

 7月下旬、こもれび整体院の野崎は、深夜の新宿駅南口のバスタ新宿4階に来ていた。長野県白馬行きの夜行バスに乗車するためだ。このビルが出来る前は、新宿西口の東京都庁大型バス駐車場が乗り場であったのが懐かしい。

 昼前は混み合う待合室も、深夜でさすがにいくらか空いている。

 乗り込むバスが到着すると、バスの運転手さんにスマホの予約済みのメール画面を提示した。車体横にあるラッゲイジスペースに登山リュックを預けて、バスに乗り込んだ。


 野崎は夏山が大好きだ。そもそも、父親が登山をやっていた。中学生の夏休みに、野球でケガをして暇になった野崎を北アルプスの槍ヶ岳を連れて行ってくれた。

 上高地から入り、梓川に沿って歩くコースは真夏でありながら、爽やかで気持ちが良かった。梓川の水は湧き水が流れ込むので、冷たく清らかだ。


 その上流にある槍ヶ岳に向かって無言のまま歩いて行く。父親の気づかいと美しい風景が野崎少年のココロを優しく癒した。そして、槍ヶ岳の最後の鉄階段をよじ登って、狭い山頂に立った時の達成感。

 そんな体験から山に魅了され、ほぼ毎年、梅雨明けすぐの安定した好天日を狙って、アクセスしやすい北アルプスを中心に、中央・南アルプスの山々に来ていた。


 夜行バスは早朝、長野県白馬の栂池高原に到着した。野崎はやや寝不足だったが、外の涼しい空気を吸い込むと気分がスッキリしてきた。

 登山リュックを受け取り、栂池ゴンドラリフトの乗り場に向かった。ゴンドラはもう動いていた。チケットを購入して、ゴンドラに乗り込むと、千国街道の街並みが見えてきた。


 栂池自然園に乗り継いだロープウェイのゴンドラが到着した。ここの標高は約1900mである。野崎はゴンドラやリフトがあるコースを好んで選ぶ。楽して早く稜線に出たいからだ。

 リュックを下ろして、軽く全身のストレッチをしてから、ミレーの40Lリュックを背負った。

 ウエストハーネスを合わせて、サイドベルトを引いた。次にショルダーストラップを引いて、リュックを体にフィットさせた。そして、チェストベルトを鎖骨の下で調整した。

 リュックサックを体に密着させると、荷物がぶれず安定して疲れにくくなる。


 自然園から、本格的な登山がスタートする。始めはゆっくり歩いた。林に入ると景色はあまり変わらず退屈したが、樹木と土に匂いで山に来た実感がした。

 天狗原の湿原が見えてきた。木道で歩きやすい。池塘が風で少し動いている。

 湿原を抜けてしばらく歩くと、コースに大きな石が現れた。野崎はリュックサックから登山用ストックを取り出すと、長さを調整して使用した。不安定な足場はストックがあると助かる。


 ほどなくすると、白馬大池が見えてきた。池のほとりを歩くと、小さくてかわいいサンショウウオが泳いでいた。

 すぐそばにある山小屋の売店に入って、大好きなカップヌードルのカレー味を注文した。やや割高だが、山小屋までの輸送コスト分だ。ほとんどの北アルプスの山小屋はヘリコプターで運搬している。

 お湯を入れてもらい、外のベンチに腰掛けて食べた。猛烈に美味い!

 もちろん空腹もあるが、雄大な自然の中で食べるインスタント食品は最高だ。

 

 食事を終えて、野崎はまた歩き始めた。

 そして、ようやく「船越ノ頭」と呼ばれる稜線に出た。ここから、目的の稜線歩きがスタートだ!

 少し雲はあるが、涼しくて気持ちいい。稜線のサイドは高山帯でよく見かけるハイマツが育っている。

 船越ノ頭から少し下り、小蓮華山へとゆるやかに登りになった。雷鳥を探してみたが、見つからなかった。


 登り切ると、小蓮華山の山頂2766mに到着した。ほとんど知られてないけど、新潟県の最高峰だ。

 さらに進んで三国境を越えると、白馬岳が見えてきた!

 そうそう、白馬岳の山名は、三国境の南東側の現れる馬の雪形から由来したそうだ。

 歩いていると、白馬岳の山頂が見えてきた。右側には名峰、剱岳も見えてきた。


 そして、ついに白馬岳山頂2932mに到着した。今まで歩いてきた栂池自然園や小蓮華山を振り返って眺めた。楽しい稜線歩きだった。

 後は、ここから10分くらい下った白馬山荘に泊まるだけだ。

 野崎は慌てず、ゆっくり山道を下って白馬山荘に到着した。

 この白馬山荘は、800人収容出来る日本最大の山小屋だ。過去は1200人収容出来たそうだ。開業は1906年で、歴史もある。最早、山小屋というレベルではない。

 

 受付で一泊二食付の会計を済ませて、指示された部屋へ行った。シーズン中なので、まあまあ混んでいる。この山小屋は個室もあるが、相部屋に泊まる。荷物を下ろした。

 普通の旅館やホテルであったら、ここから入浴となるが、山小屋は基本お風呂がない。水が貴重だからだ。

 スマホとお財布だけ持ち出して、売店に行き、缶ビールを購入した。

 

 外に出て、ビールを飲んだ。

 「あっ、ああ〜。」

 と思わず声を出した。特にケガもなく、無事到着して安心した。

 ここから見える景色も最高で、遠くにかつて父親と登った槍ヶ岳がみえた。とんがった姿は北アルプスのシンボルだ。

 ビールを飲みつつ、スマホで写真撮影した。そして、この後、稜線歩きともう一つの目的である「スーパー登山クラブ」の夕方始まるライブまで、のんびり過ごした。


 このバンドは2023年に結成された5人組で、その名とおり、楽器や機材を自ら運んで、山小屋でライブ活動している。メンバーの中には山岳会に所属している方もいて本格的だ。

 音楽好きの野崎が今一番好きなバンドで注目している。このほぼ山頂の環境で生演奏してくれるだけでも、ありがたい。


 開演の時間が近づいてきたので、山小屋の中の会場に入った。外の景色以外はライブハウスのように楽器やマイク、スピーカーが配置されていた。

 演奏が始まった。

 癖のないコード進行で、楽曲はどこまでも爽やかだ。また、透明感と清涼感のあるボーカルは山の景色・環境とキレイに調和していた。

 野崎は目を少しうるませていた。足の疲れも軽くなったような気がした。

 ライブ後に食事をして就寝した。


 翌朝は5時ごろ起床した。山小屋の朝は早い。日の出あたりの時間からゴソゴソと物音がしたり、トイレに行く者がいる。

 山行は朝は早めに出発して、午後3時ごろには山小屋に到着するのが基本だ。3000m級の山小屋は真夏でもストーブを焚いている。ストーブにあたりながら、衛星放送で甲子園の高校野球中継を観るのが違和感があって楽しい。なので、夜間はさらに冷え込み、注意が必要だ。

 

 朝食を済ませて、山小屋の外に出ると、細かい霧雨だった。雲の中にいるようだ。

 上着だけレインウェアを着て、今日は来た道をゆっくり帰るだけだ。また、白馬岳の山頂を目指した。

 あたりは白い霧で覆われて、視界もよくない。登山ルートを外れないように、石にペンキされた◯マークに注意して、ゆっくり歩いた。

 途中、ハイマツの茂みから雷鳥の鳴き声がしたが、見つけられず、残念だった。


 ようやく、白馬大池まで戻って来た。あたりはまだ霧に覆われている。霧雨は止んでいた。

 白馬大池を離れると、「ゴーロ帯」と呼ばれる大きな石や岩が積み重なった歩きにくいコースになった。慎重に進んで行った。


 もう少しでゴーロ帯が終わるところで、女性がコースを外れたとこに座って足をさすっていた。下から登って来たようだ。

 野崎は思わず声を掛けた。

 「こんにちは〜。大丈夫ですか。

 どうされました?」

 「右の足首をくじいてしまって。。。」

 「内側にひねった感じですか?」

 「そうです。」

 「分かりました。

 もし、よろしかったら看させてください。

 一応、整体師をやっているんですよ。」

 「ありがとうございます!」


 女性はまだ若く、ウェアや装備の感じから登山経験も少ない感じだ。

 「じゃあ、シューズとくつ下をちょっと脱いでくださいね。」

 野崎もリュックサックを下ろし、中の応急処置キットをゴソゴソと探した。

 「ちょっと足首を触らせてくださいね。」

 そう言ってから、野崎はかかとを自分の太ももに置いた。


 「ちょっと足首を曲げますよ。」

 ゆっくり底屈と背屈をした。

 「この動きは大丈夫ですか?」

 「大丈夫です。」

 次に、足の裏を外側に向ける外反、反対の内側に向ける内反をゆっくりした。その時、女性は少し顔をしかめた。


 「ちょっと痛くして、ごめんなさい。

 やはり、おそらく外側のくるぶし下の踵腓靱帯しょうひじんたい前距腓靱帯ぜんきょひじんたいの損傷ですね。

 ハイヒールを履いててよくやる足首の捻挫です。多分、その靱帯が少し伸びたんでしょう。

 テーピングで靱帯を保護しますね。」


 野崎はリュックから小さい応急処置セットを取り出した。

 アキレス腱の少し上にアンカーと呼ばれる土台を3周巻いた。そのアンカーから外くるぶし、かかと、土踏まず、にかけてテープを少しずらして3枚貼った。

 ポイントは、まだ歩かなければならないので、足首の動きを完全に固定しないところだ。損傷した靱帯の補強を目的とした。


 「これで、簡単な応急処置は終わりました。

 ゆっくり立ち上がってみてください。」

 女性は立ち上がって、少し右足に体重を掛けた。

 「痛みはまだちょっとあるけど、さっきより安定して、だいぶ楽になりました!

 ありがとうございます。」

 「いえいえ、炎症もそれほどないし、痛みが引いてくれば、多分大丈夫です。

 もし、痛みが続くような場合は整形外科を受診してください。」

 

 「念のため、残りのテープは差し上げます。応急用に使ってください。それから、このストックも杖代わりに使ってください。下山した後、こちらに送ってくれれば、大丈夫です。」

 そう言って、名刺を差し出した。

 「いろいろ、何か、すみません。」

 「濡れた石は滑りやすいので、気を付けてくださいね。」

 「ありがとうございます!」

 「お大事に、どうぞ。」

 野崎はリュックを背負って下山した。


 栂池自然園のロープウェイ駅に到着した。涼しい山も、これでお別れだ。

 山を下りたら、まず日帰り温泉だ!そして、ビールを飲もう。帰りのバスまでは、まだ時間の余裕がある。

 そうだ!

 おやきとお蕎麦もまだ食べてない。それから、真由美さんへのおみやげもまだだ。

 野崎は楽しく考えながら、ロープウェイにゆられた。

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