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雌犬の仕返し、略奪女の復讐  作者: 江本マシメサ
第二章 暴く者、食らう者

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違和感

「では、どこかゆっくり話せる場所にでも移動しましょうか。いいお店を知っているんです!」

「ヒルディス……」


 まさに捨てる神あれば拾う神あり、なんて状況だ。

 ありがたく思ったものの、ふと疑問に思う。

 これまでわたしをいない者として扱ってきたヒルディスが、どうして親しげに声をかけてきた挙げ句、助けてくれるような言動を取るのか、と。

 彼女を信じていいのか、という疑念がじわじわと胸中に渦巻く。


「ヴィオラ、どうしたのですか?」

「あ――ごめんなさい」


 目の前の餌を確認もせずに飛びかかるのは、躾けがなっていない犬と同じ。

 それに、自分自身の違和感を信じたほうがいいと思った。


「ごめんなさい。今日はこれから用事があるのを思い出してしまって。その、また今度!」


 そう言って、ヒルディスの反応を見る前に回れ右をし、路地裏へと入る。

 背後から「ヴィオラ、待ってください!」なんて引き留めるような声が聞こえたものの、そのまま走り去った。


「はー、はー」


 久しぶりの全力疾走で、肩で息をしてしまう。

 まだ路地を抜けていないものの、その場にぐったりと座り込んでしまう。


『あなた様、大丈夫ですの?』

「ええ、なんとか」


 それにしても、あんなところでヒルディスに会って、話しかけられるなんて夢にも思っていなかった。


「どうしてかしら? 彼女を信じることができなかった」


 きっと幼少期のときに無視されていたことが、わたしの中で引っかかっていたのかもしれない。

 彼女も大人になったので、話しかけたのかもしれないが……。


「それにしても、ヒルディスはあなたのことが見えてなかったのね」


 一人か確認したとき、ヒルディスは辺りを見回していた。その範囲に大精霊ボルゾイがいたのに、彼女は気付かなかったのだ。


『わたくしの姿が見えるのは、ごくごく一部の特別なお方だけですので』

「大聖女も特別な人だと思うんだけれど」

『この国の歴史上、大聖女というのは安寧の象徴という部分が大きいのかと』


 歴代の中でも大きな力を持つ大聖女というのは、極めて少ないようだ。


「ヒルディスは平々凡々な大聖女ってこと?」

『いえ、その、大聖女というのは存在するだけで尊い存在ですので』

「ふうん、そうなの」


 ヒルディスが大精霊ボルゾイの姿が見えないことで、アイスコレッタ卿のすごさを改めて認識したのだった。


 大精霊ボルゾイと話しているうちに、落ち着いてきた。

 路地から大通りに出ようとした瞬間、ヒルディスの声が聞こえて立ち止まる。


「ヒルディス様、もっと強く引き留めたほうがよかったのでは?」

「ごめんなさい。まさかヴィオラがあんなに逃げ足が速いとは思わなかったものですから」


 わたしのことを話しているようで、とっさに壁際に寄って聞き耳を立ててしまう。


「それにしてもヒルディス様、あの女、怪しい化粧品を売り捌いて儲けようだなんて、赦せませんね!」

「まだそうかわからない状況で、そんなことを言うものではありませんよ」


 どうやらわたしが化粧品の販売をすることに関して、何やら悪い噂が流れているらしい。

 たしかにマルティナ夫人がプロデュースした化粧品は怪しい。

 けれどもまだ一つも売れていないというのに、決めつけるのはどうなのか。

 これも、わたしのこれまでの振る舞いが悪かったからなのだろうが。


「いっそのこととっ捕まえて、大聖堂の裁判にでもかけたらいいんですよ! 手っ取り早く有罪にできますから」

「このような場で、その話をするものではありません」

「す、すみません、つい……」


 大聖堂にある裁判所は気に食わない者を強制的に有罪にする場所のように聞こえてしまった。やはりそういう目的であるのだろう。


「とにかく、ヴィオラは手紙を書いてくれるようですから、それまで待ちましょう」

「そうですね」


 その会話を最後に、ヒルディスと取り巻き達は去って行く。


「な、なんなの……!?」


 やはり、わたしが覚えた違和感に間違いはなかったようだ。

 のこのこついて行ったら事情聴取が始まって、場合によっては聖教会での裁判にかけられるところだったのである。

 そういう事態に発展したら、エドウィン・フェレライは寝返って、化粧品は盗まれた物だとか主張するかもしれない。

 考えただけで寒気がする。

 それにしても、いつの間にか悪評が流れていたなんて。そこまで押しつけがましい商売はしていなかったはずなのだが。


「ああ、もう!!」


 せっかく生まれ変わったというのに、上手くいかないことがあるなんて。


「やっぱり神様はわたしを見捨てているのよ! そうでないと、こんな惨めなことにはならないはずだわ!」

『あなた様……』


 最初から拾う神なんていない。

 でもわかっている。

 こんなところで文句を言ったところで、どうにもならないということを。

 今日はエドウィン・フェレライの商会を訪問する日だ。

 わたしのちっぽけなプライドなんかかなぐり捨てて、どこかに化粧品の販路がないか聞いてみよう。


 ◇◇◇


 ただ少し話をして帰るつもりだったのに、エドウィン・フェレライはディナーを用意していた。

 まかないを食べてきたのでお腹はいっぱいなのだが、これも付き合いである。

 お腹がはち切れそうだったが、なんとか食べきった。

 食後に本題へと移る。


「それで、売り上げのほうはどうだった?」

「まったく売れていないわ。そもそも品質が最悪なの。あんなの、売れないに決まっているわ」


 正直に訴えると、エドウィン・フェレライは豪快に「がはは!」と笑った。


「そうだろう、そうだろう!」


 こうなるのはある程度わかっていた。けれども一つも売れなかったというのは想定外である。

 腹立たしい気持ちになりながら、金貨の入った革袋をテーブルにどかんと置いた。


「金払いはいいのだな」

「母を助けるためですもの。でも、このままだと暮らしていけないから、別の販路を教えてちょうだい!」

「別の販路か……」


 エドウィン・フェレライは少し考えるような仕草を見せたあと、「わかった」と言う。


「ただし条件がある。うちの商品である宝飾品の着用モデルになるのと引き換えに、商談の場へと連れていこうではないか」


 そうきたか、と思う。

 無償ただで聞いてくれるわけがないとは思っていたが。

 どうする? 

 迷う気持ちがあるものの、エドウィン・フェレライの商売相手ならば大量に売れるかもしれないし、後腐れもない。

 話を引き受けることにした。

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