#15 半導体開発の清宮さん
東京大田区、雑色商店街の外れにある、こもれび整体院に清宮元貴が突然やって来た。
「こんにちは〜。
すみません、予約してないですけど、大丈夫ですか?」
「いらっしゃいませ〜。
今、患者さん、いらっしゃらないので、大丈夫です。お掛けになって、少々お待ちください。」
清宮は受付の真由美さんの肉感的なほぼ看護婦コスプレ姿にビックリしたが、施術を受けられそうなので、少し安心した。
看板犬のモフモフちゃんは、一瞬頭を上げたが、すぐにまた寝た。
ほどなくして、野崎が出てきて挨拶した。
「初めてまして、整体師の野崎と申します。
よろしくお願いします。」
「清宮元貴も申します。
こちらこそ、よろしくお願いします。」
「今日はどうされました?」
「出先の工場で打ち合わせしてたら、腰が痛くなってしまって、そうしたら、その工場の方にこちらのお店を紹介されたんです。」
「そうだったんですね〜。
では、こちらにゆっくり上がって、横向きになってください。」
野崎は清宮の腰部と股関節周りをマッサージし始めた。
「硬くなっている筋肉をほぐしていきますね。マッサージの強さは、大丈夫でしょうか?」
「もう少し強くても大丈夫です。」
「分かりました。
ちなみに、先程のお話しの工場は、どちらの工場なんですか?」
「半導体製造装置の小林さんのところです。」
「あー、はい、あの工場ですね〜。
高齢の小林さんは、お元気ですか?」
「もう現場には出て来ないようですけど、ご自宅でゆっくり過ごされてるそうです。」
「ああ〜、良かったです!
ここのところ、お見えになられてなかったので、ありがとうございます。
清宮さんも、やはり半導体関連のお仕事をされているんですか?」
「はい、そうです。
開発部門でして、パソコンの作業が多くて、目・肩・腰にきますね〜。。。
最近はAIがはやってまして、まあ日々進歩の業界なので、いいのですが、あれは消費電力が多くて、それが課題になっているんです。」
「オレも詳しくは分からないですけど、AIは普通の検索より、10倍くらい電力負荷が掛かると読んだことがあります。」
「そうなんです。
人間の複雑な思考をコンピュータにやらせる訳ですから必然的にそうなります。
昔と違って今は、環境に配慮する社会になってます。温暖化対策も重要な社会課題になってます。
そうそう、最近、それの解決策になるかも、というのが出てきたんですよ。」
「それが、「単分子誘電体」です。
この半導体材料は、1分子でイオンを貯めたり、プラスやマイナス状態を保持する機能が実現出来て、次世代の超高密度・低消費電力メモリとして、有力視されてます。
通常のメモリだと、複数の分子がプラスやマイナスに移動して、情報を記憶するんですけど、これは1分子で可能となったのが画期的なんです。」
「1分子だけしか動かさないので、消費電力がかなり減ります。また、分子の使用空間も減るので、更にコンパクトに、超高密度なメモリを作ることが出来ます。
具体的には、プレイスラー型ポリオキソメタレートという1nm程度の籠型分子の中に、1つのテルビウムイオンが入っていて、電圧をかけると、この内包されたイオンがプラスかマイナスに移動してから保持して、1か0の情報が記憶されます。」
「ところで、先生は、メモリの揮発性・不揮発性はご存じですか?」
「ええと、何となくですけど、メモリの電源を切ると情報が消えてしまうという、ヤツですよね。」
「そうです。そうです!
不揮発性メモリは、電源OFFにしても、情報が長期保存出来ます。例えば、SDカードのフラッシュメモリとかスマートフォンの内部ストレージ、USBメモリとかですね。
それに対して、揮発性メモリは電源OFFにすると、情報が消えます。これは、パソコン内部のDRAMやCPUのキャッシュメモリに使われてます。消えてしまうけど、処理速度が速いのが特徴です。」
「単分子誘電体は不揮発性メモリであるのが画期的なんです。これがここ数十年の半導体開発で出来なかったんです。
電源OFFでも情報が消えないので、スマホやパソコンだけではなく、家電や自動車など幅広く使われそうです。」
「すごいメモリがあるんですね〜。
普及したら、今のハードディスクドライブは将来的に無くなりそうですね。」
「記録密度はハードディスクドライブの1000倍以上と言われてますので、圧倒的です。」
「清宮さん、ご説明ありがとうございます。
まだ半導体メモリのお話しもしたいのですが、ここからは清宮さんの身体状況をご説明させて下さい。
まず、腰痛の原因は、長時間のパソコン作業もありますが、根本的には、体幹・コアの筋肉の衰えです。
運動をよくされている方は別にして、一般的には40代あたりから、早い方は30代から体幹の筋力低下は始まります。」
「40代の清宮さんも、残念ですけど、その対象になってますが、ご安心ください。筋肉は何歳からでもトレーニングすれば回復しますので、全然大丈夫です。
体幹は、主にお腹の部分ですが、この腹腔をお部屋に例えるとイメージしやすいです。コアを正しく機能させる構成要素は4つあります。
第一は、天井に当たる横隔膜です。
第二は、床の骨盤底筋。
第三は、柱の腸腰筋。
第四は、壁の腹横筋となります。」
「どれも、普段、意識してこなかったです。」
「そうですよね〜。
力こぶの上腕二頭筋みたいに触れないインナーマッスルばかりなんで、なかなか意識しにくいです。
個別に見ていきますね。
第一の天井の横隔膜は、膜と言うより実は筋肉です。焼肉屋さんのカルビに当たる部位です。
横隔膜は4つの要素の中で一番重要です。
では、一緒に横隔膜を意識した呼吸をやってみましょう!」
「仰向けに寝て、両膝を立てます。
次に両肘を曲げて、みぞおちの裏側の肋骨に両手を差し込みます。
鼻から5秒以上かけて、ゆっくり息を吸い込み、お腹を大きく膨らませ、同時に肋骨が外側に広がっている感じがあれば、OKです。
この時、腹圧をかけたいので、両肩を頭の方向に上げないようにすると、更に効果的です。
そして、口から5秒以上かけてゆっくり息を吐きます。
これを一日に5セット、いつでもいいので、やってみてください。」
「次は、第二の床の骨盤底筋ですね。
また、仰向けになり、両膝を90度くらいに曲げて、両足の裏を合わせます。整体では、ガッセキと言ったりします。
そうしたら、腹圧をかけたいので息を吸い込みながらお尻に力を入れて、腰を天井の方向に持ち上げます。
そして、息を吐きながら、腰を元に戻します。これを一日に5回します。
ポイントは腰を持ち上げた時に肛門を閉めるイメージをすると、更に効果的です。
ガッセキ状態なので、骨盤も整いやすいです。」
「先生、まあまあキツいですね〜。」
「普段、生活でしない動きなので、そうですよね。5回でも厳しかったら、始めは3回でも大丈夫です。とにかくトレーニングは継続が重要です。」
「さあ、どんどんいきますよ〜。
第三の柱の腸腰筋です。
とんかつのヒレかつのヒレ肉に当たる部位です。ちなみに、牛肉の場合、その中央部分は、シャトーブリアンと呼ばれる高級食材です。脂肪分が少ない部位です。
腸腰筋は腸骨筋と大腰筋で構成されてます。腰椎・骨盤の腸骨と大腿骨をつなげています。この腸腰筋が弱くなって機能低下すると、歩く時の歩幅が狭くなったりします。高齢者のちょこちょこした歩行がよくある例です。」
「ではまた、腸腰筋のトレーニングを一緒にやってみましょう!
レッグレイズと呼ばれる運動で、まず仰向けになります。両手は床に付きます。
両足を真っ直ぐに伸ばして、息を吐きながら、両膝が直角になるまでゆっくり曲げながら持ち上げていきます。
次に、息を吸い込みながらゆっくりと足を床ギリギリまで下ろします。
これを5回やります。余裕がある時はもう少しやっても大丈夫です。」
「さて、最後は第四の壁の腹横筋です。
腹筋群は4つの筋肉で構成されてます。浅いところから、腹直筋・外腹斜筋・内腹斜筋、そして腹横筋です。
中でも、腹横筋は天然のコルセットと呼ばれていて重要な筋肉で、「腹圧」を高める作用があるからです。改めて、腹圧とは、腹腔にかかる圧力のことで、腹腔内圧と言ったりします。それで、さまざまなな役割があるんです。」
「まずは体幹・コアの安定ですね。腹圧が高まると胸椎や腰椎が安定して、腰への負担が軽減・分散されるんです。腰椎椎間板ヘルニヤや脊柱管狭窄症、腰椎すべり症の発症予防になります。
そして、パフォーマンスの向上です。野球のバッティングや武道、その他のスポーツ、筋トレなどフォームの安定につながります。
最後に自然な排泄と分娩です。毎日の排便や排尿、出産時は腹圧を上げることで、スムーズな排出を促します。」
「先生、どの筋肉も重要なんですね〜。
腹横筋はどんなトレーニングが効果的ですか?」
「代表的なのはドローインです。
また、一緒にやりましょう!
仰向けに寝て、両膝を立てます。鼻から息を大きく吸って、お腹を大きく膨らませます。
そして、口からゆっくり息を吐きながら、お腹をギリギリまで凹ませます。
ここからポイントです!
お腹を凹ませた状態で、浅い呼吸を20秒間くらいします。」
「先生、これもまあまあキツいですね〜。」
「そうですよね。
インナーマッスルのトレーニングは、大きな動きは少なくて、地味な動きが特徴です。地味なんですが、継続して行うと、効果がじわじわ効いてきますよ。
いろいろなトレーニングをご紹介しましたが、忙しくてなかなか時間が取れない時は、一番始めの横隔膜呼吸だけはやってください。
実は、横隔膜を動かすと、他の骨盤底筋・腸腰筋・腹横筋も連動して動きます。」
清宮は小上がりから降りると、軽く足踏みした。
「先生、来た時より、だいぶ腰が楽になりました。ありがとうございます!」
「いえいえ、こちらこそ、半導体のお話しが楽しかったです。ありがとうございます!
打ち合わせのついで、でもいいので、宜しかったらまた、お立ち寄りください。
お大事にどうぞ。」
受付で会計を済ませると、
「トレーニングがんばります!」
と言って、軽い足取りで出て行った。




