#17 魚市場の藤島さん
東京、秋葉原。
かつての電気街、パソコン街、AKB48劇場、アニメショップ、フィギュア・アクスタ、今や世界に誇るサブカルチャー・オタクの聖地になっている。
そんな街も昭和の時代には、秋葉原駅前に大きな神田青果市場があった。場所は現在の秋葉原UDXにである。
その神田青果市場も平成になって、大田区大井埠頭の南に位置する大田市場に移転した。
大田市場の青果部門と花卉部門の取扱規模は、日本最大である。
関連して東京の市場といえば、長年に渡って築地市場があった。江戸時代の頃、今の日本橋あたりにあった魚河岸からの伝統を引き継ぐこの市場の水産物の取引額は日本一だった。
藤島圭介はそこで水産仲卸業者をしていたが、数年前、脳梗塞を発症して雑色近くの一軒家で自宅療養している。
この日、こもれび整体院の野崎は、マッサージ師として藤島宅に二度目の訪問に来ていた。
「藤島さん、こんにちは〜!
訪問マッサージに参りました〜。」
と大きな声で挨拶しながら、玄関に入って行った。
「先生、今日もよろしくお願いします。」
と言いながら、奥様が玄関に出て来た。
「お邪魔します!」
と野崎は言って、奥の部屋に入った。
「藤島さん、こんにちは。
前回のマッサージの後、痛みとか、出なかったですか〜?」
「大丈夫です。
痛みは無かったです。」
介護ベッドで仰向けになっていた藤島さんは、酒焼けした少ししゃがれた声で応えてくれた。
藤島さんは脳梗塞の後遺症で右片麻痺になっていた。拘縮の程度は酷くなかったが、両下肢はむくんでいた。手すりにつかまって立つことは出来るが、歩行困難である。
「おお、良かったです。
では、今日も同じようにやっていきますね〜。
ところで、藤島さんは、どんなお仕事をされてたんですか?」
「オレは築地の魚河岸で、働いてたんだよ。
職はいくつか変えたが、高校ではグライダー部だったよ。」
「また、珍しいですね。」
「田舎の高校だったから、グランドが広くてな。それから、ジャズもやってたよ。
当時はグループサウンズ全盛の頃で、バンドがいろいろあってな、ゴールデン・カップスを呼んで、来てもらったよ。呼び屋の真似事みたいなのしてさ、チケットが売れなくて借金して、山小屋でバイトしたよ。サンダルで行ったら、山荘のオヤジに怒られたなぁ。(笑)
実家は洋菓子の製造をしててな。ケーキみたいのを作ってた。まだ、生クリームじゃなくて、バタークリームだったな〜。ほとんど手伝わなかったけど。(笑)」
野崎は、やや拘縮した右肩関節の可動域訓練をしながら聴いていた。
「なんとか高校は卒業して、国鉄に入ったんだよ。安定してたけど、退屈でな、辞めて、東京に出て来たんだよ。
当時は杉並に住んでたけど、三社祭とか神輿を担いで楽しかったよ。知り合いもたくさん出来て、河岸で働くようになってな。
魚市場は朝が早くてな。準備があるから、朝というか、深夜からよく働いたよ。マグロやサーモンもやってたけど、エビが多かったな。」
「買い付けで、タイやカナダにも行ったよ。
今は養殖がいろいろ多いけど、カナダは天然物のサーモンとか、景気が良かった頃はオマールエビ、ロブスターだな、美味かったな〜。」
「どれが一番美味しかったですか〜?」
と野崎は、バカっぽく質問した。
「そうだな〜。
天然の生マグロの赤身だな。
専用の長いマグロ包丁で下ろして、背骨の中骨ところの中落ちをハマグリでかき取るんだよ。今はスーパーでも出回っているけど、昔は業者の間で食べたんだよ。赤身の濃厚な味わいでな。
寿司ネタでも、やはりメインはマグロだろ?」
「そうですね〜。大好きです!
回転寿司とかでも、一番始めに注文しますね。」
野崎は浮腫の足関節を他動運動しながら答えた。
「いくつかホテルにも食材を卸してたんで、売り上げも大きかったよ。
酒もよく飲んだな〜。一升瓶で飲むからな。(笑)
築地からすぐ近くの銀座のクラブに、大手水産会社の役員に呼ばれて、こっちは仕事中なのに。付き合いがあるんで、ゴム長靴で行ったら完全に場違いだったな。キレイなホステスが白い目で見てた。
水割り一杯だけ飲んで、すぐ仕事に戻ったよ。(苦笑)」
「景気のいい頃の大きいホテルは、月に数百万円分も仕入れていたんだよ。和食、フランス料理に、その頃から流行りだしたイタリアン、特に海なし県の長野県や山梨県は魚介類が大好きでな。よく納めに行ったよ。」
藤島さんは微笑んで話してくれたが、渋そうな顔になった。
「築地の仲卸を辞めて、独立して、社員を雇って会社をやってたけど、お酒やら、長年のいろいろ不摂生がたたって、脳梗塞で片麻痺さ。会社もたたんでな。」
「脳梗塞も2回目となると、さすがに年貢の納め時というか、死ななかっただけでも、良しとしないとな。」
野崎は神妙に話し始めた。
「今までの患者さんにいろいろお話しを聴くと、やはり、深夜までお仕事してたり、営業の接待してたり、タバコやお酒の飲みすぎとか、生活全般に不摂生な方が脳梗塞になりやすいです。」
「だけど、仕事となると、いろいろ背負ってそんなことも言ってられないのも社会人経験が長くなると、よく分かります。
こうやって、マッサージしてますけど、腕や腰が痛い日も当然あります。それでも、患者さんはより辛い症状なので、痛みを堪えてがんばる訳です。」
「まあ、そうだよな〜。
オレの場合は、先生ほどじゃなくて、好き勝手やってたからな。
いろいろさんざんやってきたから、この位で丁度いいんだろうな。」
「高齢者施設に入居すると、まず生ものやお餅は出てこないし、食事は高血圧対策の塩分控えめで、あまり美味しくないし、お風呂はだいたい週2回だけだし、何しろ集団生活なんで、慣れないとストレスも溜まりやすいです。
老人ホームはよく訪問するので、分かります。
なので、出来るだけ、ご自宅で過ごせるようにがんばりますので、これからもよろしくお願いします。」
「そうだな。
オレはデイサービスに行ってるんで、そこら辺はだいたい分かるよ。
この年になって、食べたい物くらい好きにしたいよな〜。さすがに、もう酒は飲まないし。。。」
「じゃあ、今度は立ち上がり訓練しますよ〜。」
そう言って、野崎は不安定な介護用エアーベッドに上がり、背中と右大腿部に手を差し込んで、藤島さんが左側臥位になるように介助した。
「次はベッドから足を下ろしますね。」
と告げて、両足を下ろした。
「じゃあ、上半身を起こしますよ〜。」
野崎は、藤島さんの上腕を支えて、体を起こし、座らせた。
やや大柄な藤島さんは、リモコンでベッドの高さを調整して、安定した端坐位になった。
「では、今日も立ち上がり訓練5回、いきますよ〜。」
藤島さんは、左手で介護ベッドの手すりをつかむと、
「よっ、よっ、よ〜。」
と言いながら、ゆっくり立ち上がった。
野崎は転倒して来ても、いいように、藤島さんの前で身構えた。
藤島さんは立ち上がると、麻痺している右足の位置を調整した。
「はい! じぁあ、ゆっくり腰掛けてください。
2回目、いきますよ〜。」
野崎はまた身構えた。
2回目は少しスムーズに立ち上がった。
「今度は、背筋を伸ばしますよ〜。」
そう言って、野崎は右手で右肩を支えて、左手で猫背になっている背中をさすった。
「はい! じぁあ、またゆっくり座ります。」
この後、藤島さんは残り3回、立ち上がり訓練を行った。
「地味な訓練ですけど、脚力を維持するには安全で効果的な運動で、むくみにも効果があります。
安定して余裕に出来るようになったら、スクワットや歩行訓練をやっていきます。」
そう言いながら、野崎はベッドに上がり、首・肩・背中・腰部の締めのマッサージをした。
それから、背筋を伸ばす軽いストレッチと両肩にポンポンと叩打法、軽擦をして施術を終えた。
「藤島さん、お疲れさまでした〜。
今日はお仕事や、いろいろお話し、ありがとうございました!
また、来週、来ますので、よろしくお願いします。」
「ありがとうございます。
お願いします。」
と、少ししゃがれた声で明るく応えてくれた。
野崎は玄関でまた退去の挨拶をして、こもれび整体院に戻って行った。




